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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第八章 トルゴルの藩王
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二十 観戦

「そなた、ケルトニア軍ではないな。何者だ?

 いや、それよりあの空を飛ぶ獣は何だ!?」

 藩王は噛みつかんばかりの勢いで、シルヴィアに詰め寄った。


 シルヴィアは軍服を着ているので敬礼を行ったが、その仕草からは隠しきれない育ちのよさが窺えた。

「自分はリスト王国軍の国家召喚士、シルヴィア・グレンダモア少尉であります。

 かの獣は自分が召喚した幻獣、精霊族のカーバンクルです。

 どうか、お見知りおき願います」

「リスト王国とな? ……確かにかの国では、召喚術を使って奇怪な魔物を呼び出しておると聞いたことがある。あれがそうなのか」


『シルヴィアは僕のことをカー君と呼んでるよ。

 おじさん、王様なんだってね。そんな偉い人が、どうして山の中にいるのさ?』

 カー君が引き上げ作業を続けながら、こちらの方をちらっと見た。


「今のはあの獣の声か!

 人の言葉も操れるとは、ますます興味深い!」

 不意打ちを喰らった藩王は、初めてライオンを見た子どものように興奮した。


 彼はカー君と話したそうだったが、強い意志をもって、シルヴィアの隣にいるエイナに視線を移した。

 もう口から笑みは消え、目がすっと細くなっていた。


「二人は旧知の間柄のように見えた。

 もしかして、そなたもリスト王国の者なのか?」

「それは……私からは申し上げられません」


「オコナー、どうなのだ?」

 藩王が振り返るなり、怖い声を出した。

 二番目に救出されたオコナー大佐が、背後から近づいてきた気配に気づいたのだ。


「私とケネス大尉以外、この若者たちはすべてリスト王国の者です。

 ケルトニアは、彼らを傭兵として雇用しております。

 我が軍としては特に珍しい話ではありませぬゆえ、説明は不要と考えました」

「……ふん、まぁいい。その件は後でじっくり話そう。

 で、これからどうするつもりだ?」


「まずは状況を把握し共有します。行動方針を立てるのは、その後になります」

「うむ。あまりに様々なことが一度に起きた。

 状況を知りたいのは、余も同じである。話を聞かせてもらうぞ。

 邪魔はしないから安心しろ」


 大佐は黙って頭を下げた。

 背後では救出が続いており、カー君だけではなく、第二小隊の面々もロープで先輩たちを引き上げていた。

 その作業を見守りながら、オコナー大佐はケネスに話しかけた。


「意外に早かったな。やはり、そちら(第二小隊)の方が優秀か?」

「エイナは実戦経験が段違いですからね。

 まぁ、今回は風系魔導士がいたことが幸運でした。

 大佐殿こそ、藩王がいるのですから、さっさと穴から出た方がよかったんじゃないですか?」


 大佐は苦笑いを浮かべた。

「陛下はお前が思っているより肝の座ったお方だ。むしろ、あの状況を楽しんでいたぞ。

 それに、第一小隊の方でも、脱出の計画を組み上げたところだったのだ」

「ほう、どのような?」


「土壁を攻撃したのと一緒だ。彼らは自分たちの直上で、特大の水蒸気爆発を起こすつもりだった」

「それはそれは……。エイナもロジャーも、若い連中はやることが乱暴だ」


「ははは、王国の魔導士たちも、お前にだけは言われたくないだろう。

 そろそろ救出が終わるぞ。後は貴様に任す」


      *       *


 全員が穴から脱出すると、ケネスは彼らを集めて車座になった。

 その輪には、藩王とオコナー大佐も入っており、敷物もなしに地べたに腰を下ろしていた。


 まず、エイナから敵魔導士である、フランツ中尉についての説明がなされた。

 彼女が辺境の森で対決し、死闘の末にどうにか退けた顛末である。

 この話は口外を禁じられていたが、現実に向き合っているのであるから、軍機など糞喰らえである。


 土壁を出現させる大魔法、そこに仕込まれた土人形ゴーレムは、敵の常套手段である。

 フランツはそれに加え、急斜面と薄く不安定な表土を利用した土砂崩れを起こしたのだ。


 エイナは敵の手の内を知っているからこそ、自分たちに起きた事態を説明できた。

 そして敵の目的は、魔導士十四名という、圧倒的な戦力を誇るエイナたちを閉じ込め、時間を稼いで逃亡することだろう。

 彼女はそう、自分の考えを付け加えて話を終わらせた。


 ケネスはうなずくと、部下たちを見回した。

「敵の魔導士はフランツひとりだけだ。お前たちも同じ手を喰うほど間抜けじゃないだろう。

 エイナが言ったとおり、戦力としてはこっちの方が遥かに上だ。

 敵は百名前後の大部隊だから、動きは早くない。今から追えば十分に追いつけるはずだ」


「俺たちの選択肢は二つある。

 このまま追撃に移って決戦を挑むか、いったん麓に戻って態勢を整えるかだ。

 前者の場合は、司令官を含む敵の主力を叩くことで、一気に大勢を決することができる。

 後者を選択すれば、帝国軍の集積所を掃討しながら、着実に戦線を押し上げ、占領された地域を徐々に挽回できる。まぁ、手堅い作戦と言えるな。

 お前たちの意見を訊きたい」


 ケネスの問いに対し、敵を追跡する案に挙手をしたのは、第二小隊の後輩たち四人だけだった。

 エイナとミハイルは、一時的な撤退案を指示したということになる。

 第一小隊は全員が一致して、トルゴル藩兵との合流を主張した。


「決まりだな」

 ケネスが全員の顔を見渡して、決断を下した。

 そもそも、この魔導士部隊の大目的は、戦闘を何度も重ねて経験値を得ることにある。

 上級生たちは、その点をわきまえていたのだ。


「待ってくれないか」


 ケネスが腰を浮かせかけたところで、藩王が口を開いた。

「結論を出す前に、余はリスト王国のグレンダモア少尉から話を聞きたい。

 そなたはなぜ、余たちの危機に駆けつけることができたのだ?」


 全員の視線がシルヴィアに集まった。

 藩王の疑問は、誰もが知りたかったことなのだ。

 議論の行方を黙って見守っていたオコナー大佐も、同意を示した。


「それについては、部隊責任者である私からも訊ねたい。

 これは我がケルトニア軍と帝国の戦闘である。

 帝国との国交を維持しているリスト王国は、あくまで中立国のはずだ。

 貴官が許可なく参戦するのは、筋が通らないのではないか?」


 エイナたちは、ケルトニア軍と傭兵契約を結んでいる。

 したがって、大佐の主張はまっとうなものであった。

 だが、シルヴィアはまったく動じなかった。


「私は観戦武官として派遣されました。

 契約書の付帯事項には、その派遣を任意で認めるとあります」

「なるほどな。観戦するのであれば、大人しく空から眺めていればよいだろう?」


「もちろん、私は戦闘への介入を厳に禁じられております。

 ですから昨日はもちろん、本日の戦闘にも一切手出しをしておりません。

 私は上空から戦況を観察していましたから、帝国軍の動きもほぼ把握していました。

 その気になれば、事前にその情報を流すこともできましたが、それもしませんでした」

「では、なおさらだ。なぜ今になって、私たちを助けたのかね?」


「戦闘への介入は禁じられていますが、緊急時における人命救助はその限りではありません。

 それも勝手に手を出したわけではなく、あくまでケルトニア軍の要請・・に応じたまでです」


 シルヴィアはきっぱりと答え、エイナに向かって片目をつぶってみせた。

 彼女が穴の縁から顔を出し、エイナに『助けてください』と言わせたのは、そういう意味だったのだ。


「ケネス、そのような事実があったのか?」

「は、大佐殿。確かに我々の側から、グレンダモア少尉に救助を要請しました」


「ならば、仕方あるまい」

 オコナー大佐はほこを収めた。

 この問題は本質ではない。ケルトニアの面子が立つなら、それでよいのだ。


「では、私も君に懇願することにしよう。

 少尉は帝国の動きを把握していたと言った。彼らはこの山の中で、何をしていたのだ?

 我々は情報が欲しい。教えてくれ、このとおりだ」

 少佐はあぐらをかいた両ひざに手をつき、大げさに頭を下げた。


 シルヴィアはまんざらでもない顔で微笑み、前置きをした。

「まぁ、そこまでおっしゃるなら、友好国として拒むことはできませんね。

 ですが、私は帝国軍に気づかれぬよう、かなり高度を取っていましたから、あまり詳しくは分かりません。

 いえ、彼らの行動の意味が分からない――と言った方が正確です」


「帝国軍は最初のうち、まっすぐに山頂を目指していました。

 彼らは六合目あたりまで登ったところで停止し、何かを探しているようでした。

 その後、山を下って洞窟らしき穴に入りましたから、そこが目的のひとつだと思います。

 一時間ほどすると、今度はそこから北に進路を変え、斜面を真横に進んでいきました。

 彼らの行く先には、最初と同じような洞窟が見えましたから、私はてっきりそこを目指すものと思っていました」


「ところが、帝国軍はその中間あたりで停止してしまいました。

 そこは何の変哲もない岩肌で、洞窟らしきものもありません。

 そこに留まっていたのは、三十分ほどでしょうか。

 彼らは突然山を下り始め、谷間の待ち伏せ地点で戦闘が起きた……というわけです」


      *       *


「グレンダモア少尉、そなたに礼を言おう!」

 それは、藩王ニザムの口から発せられた言葉だった。


 シルヴィアだけではなく、他の者たちも驚いて藩王の顔を見た。

 藩王は少し紅潮した顔で、魔導士たちの顔を見回した。

「先ほどそなたたちは、いったん麓に戻ると衆議を一決した。

 そこにはいろいろの理由があるだろうが、余の同行が負担であることも、そのひとつであろう?」


 彼の問いに、誰も答えなかった。

『はい、そうです』などと言えるはずもないが、かといって否定もできなかった。

 藩王を行動をともにしている第一小隊が、全員一致で帰還を選択しているのが、何よりの証拠である。


「それが分からぬほど、余は愚かではない。

 だが、それを承知の上で、余はもう一つの選択肢を提案する。

 帝国軍の足跡を追う。

 逃げた奴らを追うという意味ではない。彼らが山の中腹で小休止したという地点を調べるのだ」


「陛下、その理由を教えていただけますか?」

 大佐が穏やかに、だが、きっぱりと問いただした。


「当然だな」

 ニザムはうなずき、おもむろに話し始めた。


 それは古代に存在した大帝国と、征服王の末路の物語であった。

 トルゴル人なら誰もが知っているが、オコナー大佐を除く者たちにとって、初めて聞く話である。


「征服王が最期を迎えた洞窟の場所は謎であったが、遥か昔から探し求める者が絶えなかった。

 何しろ伝説の宝剣だけではなく、世間では洞窟に莫大な金銀財宝が隠されている、と信じられていたからな。

 王が逃げた抜け道が、東の夜森に通じていたことは間違いない。

 そして洞窟が存在するなら、原生林の中よりも、夜森の先にあるコルドラ大山脈だろうと、容易に想像がついた」


「そのため、一攫千金を夢見る多くの盗掘者が山を目指したが、洞窟を発見した者は誰もいなかった。

 余の家系は征服王の血筋に連なる。それだけに、世に知られた伝説とは異なる話が代々伝わっている。

 征服王の宝剣の柄には、世界を滅ぼそうとした暴龍ナムグルが飾られていた。

 宝剣の力の源は黒の魔石で、それは柄先のナムグルの両鼻の間――かの暴龍の急所に埋まっている。これはよく知られている話だ」


「だが、余の家に伝わる伝承では、その先があるのだ。

 王家の最後の隠れ家となる洞窟は、呪術によってその存在が隠されている。そしてその位置は、龍の急所にある――とな。

 少尉が見たという二つ洞窟は、龍の鼻穴に擬せられた目印に違いない」


「なぜ、帝国軍がそれを知ったのかは分からん。

 だが、奴らの目的は、征服王の洞窟をあばくことだと、余は確信する。

 もはや荒らされているだろうが、余は遥か二千有余年の祖先の眠る洞窟を、この目で確かめずにはいられない!

 余の我儘であること、そなたたちに迷惑をかけていること、百も承知だ。

 それでも頼む、余の願いを叶えてくれ! このとおりだ!!」


 藩王は両手をつき、黒いターバンを地面にこすりつけた。

 先ほどのオコナー大佐とは真逆の、真に迫った懇願であった。


「陛下、頭をお上げください。それは王たる者のとる態度ではございません」

「では!?」


 大佐は苦笑いを浮かべた。

「私は、かつて陛下に大恩を受けております。どうして断れましょう?

 何、まだ日は高いのです。その洞窟を調べてから山を降りても、問題はありません。

 グレンダモア少尉、聞いたとおりだ。帝国軍が留まっていたという地点まで、案内を頼む」


 シルヴィアは肩をすくめた。

「ご立派な殿方が、二人揃って頭を下げられたのです。

 大佐の真似ではありませんが、どうして私に断れましょう?」


「無論、ただとは言わん。

 余にできることなら、何でもそなたの願いを聞こうではないか」

「陛下、安請け合いは怪我のもとですぞ!」


 大佐が慌てて諫めたが、時すでに遅しである。

 シルヴィアはエイナが見たこともない、悪い顔で微笑んでいた。

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