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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第八章 トルゴルの藩王
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十一 余興話

 スチュワート中将は、皇帝主催の晩餐会に何度も出たことがある。

 名前だけは方面軍総司令官であるから、国の重要な式典には、当然のように招かれるのだ。

 そうした席では、〝いかにも〟といった豪華な料理が饗される。

 見た目が華やかで、こってりとした濃厚な味付けが多い。


 ところが、この日の料理はまったく違ったものだった。

 口に入れてみると、塩味も脂も控えめで、かなりあっさりした印象であった。

 もの足りないかと言われるとそうでもなく、しっかりと出汁が利いているから、十分な満足感が得られた。

 また、肉だけの皿がなく、たっぷりの煮野菜が入ったソースと絡めてあった。


 全体として、腹八分目で済むような量で、皇帝の夕食としては質素とすら言える。

 中将は知らなかったが、これはレイアが皇帝の健康を気遣って、年月をかけて少しずつ変えていったものだった。


 中将がこれまで出席してきた晩餐会は、長大なテーブルに数十人が並ぶという、大がかりなものであった。

 それが、この日は四人掛けのテーブルで、皇帝とレイアが並んで席に着き、その対面に中将が座るという、一般家庭のようなセッティングである。

 食事は和やかに進み、ごくありきたりな話題に終始した。


 メインの皿が下げられ、食後のお茶とデザートの菓子が並ぶと、いよいよ皇帝が本題を切り出した。


「毎夜余が眠る前、レイアが物語をしてくれることは、中将も聞き及んでおろうな?」

「はい。レイア様はことのほか語り上手とのこと、誠に羨ましい限りでございます」


「うむ。レイアを側室に迎えてから、およそ四千夜はしとねをともにしてきたと思うが、一度として同じ話を聞いたことがない。

 しかも、そのどれもが面白い。余はすっかり、ベッドで絵本をせがむ幼子になってしまった。

 手玉に取られるとは、まさにこのことだ。まったく、恐ろしい女だとは思わんか?」

 さすがに肯定するわけにはいかず、中将は頭を下げるに留めた。


「昨夜もいつものように、レイアの話術にはまったのだが、それがたまたまトルゴルの話であった。

 それで、中将がその方面の担当だったことを思い出してな、そなたを呼んだというわけだ。

 中将は〝征服王の宝剣〟という伝承を知っておるか?」


 スチュワートは必死で記憶を探った。

 フェルナンド少佐の報告書には、最初にトルゴル王国の概論が載っていた。

 敵国の軍事はもちろん、政治・経済・文化についても紹介した章である。

 その一節に民俗に関する記述があり、宝剣の話が出てきたはずだ。


「あまり詳しくは存じませんが、かの国では、古代にトルゴルが大陸を制したと信じられているそうです。

 その大帝国を一代で築いたのが、確か……征服王ムガル三世だとか。

 ところが、征服王はその絶頂期に息子の一人に毒を盛られ、玉座を追われたといいます。

 反乱軍の襲撃を受け、都を脱出した王は、秘密の洞窟に逃れたところで息絶えました。

 ただそのいまに、天下無双と謳われた宝剣を岩に突き刺し、これを抜いた者は世界を手に入れるだろう……と言い残したそうです」


 皇帝は嬉しそうに目を細めた。

「ほう、なかなかどうして、詳しいではないか!

 さすがは方面総司令、敵国の民情にも通じているとは、見事な心がけだ」

「お褒めにあずかり、恐悦至極に存じます」

 中将は頭を下げながら、心の中で『切り抜けた!』と喝采をあげた。付け焼刃でも、準備はするものである。


「まぁ、レイアが語ったのは、もっと〝見てきたような〟話であったがな」

(※ 本章の第一話こそ、レイアが語った内容そのものである。)


「して、その秘密の洞窟とやらは、どこにあるのだ?」

 皇帝が、さも当然な顔で訊ねてきた。


 もちろん、中将がそこまで知るはずがない。彼は口ごもりながら、どうにか言い逃れようとした。

「こっ、この話は、あくまで言い伝えの類でありまして、遺跡の実在は確認されていないはずです」


「だが、トルゴルの民は信じているのであろう?

 ならば、全く根拠がないとは言い切れないはずだ。

 世界を手に入れられる宝剣――余のもとにあってこそ、相応しいとは思わんか?」

「御意にございます。もし実在するものなら、万難を排して手に入れ、陛下に献上いたします。

 ですが、そのありかが知れないとあっては、如何いかんともしがたく……」


「ほう、南部方面総司令にして、名門ビュート侯爵でも叶わぬか?」


 中将は言葉に詰まった。

『何だこれは? 無理難題にも程があるではないか!

 どう応えるのが正解なのだ?』


 脂汗をかいて黙り込む中将を、気の毒に思ったのだろう。

 それまで微笑みながら話を聞いていたレイアが、救いの手を差し伸べた。


「陛下、おからかいも程ほどになさいませ。中将閣下がお困りではないですか」

「そうだな。いや中将、これは余が悪かった。許せよ」


「滅相もございません。レイア様ならば、ここで気の利いた返しができるのでしょうが……、自分は無骨者ゆえ、恥じ入るばかりでございます」

「ご自分をお責めになってはいけませんわ。今のは陛下がお悪いのです。

 そもそも、この話は二千年以上も前のこと。もし宝剣が実在したとしても、とうに錆びて朽ち果てているでしょう」


「だが、黒の宝珠はそうではあるまい。

 ん? 何だ、中将は宝珠のことは知らんのか?」

「宝珠……ですか? いえ、不勉強で申し訳ないのですが、まったく存じません」

 フェルナンド少佐の報告書には、そんな話は出てこなかったのだ。


「宝剣の柄頭には、黒い宝石が埋め込まれていたそうなのだ。

 当時の呪術師が、千人の奴隷の命と引き換えに生成した魔石でな、剣に凄まじい魔法効果を与えたらしい。

 見てみたいと思うのは、人情であろう?」

「左様でございますな」


「実は昨夜、陛下がお休みになられた後で、少し考えていたのです」

 レイアが考え深そうな表情で、再び口を挟んだ。


「何をだ?」

「宝剣を隠した、洞窟のありかをです」


「今のはあくまで戯言ざれごとだぞ。

 まさか、レイアは伝承を真に受けているのか?」

「何の根拠もなしに、二千年も信じられてきたはずがない……そうおっしゃったのは、陛下ではございませんか。

 そもそも、征服王の最期が伝えられたのは、一緒に王宮を脱した側近たちがいたからです。

 つまり、証人がいたということですわ」


「ふむ……、続けろ」

「では、これも余興と思ってお聞きください。

 古代トルゴル帝国の首都は、現在のアウランだと言い伝えられています。

 アウランの周囲は古くから農耕が盛んで、開けた土地だと聞いていますが、なぜか昔も今も、東部の原生林だけは、手つかずのまま残されています。

 王が使ったという抜け道は、都の陥落に備えたものでしょうから、無人の森へ通じていたと考えるのが妥当でしょう」


「そして、最終的にたどり着いたのが、秘密の洞窟です。

 洞窟であるなら、森より山の可能性が高いと思います。

 ちょっと、地図を持ってきてもらえますか?」

 レイアが侍従の一人に声をかけると、控えの部屋から衝立が運び出されてきた。


 その衝立には、大きな地図が貼られていた。

 帝国の全領土を含む大陸北部の地図で、当然トルゴルを含む周辺国も描かれている。

 彼女はあらかじめ、こういう展開を予想して準備をしていたことが分かる。


 レイアは侍従から渡された細い棒で、教師よろしく地図を指し示した。

「トルゴル東部の森林地帯は、わが国が開拓を進める夜森につながっており、国境も定まっていないため、両国の争いが起きていると承知しております。

 この夜森は、ご覧のようにコルドラ大山脈に囲まれています。

 私はこの山岳地帯のどこかに、くだんの洞窟があると思っています」


「ふむ、一応の理屈は立っているな。

 だが、そうなると相当に範囲が広くなるぞ。山を虱潰しに探すわけにもいくまい?」

「陛下のおっしゃるとおりです。

 ですが、二千年という時をお考えください。

 洞窟が山にあるだろうくらいのことは、私でなくても簡単に思い至るでしょう。

 トルゴルでは有名な逸話ですから、一攫千金を夢見た盗賊たちが、探さなかったはずがありません。

 いくら範囲が広くとも、欲にかられた盗賊たちが、二千年間探し続けたのです。

 それでも、見つかったという話は聞きません。なぜでしょう?」


「洞窟の入口に、何か仕掛けがあるということか?」

「さすがは陛下でございます。

 私もそう思います。ほかならぬ王の隠れ家であるなら、容易に見つからぬよう、対策を施さない方がおかしいのです。

 そこで私が思い出したのが、昨年秋のマグス大佐の報告書です」


 いきなり思いがけない人物の名が出たことで、皇帝はますます面白がった。

「そんなものまで読んでいるのか? あれは軍機のはずだぞ。……まったく、油断のならん奴だな。

 まぁいい、ミア(マグス大佐のこと)の報告書というと、ノルド付近の山地で、リスト王国の召喚士とやりあったという話だな。

 それがどう関係するのだ?」

「はい。マグス大佐は、王国の召喚士が突然出現して驚いたと報告しておりました。

 そこは岩だらけの斜面で、隠れる場所もないのに、まるで岩壁を通り抜けてきたようだったと。

 私はそれを読んだ時、王国の者たちは魔法で隠された洞窟から出現した――つまり、幻術が使われたのではないかと考えました。

 陛下もご存じのように、精神操作系の魔法は黒魔術に属し、わが国では使用が禁止されています。

 しかし、呪術師ならどうでしょう?」


「トルゴルはサラーム教の国、黒の宝珠も呪術師の手で創り出されたのであったな」

「洞窟の位置は王族しか知らず、その入口は幻術が仕込まれた呪符によって、巧妙に隠されているのではないでしょうか?」


「それでは、お手上げではないか?」

「そうでもございません」

 レイアは微笑んだ。


「コルドラ大山脈の成り立ちにまつわる伝説、陛下もご存じでしょう?」

「話が飛びまくるな。暴龍ナムグルと巨人ゴリアテの戦いのことだな」


「はい。世界を焼き尽くし、そのすべてを呑み込もうとした暴龍ナムグルに、始祖の巨人ゴリアテが挑み、死闘の末に討ち果たしたという神話です」

「巨大な龍のむくろは石と化し、それが大陸を二分するほどの大山脈となった。子どもでも知っている話だな」


「ゴリアテはどうやって、龍の息の根を止めたのでしょう?」

「確か、龍の巨大なあぎとに捕らえられながら、急所を大鉞おおまさかりの折れた柄で貫いた……のではなかったか?」


「そうです。龍の急所とは、二つの鼻穴の間だったと言われています。

 そして、征服王の剣のつかには、その暴龍が巻きつく彫金が施されていたそうです。

 ちょうど柄頭が龍の急所、すなわち鼻先に当たり、黒の宝珠はそこに埋め込まれたのだとか。

 では、もう一度地図をご覧ください」


 レイアは再び指し棒を地図に当てた。地図は彩色されており、コルドラ大山脈は焦げ茶色に塗られている。

「そう言われてみれば、山脈は龍の姿に見えませんか?」


 確かに、北海に面した北を尻尾、夜森の南を頭とすれば、そう見えないでもない。

 特に、山脈は南端で二手に分かれているので、龍が口を開いているようである。

 そして、龍の弱点だという鼻先が、ちょうど現トルゴル領の東南に突き出している。


「偶然の符号とは思えません。恐らく洞窟の近くには、二つの鼻穴に擬せられる地形があるはずです。

 囮の洞窟か、あるいは池かもしれませんが、目印がなければ王自身が迷ってしまうでしょう」

「だが、入口を隠す幻術はどうする?」


「簡単です。呪術も魔法であることに変わりありません。

 つまり、呪符には強力な魔力が封じられていることになります。

 わが軍の魔導士なら、魔力感知ができますから、容易に場所を特定できるはずです。

 私の推理、いかがでしょうか?」


 レイアがにこりと笑うと、皇帝は満足そうに拍手をしてみせた。

 一方のスチュワート中将は、気負いこんで立ち上がった。

「さすがはレイア様です。小官、誠に感服いたしました。

 ですがこの先はお任せください。ただちに現地に命じて、宝剣を手に入れてみせます!」


 だが、レイアは『あらあら』という顔をし、皇帝は呆れたように口を開いた。

「中将、血迷ったか? レイアが言ったであろう、『これは余興』だと。

 こんな僻地に侵攻して、軍事的にどんな意味がある?」

「は? いや、しかし……」


「しかしも案山子かかしもあるか。

 いいか、本格的にトルゴルを攻めるのは、西部戦線が片づいて、エウロペからケルトニアを追い出した後の話だ。

 伝説の答え合わせは、トルゴル全域を占領した後でやればよい。

 そんな剣がなくても、余は世界をこの手で掴み取ってみせるわ。

 だがまぁ……黒い宝珠とやらを見つけたら、それはそれで褒めてやろう。磨き直してレイアにくれてやろう」


 晩餐の余興話は、それでお開きとなった。

 中将は退席を許され、皇帝とレイアの前を辞した。

 もちろん、彼のわれなき罪が暴かれることはなく、投獄もされなかった。


      *       *


『おかしい……。では何のために、わしは呼ばれたのだ?』

 その夜、帝都の自宅に帰ったスチュワート中将は、書斎に閉じ籠って自問していた。


『まさか、レイア様の余興話を聞かされる――それだけのためか?

 いいや、そんなはずはない!

 あの陛下が、そんなぬるいことをするか? いや、わしは試されておるのだ。

 ここで陛下の真意を汲めぬようでは、わしに未来はない』


『だが、あそこまで話しておきながら、陛下はトルゴル侵攻を否定された。

 いや、そこに軍事的な価値がないことなど、わしにだって分かる。

 だが、陛下は百万の帝国軍をべるお方だぞ。伝説の謎解きをする程度の気まぐれを、誰が非難しよう?

 もう一度、陛下のお言葉を、すべて思い返すのだ!』


 彼は普段吸わない葉巻を立て続けにふかし、必死で考え続けた。

 そして数時間後、ついに答えを導き出したのだ。


『陛下はレイア様の賢さを、臣下であるわしに自慢したかった。それは間違いない。

 そこでレイア様は、わざわざ洞窟の場所まで特定してみせたのだ。当然、陛下はその褒美を与えたいと思っているはずだ。

 だとすれば、何が相応しい? 決まっている、話に出てきた黒の宝珠以外にありえないだろう!

 最後にはっきり、こうおっしゃったではないか。

 宝珠を見つけたら褒めてやると、そして宝珠はレイア様にくれてやると!』


『だが陛下は、全軍を統帥するお立場であらせられる。

 軍事上の価値がない作戦を、命じるわけにはいかないのだ。

 だからこそ、陛下はわしに謎をかけたのだ。

 余の意向を忖度そんたくせよと!

 つまり、わしが〝あくまで内々に〟兵を動かし、宝珠を手に入れることをお望みに違いない!!』


『ああ、危ない危ない!

 もし、陛下の真意に気づかなんだら、わしは無能な阿呆と断じられ、破滅するところだったぞ!』

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トルゴルってのはトルコ風なんですかねえ? サラーム教でも砂漠方面とは宗派が違うみたいだし
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