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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第五章 辺境の虜囚
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十二 異能

 お互い裏の事情は承知の上だが、このような当て擦りを、単なる護衛に過ぎないエイナが口にすべきではない。

 マグス大佐は、自分の膝の上に覆いかぶさっている、王国魔導士の無礼を黙って見逃した。

 何しろ相手は、娘と言ってもおかしくない年齢なのだ。


 一方のエイナは無我夢中だった。

 開けた窓から顔を突き出し、雨でよく見えない中、遠くの丘を注視し続けた。

 馬車の隊列の後方を護衛していた騎馬小隊がこの異変に気づき、小隊長が馬を駆って横に並びかけてきた。


「魔導士殿、何かありましたか?」

「えっ? あっ忘れてた! 今すぐ隊列を止めてください!

 北北東二キロの石切場から、異常な魔力を感知しました。

 魔導士の待ち伏せと推測されます」


 小隊長の判断は早かった。

 すぐに馬車の御者に停止を命じ、自身はそのまま前方の小隊に急を報せにいった。

 その間に、エイナはマグス大佐の膝上から身体を起こし、左側の扉から外に出た。

 後衛の小隊長は、前衛の小隊長も連れてすぐに戻ってきた。


「あの石切場ですか? 雨でよく見えんな……」

「いや待て、今何か光ったぞ!」


 二人の小隊長の顔に緊張が走ったが、エイナには事情がある程度掴めていた。

「先ほどグレンダモア少尉が偵察に向かいました。

 恐らく彼女の幻獣が、上空から火球で攻撃をしているのでしょう」


「我々はこのまま待機しますか?」

 後衛の小隊長がエイナの判断を仰いだ。

 マグス大佐の正式な護衛はエイナであって、騎馬小隊はあくまでサポートに過ぎない。

 二人の小隊長は中尉で階級が上だったが、この場の指揮はエイナが執ることになっていたのだ。


 エイナは雨に濡れながら、街道の先の方へ視線を転じた。

 雨のせいで、こちらも先の様子はよく分からない。

「街道はこの先どうなっていますか?」


 前衛の小隊長が答える。

「あと三キロほど先で、ゆるやかに左に曲がります。

 それまでは、ほぼ真っ直ぐですね」


 エイナはすばやく頭の中で計算をする。観測は魔導士の基本技能だ。

「すると、街道が石切場に再接近しても、約一キロの距離がありますね?」

「そのとおりです」


「では、そこまで馬車を進めましょう」


 エイナの決断に、二人の小隊長は顔を見合わせた。

「ですが、接近するのは危険ではありませんか?

 安全が確保できるまでこの場に留まるか、むしろ後退してもよいのでは……」


 しかし、エイナは首を横に振った。

「現地の状況が分からなくては、対処のしようがありません。

 ここでは離れすぎていて、グレンダモア少尉との連絡が取れませんが、再接近すれば、街道上からでもぎりぎり届くはずです。

 それに、敵が魔導士であることは間違いありません。

 一キロもの射程を持った攻撃魔法はありませんから、危険は小さいと思われます」


「私の爆裂魔法なら、二、三キロは余裕で届くぞ」

 窓から顔を出していたマグス大佐が、にやにやしながら茶々を入れた。


「大佐のような魔導士が、何人もいてたまるものですか!

 〝生き別れの双子の姉がいる〟なんて、言わないでくださいね」

「ははは、貴様、言うようになったな」


 エイナは大佐の相手を打ち切り、小隊長たちの方に向き直った。

「とにかく、馬車を進めましょう。

 念のため、馬車の周囲には防御結界を張っておきます。

 護衛の各小隊は巻き添えにならないよう、十分に馬車との距離を取ってください。

 荷馬車は最後尾に回して、いざという時には置き去りにして全速で逃げましょう。

 騎馬斥候は出せますか?」


 前衛の隊長は首を振った。

「この周囲はニンジン畑です。種を播いたばかりで土がふかふかです。

 おまけにこの雨ですから、足をとられて馬が進めません。

 ただ、最接近地点には、石切場に向かう道があったはずです。

 石材を運び出していた時に使われていたもので、荒れていますが結構しっかりしています」

「それだと、狙い撃ちにされますね。了解です。斥候は止めておきましょう」


 警備小隊との打ち合わせを終えると、エイナは馬車の中に戻った。

 乗り込んできたエイナに、マグス大佐がタオルを放ってよこした。

 エイナは礼を言って、濡れた上着と軍帽を拭った。


 隊列は動き出し、約八百メートルほど進んだ丁字路付近で再び停止した。

 ここが石切場に一番接近した箇所で、前衛の小隊長が言ったように、石切場へと向かう広い道が延びていた。

 馬車の中に静寂が訪れ、雨音しか聞こえなくなった。


『カー君、私の声、聞こえる?』

 エイナは目を閉じて、頭の中でカーバンクルに呼びかけた。

 すぐに雑音混じりの返事が返ってくる。


『聞こえるよ~! やっと声の届く範囲に来たんだね、遅いよぉ』

『贅沢言わないの! シルヴィアと替われる?』


『エイナ?』

 カー君を経由したシルヴィアの声も落ち着いている。取りあえず切羽詰まった状況ではなさそうだった。


『ねえ、敵はここで間違いないの?』

『ええ、魔力反応は消えていないし、位置も変わってないわ。

 そっちの状況を教えて!』


 ザザッという雑音の後で、シルヴィアの声が響いてくる。

『上空で旋回しながら観察したけど、敵影は発見できないわ。

 崩れた石の塊りが折り重なっていて、どこに隠れているのか見当もつかないの』

『さっき、カー君が火球を吐いたでしょう、あれは何?』


『当てずっぽうに攻撃してみたのよ。でも駄目ね、何の反応もないわ。

 カー君の話だと、この石切場ね、地下に大空洞があるっぽいの。

 もしそこに潜んでいるとしたら、空からの攻撃は意味ないかもよ』

『了解。シルヴィアたちは、そのまま上空から監視を続けて、何か変化があったら知らせてちょうだい』


『いいけど、そっちはどうするの?』

『攻撃してこないんだったら、先を急いで敵との距離を稼ぐわ。

 敵がシルヴィアたちの火球攻撃を見て、出るに出れなくなっているなら、なおさら都合がいいでしょう』


『分かった。一時間も釘づけにしてやれば十分でしょ。

 あたしたちは後から追いつくわ』

『うん、下から撃たれないよう、気をつけてね』


『カー君はそこまで鈍間ノロマじゃないわよ。

 ん? 待って……、何あれ!』

『えっ、どうかしたの!?』


『馬鹿……石が……ザッ……浮きあ……ザザッ!』

 雑音で途切れて何を言っているか分からないが、緊迫した雰囲気だけは伝わった。


『シルヴィア、聞こえないわ! もう一度言って!!』

『ザザザッ……危な……っ!』


 エイナは目を開いて跳ね起き、叫び声をあげた。

「頭を下げて! テーブルかひじ掛けに掴まって!」


 マグス大佐は即座にエイナの指示に従い、呆気にとられた表情の外交官たちも、慌ててそれに倣った。

 同時に凄まじい轟音が鳴り響いた。

 馬がパニックに陥り、御者の制止を振り切って暴走しかけたが、エイナが展開していた防御結界(対物障壁)に阻まれる。

 車内は前後左右に激しく揺れ、今にも横倒しになりそうだった。


「結界内は安全です!

 落ち着いて馬車から降り、できるだけ馬から離れてください!」


 エイナはそう叫びながら馬車の扉を開け、王国外交官の腕を取って外へと飛び降りた。

 視界の端で、マグス大佐が同じ動作で反対側の扉から脱出するのが見えた。

 外に出た瞬間に、閃光がひらめき〝パシッ!〟という音が響く。


 〝どさっ〟という重い音にエイナが振り返ると、二頭の馬が地面に横たわっていた。手綱を握っていた兵士も、御者台の上で倒れている。


「何をされたのですか!」

 エイナはきっとマグス大佐を睨んだ。

 今の光は何かの魔法だ、エイナ以外にこの場で魔法を使えるのは大佐しかいない。


「そう怒るな、弱い雷撃魔法を使っただけだ。馬が暴れては危険だろう?

 馬も御者も気絶しているだけだから、命には別条ないぞ」


 大佐は軍服の埃をはらいながら、涼しい顔で立っていた。

 二人の外交官は、震えながら後頭部をかばい、地面に伏している。


「シルヴィア! 聞こえる? 一体何があったの!?」

 エイナが怒鳴った。大佐の前で声を出すべきでない――という警戒心は、どこかに吹っ飛んでしまった。


 耳障りな雑音が響き、どうにか通信が回復した。

『よく分かんない!

 おっきな石が地面から浮き上がって、もの凄い勢いでそっちの方に飛んでいったの!

 何よあれ、あれも魔法なの?』


「石が浮いて、飛んだですって!?」

『そうなのよ……って、あああ、まただわ!

 さっきのより大きい! エイナっ、気をつけて!』


 エイナは慌てて石切場の方に振り向いた。

 空中に黒い点が浮かんでいて、それが凄い勢いでこちらに迫ってくる。

 魔導士としての本能が、その大きさを瞬時に分析した。

 一×三メートルほどの長方形の岩塊が、みるみる大きくなって視界を覆い尽くした。


 ドーーーーンッ!


 腹に響く重低音で地面が振動した。

 巨大な岩が防御結界に激突して砕け、無数の石の塊になって周囲に飛び散ったのだ。

 馬車から離れていた騎馬小隊の馬たちが激しいいななきを上げ、棹立ちとなった。

 何人かの騎兵たちが降り落とされ、皆馬を押さえるのに必死になっている。


 巨大な岩石は、間違いなく一キロも離れた石切場から飛んできた。

 エイナが張っていた物理防御結界はそれを撥ね飛ばしたものの、衝突の瞬間にごっそり魔力を奪われたのが分かった。


 シルヴィアは言った「あれも魔法なの?」と。

 確かに魔法には違いないのだろうが、結界が防ぎ切ったということは、完全な物理攻撃だったことを意味する。


 エイナは呆然としてつぶやいた。


「……これ、もしかして〝バリスタ〟なの?」


      *       *


 エイナたち王国の魔導士は、仮想敵である帝国の有名魔導士に関する知識を叩き込まれている。

 すなわちネームドと呼ばれる、異名持ちの大物である。


 その代表格はもちろんマグス大佐であるが、他にも十数人のネームドが存在し、各地の戦線で猛威を振るっていた。

 中でもマグス大佐に次いで名高く、敵の怨嗟を集めているのが〝バリスタ〟こと、カメリア・カーン少将であった。


 カーン少将の場合、その得意魔法である〝バリスタ〟が、そのまま異名となっている。

 バリスタとは、元々攻城用の大型据置弩を意味する言葉だ。

 カメリアは自分の周囲にあるものなら何でも宙に浮かせ、それを恐ろしい勢いで敵に向かってぶん投げるという物騒な魔法を使う。

 これは彼女固有の特殊魔法であった。


      *       *


 帝国魔導士には、ある技能に特化した集団が存在する。代表的なものが通信魔導士、重力魔導士、治癒魔導士である。

 彼らは体内に、その技能専用の魔法回路を構築しているため、一般的な魔導士のような攻撃・防御魔法を使うことができない。


 つまり、戦闘には一切参加できない魔導士なのだ。

 中でも通信魔導士は、軍魔導士としての基準に満たない落ちこぼれに訓練を施して採用されるため、その地位は低く、どんなに出世しても大尉が限界である。


 一方、治癒魔導士は戦場で直接負傷者と関わり、命の恩人となることも多いので、兵士たちから非常に尊敬されている。

 重力魔導士は一般兵との接点はないが、輜重しちょう隊や工兵隊にとっては必要不可欠な人材なので、それなりに厚遇される。

 それでも両者は成功しても佐官どまりで、一般魔導士のように将官にまでのし上がることはできない。


 カメリアも重力魔導士なのだが、彼女はこれまで数え切れない戦場に立ち、将校として部隊を指揮して輝かしい武勲を上げてきた。

 そして、現在では軍内でも数えるほどしかいない、魔導将軍の地位に就いていた。


 重力魔導士はその名のとおり、重力に干渉する魔法を操る者である。

 仮に百キログラムの石があったとして、重力魔導士がいれば、それを十分の一、即ち十キロの重さにすることができる((ゼロ)にはできない)。

 数人がかりで動かすのがやっとの石が、たった一人の力で持ち上げられるのだ。


 そのため重い資材を運び、扱う輜重隊や工兵隊にとっては、まさに神のような存在で、泥濘地でわだちはまった馬車を引き上げる時など、重力魔導士が来ると歓声が湧き上がるほどだった。


 彼らは逆に重力を大きくさせ、百キロの石を十倍の千キロにすることもできた。

 こちらは使い道がなさそうだが、緊急時に敵を押さえつけて動きを止めることができるので、一般魔導士でも重力魔法を習得する例は珍しくない。

 もっとも、重力魔法は範囲魔法ではなく、対象となる目標物(人)を指定しなければならず、使い方が難しかった。


 この魔法は地球の重力に干渉して、それを増減させるものであるから、当然ながら重力そのものの方向を変えることはできない。

 ところがカメリアは何故かそれ(・・)ができた。


 彼女がそのことに気づいたのは、まだ魔導士養成機関で学んでいた、見習い時代のことである。

 カメリアは生まれつき重力魔導士としての適性があったため、教師たちは彼女が重力魔導士の道を歩むことを当然だと思っていた。


 ところが、彼女はクラスで一番小さな体躯であったのに、虎のように気性が激しかった。

 彼女は自らの運命に抗い、魔導士として戦場に立って、敵を殺すことを渇望していたのだ。


 ところが、現実は厳しかった。カメリアは重力魔法を同期の誰よりも自在に扱えたのに、一般魔法の腕前は〝からきし〟だったのだ。

 負けん気の強い彼女は、どうにかして重力魔法を攻撃に応用できないかを考えるようになった。


 ある退屈な講義の時間、彼女はうっかり居眠りをしてしまった。

 時間にすれば、わずか数分だったのだが、その間にある夢を見た。

 重力魔法で巨大な岩石を持ち上げ、それを敵の大軍に向かって投げつけ、数万の敵を圧し潰すという、何とも荒唐無稽な夢だった。


 目を覚ましたカメリアは、これを天啓だと思った。


 確かに重力魔法を使えば、大きな石でも持ち上げることができる。

 問題はこれを投げることができるかという点だが、もし重力の方向を変えてしまえば、それが可能になると思いついたのだ。


 彼女は講義もそっちのけで、呪文の構築に取りかかった。

 重力魔法は暗記していたので、そこに少しだけ手を加えるだけでよく、呪文は呆気ないくらい簡単に完成した。

 あとは実践である。


 放課後、誰もいない林の中に入り、できたばかりの呪文を試してみたのだ。

 彼女が詠唱を終えると、対象に指定した拳ほどの大きさの石が、すっと宙に浮いてくれた。

 カメリアは狂喜し、続いて重力の方向を水平に固定した上で、全魔力をつぎ込んで重力を増加させた。


 つまり石を投げるのではなく、横方向に落下させた(・・・・・)のだ。

 宙に浮いていた石は、真っ直ぐ飛んでいき、重力加速度によって増速し、あっという間に視界から消えていった。


 翌日、カメリアは喜び勇んで、教師にこれを報告した。

 最初は信じなかった教師も、彼女に無理やり外に連れ出され、実際に目の前で魔法を見せられると、驚きのあまり腰を抜かしそうになった。


 だが、彼女が考案したという呪文を、教師(魔導士としての実力は遥かに上だった)が唱えても、何も起きなかった。

 何度試してもカメリアは成功し、教師はその再現に失敗した。

 頭を抱えた教師は、この事実を帝都の高度魔法研究所(高魔研)に報告した。


 高魔研はすぐにカメリアを帝都に呼び寄せ、その魔法と彼女自身の肉体を詳しく調べあげた。

 この調査は、高魔研の責任者にして伝説的な魔導士である、サシャ・オブライエン(当時百歳を超えていた)が直々に指揮をしたというから、高魔研も相当に注目したのだろう。

 そして、一か月にわたる調査の結果、高魔研が出した結論は、以下のようなものであった。


「カメリア・カーンは異能者である」


 要するに、魔法知識のすいを集めた研究機関が、何も解明できずに〝白旗を上げた〟ということである。

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