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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第四章 魔法王の森
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五十九 人とエルフ

「最初に言っておくけど、爆裂魔法にもいくつか種類があるんだ。

 これから見せるのは〝攻城魔法〟と言われる大規模魔法だね」


 私たちは、伐採地を遠くから見下ろせる丘の上に立っていた。

 サシャの第二の願い――爆裂魔法を見せる前に、私は簡単な説明を行っていた。


「これはエルフにとっても大魔法でね、誰でも使えるというものではないんだ。

 君は運がいいね」

 私は笑みを浮かべてそう言うと、振り返って目標地を見据えた。


 手を伸ばし、呪文を口ずさみながら魔力を練り上げる。

 エルフが詠唱にかける時間は基本的に短いのだが、この呪文は例外で、この私でも一分以上を要した。


「よく見ていなさい」

 私は前方から視線を外さずに、傍らに立つサシャへ注意を促す。

 爆裂魔法は彼女のヘルファイアのように、術者から何かが飛んでいくわけではない。

 呪文の中に組み込まれた目標の座標で、いきなり魔法反応が始まるのだ。


 私が魔法の発動を命じると、切株と藪だらけの広い伐採地が、ぶわりと膨張した。

 次の瞬間、耳をつんざく轟音とともに爆発が起き、景色が土煙で真っ黒に塗り潰される。

 少し遅れて、丘の上にも衝撃波と爆風が襲ってきた。

 ここは伐採地から一キロ程離れているが、それは身の安全を図るのに最低限の距離だった。普通は、三~四キロ離れたところから撃つのが常識なのだ。


 地表から数メートルの深さで発生した爆発は、膨大な質量の土砂を、上空高くまで吹き飛ばした。

 それらは数秒後に落下を始め、土が、岩が、切株が、土煙と轟音を伴って降り注ぐ。


 今回は出力を抑えたため、爆発範囲は直径三百メートル程度だったが、伐採地のあらかたが掘り起こされ、根を張っていた切株は地表に転がることになった。

 農民たちは喜ぶよりも先に、この場で何が起きたかを知りたがるだろう。


 サシャは爆風に薙ぎ倒され、尻もちをついていた。

 衝撃波に打たれたことで、露出した顔や手が真っ赤になっていた。

 落雷にも似た凄まじい轟音が彼女の聴覚を奪ったらしく、私が「大丈夫かい?」と訊ねても、呆然として答えなかった。


 私はサシャの手を取って助け起こし、落ち着かせるために軽く抱きしめた。

 やがて身体の震えは止まり、聴覚も戻ってきたらしい。


「魔法でこんなことができるのね……」

 掠れた声でそうつぶやいたきり、彼女は黙り込んだ。

 彼女にかける気の利いた言葉が見つからず、私も無言だった。


 とは言え、いつまでも突っ立っているわけにはいかない。

 私はサシャの肩をぽんと叩いた。


「さぁ、これで野外授業はお終いだ。戻ってお茶にしよう」


      *       *


 私たちが飲んでいるのは、私が調合して乾燥させた香草茶だ。

 酸味と清涼感があって、ヤギの乳で煮だすと、とろんとした喉ごしになる。

 草地に敷いた敷物に腰を下ろし、熱い茶を飲んだサシャは、やっと人心地がついたらしい。


 彼女は少し興奮して、爆裂魔法に関するいろいろ質問を浴びせてきた。

 最初は、魔法の射程と効果範囲についてだった。


「そうだね……射程は最大で五、六キロといったところかな。

 範囲は直径一キロ前後だけど、さっきみたいに三分の一くらいまでなら、狭めることも可能だよ」


「どうして、わざわざ地中で爆発を起こすの?」

「その方が威力が大きくなるからだよ。

 地上で爆破させると、拡散して大した破壊力を生まないんだ。

 それよりも、密閉されて圧力のかかる地中の方が、爆発力が増大する。

 君のヘルファイアも、重力魔法で圧縮をかけているだろう? 原理は同じだよ」


「なるほど……」

「それに、大量の土砂を巻き上げることで、攻撃範囲にとどめをさせる。

 およそ三十メートルの高さから、土砂が降り注ぐことを想像してごらん。その下にいる者がどうなると思う?

 最初に説明したと思うけど、あれは〝攻城魔法〟と言われていてね。本来は、堅固な砦や城壁を、基礎から崩壊させるために開発されたんだ。

 その場合は、上空から巨大な石が落ちてくるから、運よく残った建造物も破壊し尽くされることになる」


「だけど、別に城じゃなくても、密集した軍勢の直下で炸裂させれば、一撃で万の敵を葬れるわね」

「まぁ、そういうことだ。

 私たちが元いた世界では、魔族とエルフ・人間・ドワーフの連合軍の間で、何度も大きな戦争があったんだ。爆裂魔法はその時代に生み出された、戦争の遺産のようなものだね。

 だけど、私たちはこの世界に来て数千年、戦争というものを経験していない。

 だからこの魔法は、一度も使われなかった〝忘れられた魔法〟なんだよ。

 私は魔法の研究が趣味だから、たまたま知っているけどね。

 ほとんどのエルフは爆裂魔法を知らないし、例え知っていても、使える者はごくわずかだろう」


「私は……使えないだろうか?」

 私は眉を上げ、いぶかしげな視線を向けた。サシャの口調が、ふいに堅苦しい軍人のそれに戻ったからだ。


「無理だね。

 君は人間としては破格の魔力を持っているが、それでも全然足りないよ」


 私の答えはにべもなかったが、彼女は食い下がった。

「私はもっと強くなる。

 今の魔力だって五年前に比べれば、遥かに増大しているのだ。

 十年、二十年では無理でも、三十年もあれば……」

「無理だ」


 私は彼女の抗弁を遮った。

「サシャは人間なんだ。私たちエルフとは違う。

 もし、君が爆裂魔法を使えるだけの魔力を得られたとしても、その頃には老いさらばえているよ。

 それに、私にはこの魔法を伝えるすべがない。

 エルフは人間に魔法を教えるのを止めた時、神聖文字も捨ててしまった。

 その技術を復活させない限り、エルフ語の翻訳は不可能なんだよ」


 サシャは肩を落とし、黙り込んだ。

 私はそんな彼女に駄目押しをした。

「君が今すべきは、ヘルファイアの完成だろう? 爆裂魔法のことは忘れたまえ」


 サシャはしばらくうつむいていたが、やがて顔を上げた。

「そうね、ごめんなさい。

 〝星を望んで蛇を踏む〟って諺のとおりね。私は高望みをして、足元を見失うところだったわ。確かに今は、ヘルファイアの呪文を組み直す方が先ね。

 アデルには感謝をしなくちゃ」


 彼女の口調は、再び女らしいものに戻っていた。

 表情が柔らぎ、笑みさえ浮かべる彼女に、私は内心で安堵していた。


      *       *


 仕留めたウサギと、食用となる野草を摘んで帰ってくると、サシャは泉のほとりにしゃがみ込んでいた(かまどにはちゃんと火が起きていた)。

 彼女は水際の濡れた土に、木の枝で呪文の構文を書きつけ、難しい顔をして考え込んでいた。


 どうやら真面目に勉強しているようだ。私は満足して、後ろからそっと背中を突いてみた。

「きゃっ!」

 不意を突かれたサシャは、立ち上がろうとしてバランスを崩し、目の前の泉に飛び込んでしまった。


 もちろん水は浅いし、大したことはなかったのだが、彼女はずぶ濡れになった。

 私が怒られたことは言うまでもない。

 軍服は枝にかけて干したが、サシャは着替えた肌着姿で食事をするはめとなった。

 ちなみに、食事を作るのはいつも私の役目で、サシャはあまり料理が得意ではないようだった。

 その代わり食後の洗い物は、自然と彼女が担当するようになっていた。


 片付けが終わり、焚火を囲んでお茶を飲むころには、すっかり暗くなっていた。

 もう十月に入ったので、帝国は北国ということもあって、日が落ちると結構肌寒い。

 サシャは肌着姿なのもあって、早々に寝床に潜り込んだ。

 暗くなれば眠り、夜明けとともに起きるのは常識であり、それは人間もエルフも変わらない。


 寝床と言っても、草地の上に集めた枯草を敷き、エルフの布にくるまって眠るのだ。

 エルフの絹織物は、糸を紡ぐ段階で魔法が込められており、薄くても保温性が高い(夜露や雨も弾くすぐれ物だ)。

 真冬なら別だが、今の季節だったら十分暖かく眠れるはずであった。


 サシャが身体に布を巻きつけ、横になったのを見て、私はいつものように傍らの木に登ろうとした。

 あまり大きな木ではないが、やはり樹上の方が安眠できるのだ。


 ところが、私が木の幹に手をかけたところで、背中を引っ張られた。

 振り返ると、サシャがミノムシのように布にくるまったまま身を起こし、手を伸ばして私の服を掴んでいた。


 私は首をかしげた。

「どうかしたのかね?」

「……寒い」


「さっき濡れたせいかな、もう髪は乾いたはずだけど?

 まさか風邪を引いたのかい?」

「そうかもしれない。

 アデルが悪い。責任を取って、添い寝をしろ」


 彼女の口調が、また堅苦しいものに変わっている。

 私は肩をすくめた。

「まるで子どもだな……。

 まぁ、いいだろう。君が眠るまでだぞ」


 サシャは顔をしかめて舌を出したが、くるまった布を大きく広げ、私を招いていた。

 私は小さく溜め息をつき、彼女の横に滑り込んだ。

 彼女は私の身体を引き寄せると、ぴたりと身体をくっつけてくる。

 驚いたことにサシャは裸であった。いつの間に下着を脱いだのだろう?


「裸では余計寒いだろう?」

「うるさい、黙れ!」

 彼女は冷たい指先を私の服の中に潜らせ、めくり上げた。


「何のつもりかな?」

「私だけに恥ずかしい思いをさせる気か? アデルも脱げ」

 サシャの怒ったような声に圧されて、私はごそごそと自分の服を脱いで肌を合わせた。

 彼女の手足の先だけは冷たいが、それ以外は熱く火照り、少し汗ばんでいた。


 サシャは胸に顔を埋めて抱きついてくる。豊かな胸が私の腹に押しつけられて潰れ、乳首が固くなっているのが感じられた。

 そして、彼女の冷たい手が私を撫でまわしながら下に伸びてきた。


 しばらくして、私の胸元からサシャのくぐもった声が聞こえてきた。

「私は……そんなに魅力がないのか?」


 胸に押しつけられた、彼女の顔が濡れている。

「エルフにとって、人間の女など……抱くに値しないのか?」

 サシャは涙声で私をなじった。


 私は溜め息をつき、彼女の腋に腕を差し入れ、身体を上に引き上げた。

 夜目の利く私には、暗闇の中でも泣きべそをかいているサシャの顔が、はっきりと見えた。


「君は少し誤解をしている。

 エルフと人間は確かに姿が似ているが、別の種族なんだよ」

「…………」


「エルフの繁殖力が低い、という話は知っているかい?」

 サシャは無言で小さくうなずいた。


「私たちは人間ほど、生殖行動に熱心ではないのだよ。

 エルフには多くの動物と同じように、決まった繁殖期というのがある。

 春、三月の半ばから五月くらいまでの間だね。それ以外の時期は、夫婦や恋人同士であっても、そうした行為はしない。

 いや、その気にならない――と言った方が正しいかな?

 サシャは十分に魅力的だと思うよ。

 だけど気の毒だが、今の私にそうした欲望は起きないんだ」

「そう……なのか」


 サシャは寂し気につぶやき、再び布の中に潜って私の胸に顔を押し当てた。

 冷たい指先が胸を撫でさすり、彼女は私の乳首に唇をつけ、舌の先でちろちろと弄んだ。

 しばらくその状態が続いた後、サシャはいきなり顔を上げ、私の首にかじりついた。

 私の耳朶じだに、吐息と一緒に彼女のささやきが届く。


「……アデルの乳首が固くなった」

「くすぐったかったからね。生理的な反応じゃないかな」


「なるほど……繁殖期でなくても、身体はちゃんと反応するということだな」

 彼女は妙に納得したようだった。


「身の上話をしたから今さらだと思うが、私はそれなりに男を知っている。

 黙って股を開いて身を任せるのは、どうも私の性分に合わないらしくてな。

 私は自分が気持ちよくなりたいし、好きな男にも同じ思いをして欲しいと思う方だ。

 だから、男を悦ばせる手管も、いろいろと心得ている」


 彼女はそう言って私の唇を吸うと、かぶっていた布を撥ね上げた。

 そして、私の上でくるりと身体を反転させた。


      *       *


「……まぁ、そんなわけで、伯父上はサシャ・オブライエンに篭絡された。

 要するに、その夜二人は身体の関係を持ったわけだ」

 アッシュはそう言って手記を閉じ、小さく溜息をついた。


「いやいやいや、ちょっとアッシュ! 普通そこで止める?」

 ユニがテーブルをどん! と叩いて抗議する。


「そうです! せっかくここまで朗読してきたんですよ。

 ここからが肝心ではありませんか?」

 シルヴィアも同調した。


「私たちは、ありのままの真実を知るべきだと思います!」

 エイナもきっぱりと言い切った。


 アッシュの溜息が、さっきよりも大きくなった。

「さっき言っただろう。伯父上は露悪趣味があると。

 確かに、この先には二人がどんなことをしたか、事細かに綴られている。

 それはもう、微に入り細に入り、必要以上に熱のこもった描写だ。

 はっきり言って、声に出してこれを読めというのは、拷問のようなものだ。

 恐らく伯父上は、私が最初にこの手記を読むだろうと予想していたのだろうな」


 彼女はグラスに残っていたケルトニア酒を手に取ると、一気にあおった。

 そして、ごつんと音を立ててテーブルに頭を打ちつけ、うめき声を漏らした。


「あのエロ中年! 絶対わざとだ!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] すみません、言葉足らずでした。私が知りたかったのはユニが理由を聞いたとき >なぜ、人間が種族の違うオークの子を孕むことができるのか、その理由を考えてみたまえ。そして、その先にある真実…
[気になる点] 幻獣召喚士2で元エルフ王が帝国に協力する理由に意味深なヒント教えておいて実際はこんなオチですか…
[良い点] あれ?続きはノクターンとかじゃないんですか!?
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