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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第九章 能力発現
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一 黒の魔石

 王立魔導院は王城に隣接している。

 つまり、城壁(王都全体ではなく、王城だけを囲む壁)の外にあり、一般市民が通る街路に面している施設だ。

 ただし、〝召喚の間〟と呼ばれる建物だけは城壁内に位置しており、魔導院本屋(ほんおく)とは専用の通路でつながれている。


 魔導院の上席研究員である審問官たちは、普段この召喚の間にある審問官室、あるいは各自に与えられた個室で、それぞれの研究にいそしんでいる。

 審問官の定員は十二名で、王立研究所アカデミーの教授を凌駕する権威を有し、王国最高の頭脳として国民の尊敬を集めているのだ。


 ただし、魔導院の生徒、特に召喚士科の低学年からは、〝おじいちゃん〟と呼ばれ、遊びに来てはお菓子をねだられる存在であった。


 その審問官十二人全員が、広い召喚の間に円を描いて集合していた。

 彼らの中心には、黒い宝石をのせた小さな丸テーブルが置かれていた。

 そしてその前では、シルヴィアとカー君が神妙な面持ちで控えている。


      *       *


 エイナたち王国の魔導士たちがトルゴルから帰還して、はや一か月が過ぎていた。

 もう四月に入った王都は、春真っ盛りである。


 彼らはトルゴルでの戦いを、それぞれ報告書にまとめた上で、口頭試問に応じなる必要があった。

 連絡・偵察役だったシルヴィアも同様であるが、彼女の場合、報告書に添えて藩王ニザムから賜った、黒の魔石を参謀本部に提出した。


 マリウスはこれを魔導院の審問官長にゆだねて調査を依頼し、その処遇も一任したのである。


 魔石の存在自体は、研究者の間で知られていたが、魔力を貯蔵する魔導具の類という伝承以外、詳しいことは何も解明されていなかった。

 古代の超魔法技術の結晶、いわゆる〝オーパーツ〟として扱われていたのだ。


 その状況が、ここ数年で大きく変わってきた。


 シルヴィアがカーバンクルを召喚した結果、魔石によってその能力が、大きく変化することが判明した。

 実際にカー君は魔石の力で飛行能力を獲得し、それにより召喚主のシルヴィアは、国家召喚士に昇格したのである。


 軍を束ねるマリウスが、戦力である幻獣の強化を躊躇ためらうはずがない。

 当然、もたらされた黒の魔石は、カーバンクルに与えられるべきである。


 ただし、そこは政治である。

 長きにわたり権威の象徴であった審問官を無下に扱っては、軍に対して召喚士や魔導士を供給する、魔導院との関係が怪しくなる。


 審問官に魔石を渡しても、今さら何かが分かるとは思えない。

 結局のところ、彼らは魔石によって幻獣が変貌する瞬間を、その目で見たいという欲望に屈するに違いないのだ。


 それが分かっていて、マリウスは魔石の運命を審問官に委ねたのである。


      *       *


 召喚の間では審問官たちに加え、マリウス副総長をはじめとする参謀本部の幹部、それに情報将校も集まっていて、シルヴィアとカー君を取り囲んでいた。


 王城の鐘楼から、十時を報せる鐘の音が響いてくると、審問官の長たる白髭の老人がおもむろに口を開いた。


「これなるはトルゴル王国よりもたらされた、黒の魔石である。

 我ら審問官は審議の結果、魔石を国家召喚士シルヴィア・グレンダモア中尉の幻獣、カーバンクルへ与えるものと決定した」


 審問官長は髭をしごきながら、周囲を見渡した。

 当然ながら、この決定に意義を申し立てる者はいない。


「それに先立ち、この魔石の鑑定結果と、決定に至った理由を皆に報告しよう」

 周囲から『おお……』という、軽いどよめきが起きる。

 式次第のとおりであるから、驚くようなことではないが、それが礼儀というものだ。

 全員の反応に、老人は満足そうにうなずいた。


「まず第一に、魔石と慣習的に呼んでいるものの、これは一般的な鉱物ではない。

 正確には有機鉱物であり、化石に分類されるべきものだ。はくに近いものだと言えば分かりやすかろう」


「よく知られていることだが、琥珀は太古の樹液が化石化したものである。

 伝承を信じるならば、これは魔力を有する人間の血液を煮詰め、呪術的な圧力を加えて凝固させた、人工的な宝石ということになる」


「精製の各段階において、どのような魔法技術が使われたかは不明だが、魔石には膨大な魔力が封じられていると考えるのが妥当であろう。

 だが実際に測定した結果、魔石から自然放出される魔力は、極めて微量であり、その真偽もまた不明と言わざるを得ない」


「この魔石が埋め込まれ、自在に魔力を引き出したと言われる魔剣が、千年の時を経て朽ちてしまった以上、我々にその秘密を知るよしはないのだ。

 だが、ここにいるカーバンクルは、これまでに黄と白の魔石を体内に取り込み、それによって新たな能力を手に入れたという、明確な実績を有しておる。

 彼に黒の魔石を与えれたならば、その効果を観察できるであろう」


「魔石を失う代わりに生きた知識を得るか、それとも、正体不明のまま死蔵するのか?

 我々審問官が出した結論は、言うまでもなく前者である!」


 審問官長は、感極まったように天を仰ぎ、溢れ出る涙をこらえた。

 周囲からぱちぱちとまばらな拍手が起こる。

 カー君が大きな欠伸あくびをしそうになり、シルヴィアが素早く彼の脇腹を軍靴で蹴った。


 シルヴィアの頭の中に、カー君の不平が流れ込んでくる。

『もう~、お爺ちゃんの話ってば長いよぉ!

 結局、調べても何だか分かんなかったから、僕にあげるって話なんでしょ?

 もったいぶらずに、早く食べさせて欲しいなぁ!』


 シルヴィアは能面のような無表情を保ったまま、頭の中で言い返す。

『人間には、いろいろと面倒な事情があるのよ!

 お爺ちゃんの機嫌を取って損はないんだから、我慢しなさい!』


 審問官長は、絹の布に包まれた魔石を取り上げると、両手で捧げ持ってしずしずとカー君の前に進んだ。


「カーバンクルよ、そなたは人間の言葉を理解できるのであったな?

 では、この魔石を食すがよい。

 そして、魔石の力を、我らの前に見事示してみせよ!」


 シルヴィアが般若のような形相で、カー君を横目でにらみつけた。

『いい? 打ち合わせどおりにやるのよ!

 飴玉みたいに齧ったら、お仕置きだからね!!』


 カー君はやれやれという表情で、まず審問館長に対して、うやうやしくお辞儀をしてみせた。

 そして、差し出された魔石にそっと口を近づけ、前歯で咥えて長い鼻面を上に向ける。

 軽く口を開くと、魔石はころんと舌の上に落ちた。


 カー君は奥歯で魔石を噛み割り、ポリポリという小気味いい音を立てながら、時間をかけて咀嚼そしゃくする。

 そこにいる全員の脳内に、彼の声が響き渡った。


『う~ん、まったりとして、それでいてしつこくない。

 この深いコクは、千年の歳月がなければ、たどりつけない境地と言えよう。

 それにどうだ! 果実感のある微かな酸味が、後味のよさを引き立たせている!

 誰か、シェフを呼べ!!』

『馬鹿っ、やり過ぎよ!!』

 すかさずシルヴィアがカー君の腹を蹴った。


 その途端、シルヴィアの心臓が、どくん! と鳴動した。

 カー君の輪郭がぼやけ、目の焦点が合わない。

 それは彼女だけに起きた現象ではないらしく、何人かの審問官が腕で目をこすっている。


 シルヴィアには覚えがあった。

 これまでにも、魔石を取り込んだ時に現象が起き、カー君の身体は大きく変貌を遂げた。

 召喚した時は小さな獣に過ぎなかったカー君が、黄色い魔石で大型犬並みに成長し、さらに白い魔石では三メートルを超すまでに成長したのだ。


 しばらくすると、カー君の輪郭が定まり、彼の新しい姿が鮮明となってきた。


『どうかな、かっこいい?』

 カー君は得意げに胸を張り、顔を上げてみせたが、シルヴィアの反応は微妙なものだった。


「そうねぇ、まぁ一回りは大きくなったのかしら?

 後は……普通かな?」

『よく見てよ! 何かこう、新しい装備的なものが付いたりしていない?』


「何の話よ! 期待外れもいいとこだわ」

 シルヴィアは冷たく突き離したが、初めて幻獣の成長を見た審問官たち、はそれなりに驚いてくれたようだ。

 彼らはさっそく、用意の巻き尺でカー君の寸法を測り始めた。


 計測の結果、彼の体長は三メートル十センチから、四十センチほど伸びていた。

 体高も十センチ程度上がっている。

 シルヴィアが感じたように、一回り大きくなったのだ。

 だが、変わったのは大きさだけで、それ以外に見た目の変化はない。


「それで、能力の方はどうなのだ!?」

 巻き尺をくるくると巻き戻しながら、審問官の老人が訊ねた。

 他の審問官たちも、カー君の身体をぺたぺた触りながら、うんうんとうなずいている。


「ほら、訊かれているわよ。どうなの?」

『どうなのって言われても……』


「だからぁ! 鼻の上にボールを乗せて拍手するとか、何か新しい芸をやってみなさいよ!」

『ええーっ、無茶なこと言わないでよぉ!』


「じゃあ、口から冷凍光線を出すとか、緑の毒霧を吐くとかは?」

『火球しか出そうな感じがしないなぁ……。

 とにかく、自分じゃ特に変わった感じがしないもん』


「う~ん、困ったわね。

 これじゃがっかりして、お爺ちゃんたちが寝込んじゃうわ。

 ……ああっ、そう言えば!」

「何じゃシルヴィア、何か分かったのか?」


 詰め寄る審問官に、彼女は慌てて説明した。

「以前、赤龍ドレイク様にお会いした時に、こう言われたんです。

 魔石には基礎体力を上げるほか、色によって出現する特別な効果が決まっていると……。

 確か、赤は攻撃力、緑が防御力で、黄色が知力だとおっしゃっていました」

「なるほど、そして白が飛翔能力というわけか……。

 それで、黒はどんな能力だと言っていたのだ?」


「ええと、それ以外の色の説明はなかったです」

「ええい、役に立たん娘だのぉ! なぜ全部の色の効果を確認しなかったのじゃ?

 自分の幻獣のことじゃろう!?」


「それはその、……すみません」

『や~い、シルヴィア怒られた!』


「あんた、ぶつわよ!」

 顔を真っ赤にしたシルヴィアが拳を振り上げると、その手首を誰かが掴んだ。

 振り返ると、それは審問官長だった。


「これこれ、そのように興奮するでない。

 こうなれば仕方がない。赤龍様がご存じならば、もう一度会いに行って教えを乞えばよいだけの話じゃ。

 新しい能力を把握した上で、わしらにそれを披露してくれれば、何も問題はなかろう。違うか?」

「それはそうですが……」

 彼女は周囲を見回し、参謀副総長の姿を探した。


 マリウスは助けを求めるシルヴィアの視線に苦笑し、うなずいてみせた。

「仕方あるまい。

 シルヴィア、君には赤城市への飛行を命じる。

 赤龍帝に事情を明かし、ドレイク殿から魔石の効果を聞いてきなさい」


 シルヴィアは姿勢を正して敬礼した。

「はっ! グレンダモア中尉は赤城市に赴き、黒の魔石の能力を明かして参ります!」


「よろしい」

 マリウスは答礼を返すと、にこやかに微笑んだ。

 もうユニを失った悲しみからは、すっかり立ち直っているようだった。


「すぐに出発せよ……と言いたいところだが、その前に装備課行きだな。

 カーバンクルの体形が変わったとなると、飛行具のベルト調整が必要だろう。

 それが終わるまで、君には私の書類整理を手伝ってもらおう」


「げえっ!」

 シルヴィアは思わずうめき声を上げた。

 マリウスの執務室はよく知っている。

 彼の机には、常に雪崩を起こさんばかりの書類の山が、いくつも積み上がっているのだ。


      *       *


「あら、遅かったのね、シルヴィア。

 もうみんな、お夕食を済ませてしまったわ。待ってて、いまスープを温め直すから」


 げっそりとした顔のシルヴィアが、下宿先のファン・パッセル家に帰ってきたのは、もう夜の九時近かった。


 彼女はもそもそと食事を詰め込み、シャワーだけ浴びて浴室を出ると、籠には新しい下着と部屋着が畳んで入っている。

 ファン・パッセル家には、多くの住み込みメイドがいて、シルヴィアとエイナは彼女たちにすっかり甘やかされていた。


 メイドたちは二人を〝お嬢さま〟と呼んで、何かと世話をしたがった。

 シルヴィアは貴族の生まれなので、それをすんなり受け入れていたが、庶民のエイナは居心地悪そうにしていた。

 こうして風呂やシャワーを使った後も、洗濯籠に汚れものを入れておけば、メイドたちがきれいに洗って干してくれる。


 ずぼらなシルヴィアには、実にありがたいことなのだが、エイナはそれが恥ずかしいらしく、こっそり自分で洗って部屋に干そうとする。

 だが、空の洗濯籠を見たメイドたちは、エイナの部屋に押しかけて洗濯物を強奪していくのだ。


 シルヴィアはシャワーを浴びたことで、少し機嫌を取り戻して自室に戻った。

 部屋の真ん中には、カー君が仰向けになっていびきをかいていた。

 カーバンクルは本来睡眠が不要のはずなのだが、カー君は寝るのが大好きなのだ。

 彼女は図体の大きくなったカー君を蹴って端に寄せると、溜息をついて隣りのエイナの部屋に遊びに行った。


 最初のうち、二人は一緒に寝起きしていたのだが、カー君が大きくなったことで、別部屋にしてもらったのだ。

 この屋敷には、いくらでも空き部屋があるので、その辺の融通は利きやすい。


 ノックをしてエイナの部屋に入ると、彼女はベッドの上に下着や着替え、それに細々した日用品のポーチを並べているところだった。


「あら、また出張なの?」


 エイナは少しやつれた顔で微笑んだ。

「ええ、今度も長くなるかも。多分、二、三か月は帰れないと思うわ」

「そういえば、ここのところずっと忙しそうにしていたものね。

 今回の任務と関係していたの?」


 シルヴィアは、マリウスの書類整理を手伝って、へとへとになった愚痴を漏らしに来たのだが、こうなると言い出しづらい。

 エイナたちが帰還してから一週間ほどは、報告や聞き取りで、作戦に参加した魔導士たちは皆、多忙にしていた。

 それはシルヴィアも同じことである。


 だが、それが落ち着いてからも、エイナはひどく忙しそうにしていた。

 マリウスの執務室に呼び出されることもしばしばだったし、外務部や情報部の将校とも、しょっちゅう打ち合わせをしていた。


 何か大きな任務が進行していることは明らかで、エイナがそれに関して、親友のシルヴィアに教えないのは、守秘義務上当然である。

 もう二人とも新人准尉ではないのだから、それは仕方のないことだった。


 シルヴィアだって、トルゴル作戦の最中に、肺炎を起こして危険な状態に陥ったことを、いまだに明かしていない。

 どんな些細なことでも打ち明けてきた少女時代には、もう戻れないのだ。


 彼女は深い溜息をついて、エイナの身体をそっと抱きしめた。

「多分、また危険な任務なのね。無理をしないで、ちゃんと帰ってきてちょうだい」


 エイナも親友の背に腕をまわし、ぽんぽんと軽く叩いた。

「ええ、もちろんよ。

 ファン・パッセル家のご飯は、私の生きがいなのよ。

 駄目だと言われたって、帰ってくるわ」


 シルヴィアはエイナの隣りに座り直した。

「今日ね、カー君が黒の魔石を食べたのよ」

「えっ、本当? それで彼、どうなったの?」


「ちょっと大きくなったけど、あとは何が変わったのか、自分でも分からないらしいの。

 それで、あたしたちは明後日、赤城市に飛んでドレイク様に魔石のことを訊きに行くことになったわ。

 飛行具の調整に、ちょっと時間がかかるんだって。

 エイナの出発は明日?」


 エイナは黙ってうなずいた。


「じゃあ、行く前にカー君とも会ってあげて。

 『あら、あんたまた太ったんじゃない?』って、からかってやるといいわ。

 最近、お腹が出てきたのを気にしているみたいだから」

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黒の魔石はカロリー爆弾……!
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