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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第八章 トルゴルの藩王
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七 再会

 魔導院は王城の壁外にあるが、壁を潜る通路があって、直接行き来できるようになっている。

 エイナが母校を訪れるのは、久しぶりのことだった。

 彼女はまず、召喚の間に隣接する審問官たちの部屋に顔を出した。

 挨拶ついでに、集合場所がどこか聞こうと思ったのだ。


 審問官の老人たちは、にこやかにエイナを迎えてくれ、他の魔導士たちは運動場(兼訓練場)にいると教えてくれた。

「一期生まで来ておるが、同窓会でもやるのかな?」

 その審問官は、無邪気に訊ねてきた。


「まさか。合同訓練ですよ」

「ほう、それは熱心なことじゃのう。まぁ、せいぜい頑張んなさい」

 老人はそれ以上詮索せずに、自分の机へと戻っていった。

 研究職である審問官の興味は、王国独自の召喚術と幻獣に向けられていた。

 魔法科の卒業生も確かに可愛い教え子だが、積極的な関心は持っていなかったのだ。


 エイナは魔導院に通じる長い廊下を渡り、学舎の手前で外に出た。

 その先に広い運動場があるのだが、院と寄宿舎を囲む外塀によって目隠しされ、通りからは見えないようになっていた。

 行ってみると、軍服姿の十人余りが集まっていた。

 懐かしい顔ばかりで、先輩や後輩たちに混じって、同期も二人見つけた。


 エイナは自然と小走りになった。

 先輩たちへの挨拶もそこそこに、同級生のもとに駆け寄る。

 ヴィンス・トールマンとミハイル・バーンズだ。二年ぶりの再会だが、どちらも軍で鍛えられ、立派な若者になっていた。


 彼らはエイナとともに学年の首席を争った仲で、特にミハイルはライバルといってよい存在だった。


 ヴィンスは赤城市の第三軍に配属され、制服の衿章は准尉のままである。

 一方のミハイルは第二軍(黒城市)の所属で、もう少尉に昇進していた。

 ヴィンスの昇進が遅いわけではなく、ミハイルの方が早いのだ。


 真っ先に徽章に目が行くのは軍人の習性である。エイナの階級に気づいたヴィンスが、羨望まじりの声を上げた。

「へえ、エイナも少尉になっていたのかぁ。ミハイルといい、凄いじゃないか!

 まぁ、二人とも飛び抜けていたから当然か」


「えと、あの……ごめん、私、中尉に昇進したの」

 ミハイルが驚いた顔で喰いついてきた。

「え? でも徽章は?」


「それが、さっき辞令を受け取ったばかりで、まだ装備課に行ってないのよ」

「二十歳で中尉って、冗談だろう。お前、何をやったんだよ?」


「ミハイル、〝お前〟呼びはさすがにまずいよ。同期だって、上官だぞ」

「いいのよヴィンス。実際のところ、トルゴル派遣の都合で発せられた、異例の措置なんだって」


 ヴィンスがはっとした表情を浮かべた。

「ってことは、エイナが小隊長をやるのかい?

 そうか、俺たちみんな少尉か准尉だもんな。指揮官が同じ階級って訳にはいかないか。

 俺は一期組で、ロジャー中尉が小隊長に決まっているから、全然その辺のこと気にしていなかったよ」


「じゃあ、ミハイルは私と同じ三期組なの?」

「そうだよ。小隊長は俺かエイナだと思っていたんだが……くそっ、正直ちょっと悔しいよ。

 じゃあ、俺が副隊長ってことで我慢してやろう」


「おいおい、小隊に副隊長なんてないだろう。ミハイルの負けず嫌いは変わってないな……、何だか安心したよ。

 じゃあ、俺は一期組の方に行くよ。二人ともまたな」


 ヴィンスが離れると、ミハイルの表情が緩んだ。

 友人の前では意地を張っていたが、エイナと再会したのは、彼にとってかなり嬉しいことなのだ。

「そうか、エイナは組み分けの発表を聞いてなかったんだな。じゃあ、副隊長の俺から説明してやるよ。

 おい、みんな集まってくれ!」


 ミハイルは近くにいる後輩たちに声をかけ、四期生と五期生が、すぐに二人の周りに集合した。

「どうせ顔と名前は知ってるだろうけど、改めて紹介だ。

 まず、四期生がカール・ボイドとデレク・ドネリー、それとマイク・ジータの三人。

 カールが第四軍で、デレクとマイクは第一軍の所属だ。

 そして五期生からただ一人選抜された、期待の新人がノーマ・オハラ。

 ちなみに、選抜された十二人のうち、女性はエイナとノーマの二人だけだぞ」


「お久しぶりです、エイナ先輩!」

 ノーマがエイナの手を握って、ぶんぶん振り回した。

 エイナは彼女の顔を見上げ(ノーマの方が背が高い)、引きった笑いを浮かべた。


 ノーマは五期生の首席だが、エイナとは違った意味で目立つ存在だった。

 長身・金髪で、十二歳で入学してきた時から、女性的な意味で発育がよかった。

 エイナが卒業する年になると、まだ十五歳の彼女は、学院随一の巨乳という評価を揺るぎないものとしていた。

 男子たちは、ノーマの制服はサイズが合わなくて、特注された物だと噂し合っていた(もちろんデマだ)。


 このノーマだが、どうしたわけか二学年上のエイナに、少し過剰に懐いていた。

 エイナは魔法の才能が群を抜いていたし、六歳から一度も首席を譲っていない美女のシルヴィアと同室で、いつも一緒だったから、本人の自覚以上に目立つ存在だった。

 ノーマが憧れたとしても不思議はない。


 ただ、その接近の仕方が度が過ぎていて、エイナは少し苦手にしていた。

『この、ちょっと危ないわ』という、女としての防衛本能が働いたのだ。


「こらこら、少し馴れなれしいぞ」

 幸いなことに、ミハイルが彼女を引き離してくれた。


「いいか、エイナ殿は俺と同じ少尉の徽章を付けているが、本日付で中尉に昇進されたそうだ。

 つまり、俺たちの小隊長となることが確実――ということだ。

 これからは気安く〝先輩〟と呼ぶんじゃない。小隊長殿、もしくは中尉殿だ!」


「はい!」

 号令がかかったわけでもないのに、後輩たちは気をつけの姿勢で敬礼した。

 彼ら全員がまだ准尉だったから、中隊長相当の肩書を持つエイナは、眩しく見えたのだ。

 エイナは苦笑いを浮かべて答礼を返した。


「確かに小隊長の内示はうけているが、まだ正式発表されたわけではない。

 それまでは中尉殿でいい。これから一緒にやっていくのだ。よろしく頼む」

 エイナの上官口調は自然で板についていた。これも第三軍での経験のお陰である。


 しばらくすると、ケネス大尉がケルトニア軍の制服を着た人物を伴い、魔導院の建物から出てきた。

 ばらばらだった全員が、すぐさま二列に分かれて演壇の前に整列する。

 一期組はロジャー中尉、三期組はエイナが先頭になり、以下は階級と卒業期順に並ぶ。これは暗黙の了解であった。


「傾注!」

 ケネスが大声で怒鳴り、全員が直立不動となる。


「各小隊の組分けは先に発表されたとおりだ。

 今さらかもしれんが、小隊長を任命する。アドキンズ中尉、並びにフローリー中尉、前へ!」


「はっ!」

 二人が声を揃え、大股で一歩前に出る。


「この二人が、それぞれの小隊長だ。

 部下を殺すも生かすも、お前たちの指揮にかかっている。心して務めるように」

「了解しました!」


「よし、すでに聞いていると思うが、貴様らは全員トルゴル王国東部の国境地帯に向かう。

 出発は三十日、それまで五日しかないが、ここでできうる限り、部隊としての習熟訓練を行う。

 そして、王都の正門を出ると同時に、貴様らは軍籍を剥奪され、ケルトニア軍に雇用される傭兵部隊となるのだ。

 そこで、貴様らの雇用主となるお方を紹介する。

 ケルトニア連合王国軍、魔導士総監のクリス・オコナー大佐だ」


 ケネスの紹介により、ケルトニア軍の制服に身を包んだ大佐が、小さな踏み段に足をかけ、木箱のような演壇に上がる。


「総員敬礼!」

 すかさず号令がかかり、全員が一糸乱れぬ敬礼を見せる。

 大佐がゆったりとした動作で答礼を返した。


 オコナー大佐は、魔導士一人ひとりの顔を確認してから、ようやく口を開いた。

「リスト王国の若き魔導士たちよ、私は諸君の顔に浮かぶ覚悟と意欲を見て、非常に満足している。

 諸君は近く、はるばる異国の地に赴き、戦場の洗礼を浴びることになるだろう。

 そこでは人と人が殺し合う、言葉では言い尽くせない非情な現実が待ち受けている。

 初めてその惨状を目の当たりにして、ある者は嘔吐し、またある者は精神を病むやもしれん。

 だが、それはいにしより、あまたの兵士が克服してきた試練である。

 〝戦場での経験は兵を強く育てる〟

 我々はその信念に基づいて、諸君をその地獄へと招待するのだ」


 広い運動場に、大佐の低くよく通る声だけが響きわたった。

 しわぶきひとつ聞こえず、若い魔導士たちは、ただ彼の言葉だけを胸に刻み込んだ。


「あるいは、諸君はこう思うかもしれない。

 『たった十二人の経験に、どれほどの価値があるだろう?』と。

 しかし、そうではないのだ。

 帰国後の君たちが指揮官として、あるいは教育指導者として、十人、百人にその経験を伝えることで、影響は確実に広がる。

 それによって、千人の大部隊を派遣したのと同じ効果が得られるのだ。

 選ばれた諸君は先駆けであり、全軍魔導士の希望となる。そのことをまず、よく理解してもらいたい」


「さて、戦場における魔導士の重要性が増していることは、論をたない。

 同時に、その戦術と運用も日々進化している。

 近年における一大変化といえば、帝国軍の呪われた魔女、ミア・マグス大佐が創設した、魔導士を核とした機動部隊であろう」


「わがケルトニア軍は、優越する帝国軍魔導戦力に対抗するため、塹壕を活用した縦深防御戦術を編み出し、敵に多大な出血を強いた。

 これに対し、帝国軍が出した答えが、マグス大佐の即応魔導大隊だったのだ。

 これは、魔導士と騎兵・歩兵・工兵・輜重隊の各科を統合した大隊で、ひとつの師団を縮小して機動性を持たせた、画期的な編成だった。

 だが、それ以上に重要だったのは、魔導士の集中運用という思想である」


「マグス大佐は徹底的な訓練と、実戦重視主義で各科の連係を鍛えあげ、各戦線で猛威を振るった。

 大佐自身が伝説級の魔導士である上に、その配下に〝異名持ち(ネームド)〟と称されるエース級の戦力を三人も加えていたのだ。

 その威力の凄まじさは、経験した者でなくては想像すらできないだろう。

 現在では、マグス大佐の部隊は解散されたが、彼女が育てた魔導士たちが指揮官となって、同じような部隊がいくつも生まれている」


「それと同時に、前線では自然発生的に変化が起き始めた。

 それまで帝国では、ひとつの大隊に一人の魔導士という配置が常識だった。

 それが、連隊や師団規模で魔導士を集結させ、戦力を集中させるようになったのだ。

 これはある意味、即応機動大隊よりもやっかいだった。

 異名持ちのような災厄ではないが、戦場に無数の魔導士小隊が湧き出したからである」


「今では、わが軍でもこの戦術を取り入れ、激戦区では日々、魔導士同士の潰し合いが発生している。

 それによって、ただでさえ希少な魔導士の消耗が激増し、その不足を訴える声は悲鳴に近いものとなっている。

 こうした戦場における最新の流行トレンドは、遠からず貴国にも波及するだろう。

 諸君にはその戦術をいち早く身につけ、仲間や後進に伝えてもらいたい。

 奮闘を期待する! 私からは以上である」


      *       *


 訓示の後に行われた訓練は、予告以上に厳しいものだった。


 その内容は、さまざまな条件を設定し、二つ小隊同士が敵味方に分かれる、実戦形式の訓練だった。

 ただ最初の対戦は、特別にケネスとオコナーが、敵役を一人で務めることになった。

 一期生組はケネス大尉、エイナが率いる三期生組の相手はオコナー大佐である。


 運動場には、職員によって木製の衝立ついたてが運び込まれた。

 高さが二メートルほどの薄い板塀で、目隠しの役割を兼ねる障害物である。


 対戦に先だって、オコナー大佐はエイナの小隊に、設定を説明してくれた。

「今回は、正体不明の敵小隊と遭遇したという設定である。

 彼我の距離は五十メートルと近距離だが、間を遮る樹木によって、相手はまだ視認できないという状況だ。

 事前の情報から、敵には魔導士がいることが強く疑われる。

 諸君には行動開始まで、十分間の猶予が与えられている。その間に、部隊内の役割分担を決め、準備を整えるのだ」


 そして、大佐はにやりと笑って付け加えた。

「前もって忠告しておくが、訓練とあなどると死ぬことになるぞ。

 戦闘での殉職は二階級特進だが、訓練中の事故死は一階級だ。当然慰留金の額も違ってくる。

 家族に恨まれないよう、くれぐれも留意したまえ」


 大佐は縁起でもない言葉を口にして、板塀の向こうへ去っていった。

 訓練を手伝ってくれる魔導院の職員が、砂時計をひっくり返してカウントダウンが始まる。

 十分が経過するまで、攻撃は禁じられている。


 エイナは部下を集めて指示を出した。

「攻撃陣はデレクとマイク、それにノーマが担当、私が指揮を執る。

 防御はミハイルが指揮を取れ、カールとの役割分担は任せる」


「デレクは探知魔法が使えるか?」

「はい」


「よし、まずは相手の位置を特定しないことには、攻撃のしようがない。所在を把握次第、全員に知らせてくれ。

 マイクとノーマはファイアボールの呪文詠唱に入れ。デレクの情報をもとに、全力で叩き込め。

 私は相手の対応を確認しつつ、二の矢を放つ。

 敵が魔法防御を使用した場合、攻撃魔法で圧倒しながら、防御担当は突撃して肉弾戦を挑め。

 何か質問はあるか?」


 エイナの指示は、簡潔かつ必要十分なものであった。

 彼女は自称副隊長のミハイルに防御を任せたが、それは同期生として彼の特性をよく理解していたからだった。

 ミハイルはエイナと同じ〝万能型〟で、さまざまな系統の魔法が使えたが、どうしても得意の型というものがある。

 それが防御魔法だったのだ。


 エイナたちが話し合いを終えたタイミングで、時計の砂が落ち切った。

「時間です」


「敵の位置を報告!」

 エイナの鋭い声に、デレクが即座に応えた。


「前方西北西、距離およそ四十五メートルの地点に静止、移動の気配はありません!」

「よし、ノーマ!」


「でっ、でも、これって訓練ですよね?

 本当に死にますよ!?」

「黙れ! 躊躇ためらうと死ぬのはこっちだぞ!!」


 だが、エイナの叱咤は間に合わなかった。

 彼女たちの目の前で、突然何かが炸裂したのだ。


 エイナは腕で目をかばいながら怒鳴った。

「ミハイル! 対魔法防御!!」


 言われるまでもなく、ミハイルは魔法防御の呪文を詠唱中であった。

 あと三十秒もあれば、障壁は展開できるはずだったのに、敵の仕掛けは圧倒的に早かった。


 強烈な閃光で視界が奪われると同時に、彼らの身体は宙に浮き、次の瞬間、地面に叩きつけられていた。

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