表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導士物語  作者: 湖南 恵
第八章 トルゴルの藩王
259/359

五 提言

 ケルトニアの使節団が王都に入ったのは、シルヴィアの帰還から六日後のことだった。

 王都では近衛軍の儀仗隊が待ち受けており、彼らを先導して王城へと向かった。

 粛々と行進する車列を、見物する市民もいたが、王都に外国の賓客が訪れるのは珍しくもない。

 赤城市での、全市を挙げた熱狂的な歓迎に比べれば、いたってそっけない対応だった。


 もちろん王城に入ってからは、大国の使節を迎えるに相応ふさわしい歓待の行事が執り行われた。

 この日は、女王レテイシアへの謁見と晩餐会が催され、本格的な話し合いは翌日に持ち越された。


 王城会議室での協議では、正面の上座に女王がつき、長テーブルを挟んで両国の出席者が向かい合った。

 ケルトニア側は五人、三人の使節と事務方に加え、魔導院で指導に当たっているケネス・フォレスター大尉も同席していた。

 王国側は外務部長、首席参謀副総長、情報部長、そしてケイト・モーリス少佐の四人である。


 最初に外務部長が立ち上がり、王国の出席者を紹介した。

 ケイトを除く三人は、すでに前夜の晩餐会で顔合わせが済んでいたが、ここは公式の場なので、初めての顔をして挨拶をするのだ。

 次いで、エドモンド准将が自国側を紹介した。


 レテイシア女王は、会議の仕切り役という立ち位置である。

「使節団の方々は、遠路はるばる大儀であった。

 まず、私から今回の使節派遣の経緯を説明しよう」


「私がケルトニア国王陛下よりの親書を受け取ったのは、七月のことであった。

 陛下はイゾルデル帝国が、わが国の脅威となっていることを憂慮されておられる。

 そして、共通の敵である帝国に対抗するため、王国軍の強化は焦眉しょうびの急であるとかれていた。

 ケルトニアとしては、そのための協力を惜しむものではない。

 先にケネス・フォレスター大尉を派遣し、魔導士養成の一助としたのは、その端緒である――とのことだった」


「もちろん、協力はそれで終わりではない。

 それから一年が経過し、ある程度の成果があったことは喜ばしいが、同時に課題も見えてきた。

 陛下としては、その課題を克服するために、さらなる支援を提供するというご意思を示された」


「誠に願ってもないことであり、わが国としてはもろ手を挙げて歓迎する次第だ。

 私は陛下にそうお返事し、数か月の折衝を経て、今回の使節団派遣が実現したのである。

 ケルトニアから、具体的にどのような支援がいただけるのかは、私もまだ聞き及んでおらぬ。

 この場で有益な提言がなされることを、心から期待している」


 女王のもったいぶった挨拶が終わると、両国の出席者は胸に手を当てて目礼した。

 マリウスは内心で『この女狐め』と思いながら、殊勝な表情を崩さなかった。

 レテイシアが話したことは、おおむね事実なのだろうが、支援の詳細を知らないというのは、絶対に嘘だという確信があった。


 親書の内容は初耳だが、それを外務部や参謀本部に最後まで明かさなかったことには、不思議と腹が立たない。

 むしろ機密保持のためには、それが正解だったのだろう。

 レテイシアは自分が何も言わなくても、マリウスならすべてを察するだろうと信じていたのだ。


 魔導士がらみの案件だと、いま初めて明かしたのに、その部門責任者のケイトがちゃんと出席している。

 女王はそれを、当然のことだという顔をしている。それが何よりの証拠だった。


 使節団の方は王国側のそんな事情は知らず、すべて承知していると思っている。

 エドモンド准将が話を切り出した。


「レテイシア陛下からお話があったとおり、今回は魔導士養成支援の第二弾だと承知してもらいたい。

 私の隣りにいるクリス・オコナー大佐は、わが国の魔導士部隊の責任者で、自身も歴戦の魔導士だ。

 具体的な内容は、彼から説明してもらう」


 シルヴィアの報告によって、マリウスはケネス大尉を呼び出し、オコナー大佐の身分を確認済みである。

 帝国の〝異名持ち(ネームド)〟ほど有名ではないが、現場叩き上げで堅実な指揮を執ることで知られた人物だという。

 ケネス自身も、若いころに彼の下で働いたことがあったそうだ。


 オコナーは背は高くないが、がっちりとした体格をしており、五十代後半に見えた。

 彼は准将の着席と同時に立ち上がり、落ち着いた表情で口を開いた。

「現代戦において、魔導士の重要性は論をちません。

 この分野では帝国が先んじており、それが故にわが国は苦戦を強いられております。

 貴国が召喚士という、特殊な戦力を有していることは存じておりますが、だからといって魔導士を軽視してきたのは、大きな誤りだと言わざるを得ません。

 遅ればせながら、魔導士の育成に取り組まれたのは、誠に喜ばしいことであります」


 彼の前置きは、ここにいる全員が承知していることである。

 それをわざわざ口にするのは、彼の慎重な性格を表していた。


「さて、ここに同席しているフォレスター大尉からは、定期的に報告書を受け取っております。

 それによれば、貴国の養成機関が輩出する魔導士は平均的な質が高い一方で、十分な人数が確保されていないとあります。

 ケネス、これについて補足してくれたまえ」


 指名された大尉は素直に立ち上がった。

 目上の者に対しても、不遜な態度を取りがちな彼も、かつての上司には頭が上がらないのだろう。


「王国の魔導士養成が、少数精鋭という状況にあるのは、複合的な原因があります。

 最大の問題は、国民の間に魔導士の存在が認知されていないことです。そのため、魔導士になろうとする者が出てこないのです。

 この国は長年、召喚士に頼ってきましたし、魔導士がほとんどいなかったのですから、それは仕方がありません。

 そこにいるケイト少佐が国中を飛び回り、有望な候補生をどうにか掻き集めているのが実情です。

 すぐれた魔導士である少佐が、直接スカウトしているわけですから、質が高いのは当然といえるでしょう」


 ケネスはそう言って着席した。

 オコナー大佐は、話題に上がったケイトの方を向いた。

「モーリス少佐、現在の王国魔導士の総数はいかほどか?」

「二百四十人余です。来月には第五期生が卒業しますので、三百人を超えることになります」


「ありがとう。

 少なくとも千人を超さないと、国民の認知が広がるのは難しいでしょうな。

 この構造的な問題を解決するには、二つの方法しかありません。

 ひとつは時間です。あと十年もすれば、徐々に魔導士が身近な存在となり、それを志す者も増えてくるでしょう」


「もうひとつの方法とは?」

 外務部長が手を挙げて訊ね、マリウスがわずかに顔をしかめた。

 彼にはその答えが分かっていたからだ。


「簡単です。貴国が帝国に宣戦を布告することです。

 数十万の帝国軍が魔導士を先頭に立てて貴国に侵攻し、豊かな農地を焦土にするでしょう。

 そうなれば、国民は否応なしに魔導士の存在を心に刻み、二度と忘れないはずです」


 オコナーの言葉は、残酷ではあるが真実だった。

 帝国は百万人の軍勢を擁している。ケルトニアと戦争をしながらでも、三十万程度の軍を動かす余力を持っている。

 それに対し、王国は全軍を合わせても十五万人である。それでも、十年前より五割も増えているのだ。


 外務部長が下を向いたのを確認し、大佐は話を続けた。

「つまり、今のところ貴国の魔導士を、大幅に増やすことは不可能だということになる。

 となれば、現状保有している魔導士の質を向上させる――我々に残された道は、それしかありません。

 ケネス、これについて意見を述べたまえ」


 再びケネス大尉が立ち上がった。

「先ほど自分は、王国の魔導士の質が、平均として高いと申しました。

 それは能力の話であって、戦力としての評価ではありません」


「能力はあっても、戦力としては不十分だということだな。

 それはなぜだね?」

「彼らは皆若く、圧倒的に経験が不足しています。

 特に、実戦の洗礼を浴びていないのが大きい。あらゆる兵を鍛えるのは、実際の戦闘経験であります。

 この国は平和の代償として、弱兵に甘んじるほかないのです」


「よろしい。座りたまえ」

 オコナー大佐は、王国側の出席者を一人ずつ睨みつけた。


「聞いたとおりです。

 貴国の魔導士三百人をまるごと戦場に放り込むのは、さすがに無茶でしょう。

 ですがそのごく一部に限定すれば、できないことはありません。

 我々はそのための戦場を用意できる。今回の提案の骨子は、そこにあります」


 大佐は再び王国側の表情を窺ったが、彼らの反応は予想外のものだった。

 誰一人として、驚いた様子を見せなかったのだ。

 やや戸惑ったようなオコナーに対し、マリウスが口を開いた。


「戦場は物見遊山で出かけるところではありません。

 私も元は帝国の魔導士でした。地獄と呪われた西部戦線で、貴国と戦ったこともあるのです。

 戦争であれば当然人は死にます。それは魔導士といえども例外ではありません。

 貴官はただでさえ貴重な魔導士を、経験と引き換えにり潰せと仰せか?」


 しかし、オコナーも動じない。

「我々もそこは考えております。

 お言葉にあったエウロペ戦線なら、そのご懸念はもっともでしょう。

 要は激戦地ではなく、ほどよい難度の戦地を選べばよいのです。

 それでも危険が皆無とは申しませんが、貴国の魔導士の中から選りすぐった者ならば、十分に切り抜けられると考えております」


 マリウスはにやりと笑った。

「なるほど、それがトルゴル王国東部というわけですか」


 その瞬間、ケルトニア使節たちの表情が固まった。

 レテイシアがそれを面白そうに眺めている。


「どうしてそれを……?」

 オコナーは訊ねずにいられなかった。


「大国ケルトニアから見れば、リスト王国は田舎の後進国でしょうが、それなりに情報も集めています。

 現在貴国が交戦しているのは帝国のみ。

 その主戦線は西部戦線ですが――ああ、いや、貴国ではエウロペ戦線と呼ぶのでしたな。

 それ以外にも帝国と対峙して、小競り合いを繰り返している戦場がある。

 それが貴国の植民地、トルゴル王国の東部、帝国にとってはトリ川南部の辺境に当たります。

 ここはトルゴル・帝国の双方にとって、戦略的にほとんど意味のない地域です。

 これまで小規模な衝突はあっても、それほど本格的な戦闘が起きていません。

 戦っているのも現地トルゴルの藩兵で、帝国側も新兵の訓練場程度にしか思っていなかったはずです」


 今度はマリウスがケルトニア側を見回す番だった。

「それが一年ほど前から、なぜか帝国側が攻勢に出た。

 投入されるのは、相変わらず新兵を中心とした弱い部隊だが、兵力を増強したようですな。

 その結果、帝国は国境地帯から浸透して、南へ占領地を拡大させている」


「ですが、ここは未開の森林地帯で、先ほども言ったように占領する利点が何もない。

 むしろ占領地が拡大するほど、その維持のため、さらなる兵力を費やすことになります。

 貴国にはトルゴルの宗主国としての責任があるから、現地を支配する藩王からの支援要請を断れない。

 兵力をつぎ込んで帝国を押し戻しても、一銭の得にもならないが、帝国の目的も知りたい。

 わが国から魔導士を掻き集めて投入すれば、余計な金がかかりません。いやいや、よく考えられたものです」


 顔をしかめたオコナー大佐に替わって、エドモンド准将がにやにやしながら応じた。

「なかなか穿うがった見方ですな。

 我々は貴国の情報力を見誤っていた。正直に認めねばなりますまい。

 だが、例えそうだとしても、貴国の魔導士を鍛えるという目的には、何も変わらないでしょう。

 うまい話ほど、信用できないものはありません。

 双方にとって利益のある取り引きだと思えば、むしろ納得がいくのではありませんか?」


「そのように腹を割ってもらえると、こちらも話がしやすいというものです。

 ですが、わが軍の兵士を帝国と戦わせるというのは、外交的にまずくありませんか?」

「それなら心配は無用です。

 貴国で選抜された魔導士は、一時的に軍籍を離れていただきます。

 その上でケルトニアの傭兵として、こちらの指揮のもとに戦っていただくのです。

 わが軍は、もともと傭兵を主体としていますから、何も問題はないでしょう」


「なるほど、そちらの提案については理解いたしました。

 そうなりますと、あとはレテイシア陛下のご裁断を仰がねばなりません」


 その場の全員が、女王の方に視線を向けた。


      *       *


 場面は一週間前、赤龍帝リディアの執務室にさかのぼる。


『トルゴル東部国境の情報を集めよ』

 リディアの伝言を聞いたシルヴィアであったが、彼女にはその真意が掴めなかった。


「なぜ、トルゴルなのでしょう?」

 訊き返すシルヴィアに、リディアは鼻を鳴らした。


「あの准将、私の赤龍帝という称号に難癖をつけてきただろう?

 まぁ、とっさのことだったので、私の反論も屁理屈だったのだが、それでも相手を黙らせることができたのは、幸いであった。

 あの時、准将は私の立場を『藩王のような地位』だと、勝手に納得していた」

「はい、確かに」


「シルヴィアは〝藩王〟という称号を聞いたことがあるか?」

「詳しくは知りませんが、トルゴル王国の地方領主のことだと記憶しています」


「そうだ。そもそも藩王という称号自体、ケルトニアがトルゴルを植民地化した後に作られたものだ。

 他にそんな称号を使っている国など、聞いたこともない。

 だが、なぜ准将は、そんな一般に知られていない称号を持ち出した?

 ケルトニアは貴族制度の本場だ。地方領主の意味なら、侯爵に例えるのが自然だろう。

 准将の頭の中では、トルゴルに大きな関心が寄せられている証拠といえる。

 彼らがサラームの動向を気にしていたのも、無関係ではあるまい」

「なるほど……」


「トルゴルはケルトニアの版図で唯一のサラーム教国で、帝国とも国境を接している。

 そこでは、昔から両国が小規模な紛争を繰り返していた。

 最近、その状況に変化が起きているとすれば、今回の件と連動しているかもしれん。私の言う意味が分かるな?」

「了解しました。

 ですが、リディア様はケルトニア側の意図も読めたとおっしゃいました。

 その件についてもご説明を願います」


「うむ。

 准将は私に対し、優位な立場を取ろうと躍起になっていた。

 雑談の中でそれが如実に表れたのが、私の愚痴への反応だった」

「首長国連邦への対応を、第三軍に任せっきりにしている……という、あれですか?」


「そうだ。それに対して准将は、実戦経験が兵を強くするとと言って、私を慰めようとした。

 だが、その同情は上辺だけで、むしろ王国軍の実戦不足を揶揄やゆし、馬鹿にしている顔だった。

 連中が、魔導士養成事業に口を出そうとしているのは明らかだ。

 恐らく彼らの提案とは、わが国の魔導士を戦場に送り込み、経験値を積ませようというものだろう。

 ただ相手が強すぎては、犠牲の方が大きくなる可能性がある。

 だが、それがトルゴル国境だったらどうだ? そこには双方とも、まともな戦力を投入していないはずだ。

 ひよっこ魔導士でも、十分に戦えるだろう?」

「わが国を援助するという口実で、利用する魂胆ですか?」


「そのとおりだ。

 恐らくトルゴル国境で、何か情勢の変化が起こり、ケルトニアも対応を迫られているんだろう。そう考えれば、全てがつながる。

 マリウス殿に、そのことを伝えてほしい」


 シルヴィアは赤龍帝の洞察力に、感動すら覚えた。

 彼女はその言葉を胸に王都へと帰還し、マリウスに報告したのであった。

 そしてリディアの推測は、外務部が握っていた情報によって、見事に裏付けられたのである。


      *       *


 再び会議室に話を戻す。

 裁定を委ねられたレテイシアは、満足そうにうなずいたのである。


「よかろう。わが国はケルトニアの提案を受け入れよう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ