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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第四章 魔法王の森
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五十 遺跡

 アッシュの祖母が淹れてくれたお茶は、人間世界で普通に飲まれているもの(紅茶)とは違っていた。

 どうやら乾燥させた何種類かの香草ハーブをブレンドしたものらしい。

 実際に口にしてみると、ほんのりとした酸味と、ハッカのような清涼感が広がり、なかなかに美味しいものだった。


 エイナは熱いお茶を飲んで、〝ほうっ〟と息を吐いて気持ちを落ち着ける。

 かちゃりと小さな音を立てて、皿の上にカップを戻すと、じっとエイナの顔を覗き込んでいる、二人のエルフと目が合ってしまう。

 期待に満ちてきらきらと輝いている二人の視線が、エイナの罪悪感を刺激する。


「えと、あの、確かアッシュ様の本名は、人間の言葉で〝龍の灰〟だそうですが、エルフ語では別の意味があると聞いたことがあります」

 エルフたちは肯定の意味で小さくうなずく。

 エイナは窮地を脱するために、とにかく話を続けなければならない。


「あなた方エルフのお名前には、特別な意味が込められているということですか?」

「もちろんだ」

 祖父の答えは短かった。それはそうだろう、人間の名前にだって何らかの由来があるのだ。

 エイナは我ながら馬鹿なことを聞いたと反省しながら、話題を広げた。


「では、ウィロー様の本名は、どのような意味なのでしょうか?」

「私たちの娘の? そうねぇ、直訳すると〝新緑の柳〟になるのかしら。

 でも、エルフ語では〝美しい娘〟という意味なのよ。あのにぴったりの名でしょう?」


『やはりそうだろうな』

 エイナは内心で納得した。

 ユニはエルフに名付けする時、エルフ語の直訳にちなんだ名を選んでいたのだ。

 〝龍の灰〟も直訳で、エルフ語の意味では〝すべてを癒す者〟だとユニに教えてもらっていた。

 人間世界でも〝真名まな〟と言って、それを知られると支配されたり、呪いを受けると信じ、普段は通り名を使っている種族が案外多い。

 ユニはそうした配慮で、意訳にちなんだ名を避けたのだろう。


 エイナはユニのやり方を真似しようと考えた。

「それでは、人間の言葉に訳したお二人の名を教えていただけますか?

 そこから呼び名を考えてみます」

「まぁ、それは楽しみね。

 あたしの名前は、人間の言葉に直訳すると〝しなやかなつた〟になるわね。

 意味としては〝揺るがない絆〟になるわ。

 この人は〝静かな谷〟よ。意味はそうね……〝深い知性〟になるのかしら? ちょっとイメージと違うでしょ?」


「いやお前、それはないだろう。私の名を説明するならば、〝冷静沈着な判断〟と言って欲しいな。

 大体、イメージが違うとはどういうことだ?」

「あら、それじゃ人間の方に分かりづらいじゃない」

 二人がたわいもない口喧嘩をしている間に、エイナはそれらしい名前をひねくり出すことに成功していた。


「えと、あの……お名前が決まりました!」

 エイナが思い切って声をかけると、二人はぴたりと口をつぐみ、同時に振り返った。


「まぁ、どんな名前かしら?」

「もったいぶらずに教えたまえ」


「ご主人は〝グレン〟と呼ばせてください。これは私たちの古い民族の言葉で、谷を意味する名前です。

 奥様の方は〝アイヴィ〟でどうでしょう。つたを表す、女性につける名前です。どちらも人間の名前として、違和感のないものです」


 二人は自分に与えられた名前を何度かつぶやいていたが、それぞれ気に入ったようだった。

「うむ、なかなかによい名だと思う。感謝しよう」

「これで次に人間の方に会った時、自己紹介がしやすくなるわ。ありがとう!」


 エイナは肩の荷を下ろした気分だったが、同時にどっと疲れを感じていた。

 これでようやく、肝心の用件に入れるのだ。


      *       *


「私がお二方をお訪ねしたのは、先王ネクタリウス様のことを教えていただきたいと思ったからです」

「その、ネクタリウスというのは、我が息子のことだね?」

 グレンが確認するように訊ねた。

「はい。先王自らがそのように名乗ったとお聞きしております」


 エルフの夫妻は顔を見合わせた。

「あらぁ……ちょっとセンスのない名前だわ」

「お前もそう思うか? 私も大げさ過ぎるように思うな」


「でしょう? あの子は昔からそういうところがあったから……」

「それはお前に似たからだろう」

「あら、あなた。そういうことをおっしゃるの?」


 エイナは慌てて割って入る。

「その辺は後でやっていただけませんか?

 私は先王が書き残した物の行方を追っているのですが、彼は秘密の地下室を築いたらしいのです。

 お二人に心当たりはありませんか?」


 アイヴィが首をかしげた。

「エルフが地下室を……何かの冗談かしら?」

「いえ、ウィロー様のお話では、ネクタリウス様が王に就任した前後に、しばしばドワーフが訪れていたと伺っています。

 私はそのドワーフを突き止め、先王のために地下室を造ったという証言を得ているのです。間違いはありません」


「まぁ、そうなの? そう言えば、確かによく若いドワーフが遊びに来ていたわね。

 でも、あのドワーフが森で穴を掘っているところなんて、一度も見なかったわよ。

 もしそんなことをすれば、絶対に一族の誰かに見られていたはずよ」

「いえ、そのドワーフは、結界外の山の地下からトンネルを掘り進めたのです。

 問題は、地下室に入るための入口がどこかです。

 先王は研究のため、たびたびそこに籠っていたはずなのです」


「そうは言ってもねぇ……。

 王に就任後は、この家を出てしまったから、あたしたちは気づかなかったわね」

「やはり、森の中央の方でお暮しになっていたのですか?」


「いいえ。王の棲家は別に決められていないのよ。

 歴代の王は、自分の出身部族の近くに居を構えることが多いの。あの子もそうだったわ。

 村からは離れていたけど、執務を取っていた家は、青森の範囲内だったわよ。

 ちょっと変わった子だったから、小さなころから一人で本を読んでいることが多かったの。

 そんな時に、決まって登るお気に入りの木があってね。そこに執務室を構えたのよ」

「そう言えば、ウィロ-様もそんなことをおっしゃっていました。

 そこは山に近い場所ですか?」


「ええ。青森自体が山際の森だから、当然そうなるわね」

「その執務室は、今でもあるのでしょうか?」


「まさか。もう何十年も昔の話ですもの。

 王の書庫もそこに建てられていたんだけど、一緒に取り壊されてしまったわ」

「では、その場所に案内してもらえませんでしょうか?」


 ドワーフが山の地中からトンネルを掘ったとすれば、地下室は山際のどこかという可能性が高い。

 王の執務室なら何かと人目があっただろうが、一方で隙を見て抜け出すには都合がよいはずだ。確認しておくべきだろう。


      *       *


 アイヴィに案内された場所は、ロキの足で村から二十分ほどかかったから、十キロ余り離れている計算になる。

 思ったとおり、青森族の村よりもだいぶ山際の、森の外れであった。


「ほら、この木よ」

 彼女は親切に指さしてくれたが、その必要がないくらいに、それはひときわ目立つ巨木であった。

 冬なので葉はすっかり落ちていて、樹種がよく分からなかったが、アイヴィがケヤキだと教えてくれた。

 彼女が少女の頃に生えてきた木だと言っていたから、もう樹齢は千五百年を超していることになる(エルフは自分たちの森の木、一本ずつの経歴をそらんじていた)。


「王の執務室は、あの二又の大きな枝にあってね。そこで寝泊まりもしていたわ。

 あの子が一人で本を読んでいたのは、もっとずっと高い枝の上だったわ。

 だから、葉が繁っている時には、全然姿が見えなかったのよ」


 エイナはケヤキの巨木を見上げていた。

 ケヤキは大きくなるものだが、それにしても群を抜いて立派な木だった。

 高さは五十メートル近くある。


 この木の周囲は、ちょっとした広場になっていた。

 アイヴィの説明では、これもネクタリウスが王になってから整備されたものだそうだ。

 ちょっとした行事や、十二部族の族長を集めた会議を行う必要があって、刈り広げられたのだという。


「そこに王の書庫があったの。今はもう下草が生えそろって、跡が分からなくなっているわね。

 アッシュちゃんが王を継ぐ旅から戻ってきて、行方不明だった先王がもう帰ってこないことがはっきりしたの。

 それで、彼の蔵書は各部族に平等に引き取られてね、書庫は解体されたってわけ。

 結構大きな建物だったのよ」


 アイヴィの説明を聞きながら、エイナはケヤキの周囲を見て回ったが、地下室の入口らしいものは見当たらなかった。

 このケヤキの上まで登れば、それらしい入口が見つかるかもしれない。

 エイナはそんなことも考えたが、自分が登ろうとは夢にも思わなかった。

 だが、空を飛べるようになったカー君とシルヴィアに頼めば、上空からの偵察が可能だろう。

 ここはいったん宿泊所に戻り、態勢を立て直したほうがいいかもしれない。


 彼女は考えを巡らせながら、巨大な木の幹に手を当てていた。すべすべとした幹から、ひんやりとした感触が伝わってくる。

「本当に立派な木ですね。何か名前が付いているのですか?」

 エイナが何気なしに訊ねると、アイヴィがすぐに教えてくれた。


「ええ、あたしたちは〝古墳のケヤキ〟と呼んでいるわ」

「古墳……ですか?」


「そう。この少し先に古墳があるの。

 あたしたちエルフが住み着く前からあったものだから、造ったのは人間ね。相当に古いものだと思うわ。

 そんなに大きなものじゃないけど、せっかくだから見ていきましょうか」


 エイナとしては特に断る理由はないし、遺跡と地下室は相性がよさそうな気もする。

「お願いします」


 アイヴィはケヤキの木を通り越し、広場の奥の茂みの中へと進んでいった。

 エイナもその後を付いていったが、ロキの姿が見えないのが気になった。

 茂みの中には細い道がついており、ある程度の人の行き来があるらしい。


 三十メートルほど進むと、二人は小さな広場に抜け出した。

 その中央に、奇妙な石造遺跡が建っていた。

 全体が長方形で、幅三メートル、奥行きは四メートルほどあった。

 石は大小さまざまだが、大きなものは二メートル近いものもあり、それらが隙間なく組み合わされている。


 その遺跡の周囲の地面を、ロキが盛んに臭いを嗅ぎまわっていた。自分ひとりでこの場所を見つけたようだ。

 エイナたちが近づいても、ちらりと視線を送っただけで、頭を上げもしなかった。

 エイナは遺跡をぐるりと一周してみたが、入口らしいものは見当たらない。


「恐らく、古代にこの一帯を支配していた有力者の墓なのでしょうね。

 ろくな道具もなく、魔法も使えなかった昔の人間が、こんなに大きくて重い石を山から切り出し、運搬して組み上げたのよ。

 それを考えると、ちょっと凄いと思わない?」

 遺跡を見つめるアィヴィの目は優しかった。


「あたしたちエルフがこの遺跡を見つけた時は、地面に帽子を被せたような、半球状の土饅頭だったそうよ。

 その土を取り除いてみたら、この石室が出てきたってわけね」

「石室ということは、この中に部屋があるのですか?」


「そうね。内部の空間には、石棺が納められているわ」

「中を調べたのですか?」


「ええ。遺跡を発見してから、だいぶ経ってからのことだけど、まだあたしが生まれる前の話ね。

 当時のエルフ王が、寂寥山脈のドワーフたちに頼んで石を動かし、中を調べたの。

 ちゃんとその時の調査報告書も残っているわよ。

 内部の保存状態はよくて、盗掘にも遭っていなかったわ。

 報告書によれば、ボロボロになった革鎧とか、青銅の武器、あとは素焼きの土偶といった副葬品が、たくさん並べられていたそうよ。

 翡翠ひすい瑪瑙めのう製の装飾品もあったけど、素朴なもので宝石としての価値は皆無だったみたいね」

「もしかして、その石室を先王が研究室として利用した可能性は?」


 一縷いちるの希望をもっての問いだったが、アイヴィは首を横に振った。

「それには狭すぎるわ。

 それに、あたしたちも先王の著作を探していたから、さっき説明した書庫を解体した時に、一応この中も確認したのよ。

 でも、最初に調査した時から、内部には何ひとつ変化がなかったわ」


「ですよね……」

 エイナは肩を落とした。

 確かに、採掘工房長が遺跡を改造したとすれば、あまりに目立ち過ぎるだろう。

 エルフたちが調べるのは当然である。


「分かりました。ありがとうございます」

「気が済んだかしら?

 いずれにしろ、先王が失踪してからも、この周辺はきちんと管理が続けられているわ。

 もし、それらしい地下室があったとしたら、絶対に見つかっているわよ」


「そうですね。では、戻りましょうか。

 ロキ、行くわよ」


 エイナはロキに声をかけた。

 遺跡の陰から白い尻尾が覗いていて、その尻尾がばたばた振られている。

 エイナの声は届いているはずなのに、ロキは出てこなかった。


「何をしているのかしら、あの子。ウサギの穴でも見つけたのかな?」

 エイナはぶつぶつ言いながら、遺跡の裏に回った。


 彼女が目にしたのは、かなり悲惨な光景だった。

 エイナの足音で顔を上げたロキは、顔から胸、そして前脚まで、白い毛並みが泥で真っ黒に汚れていた。

 そればかりか、彼の周囲の下草は、土ごとすっかり掘り起こされていたのだ。


「ちょっとロキ!

 あんたたちが穴掘り好きだってのは知ってるけど、場所が悪いわ。

 ここは神聖な遺跡なのよ。それを台無しにしちゃって……エルフたちにお仕置きされちゃうわよ!」

 思わず声が大きくなるエイナだったが、ロキはまったく悪びれることなく、舌を出してハッハッと息を吐き、尻尾をばたばた振り回している。


 エイナは溜め息をつきながら、ロキを連れ戻そうと近づいていった。

 オオカミの足もとは、すっかり土が掻き出され、石畳が剥き出しになっていた。

 恐らく遺跡の周囲は、こうした石で舗装されているのだろう。


 彼女は馴れた動作でロキの背中に飛び乗ろうとした。

 だが、ロキはそれを拒否した。

 いつもならじっとしているのに、エイナが跨れないように身体を避けたのだ。

 さらにロキは鼻先を石畳につけては顔を上げ、エイナに何かを訴えかけてきた。


「何を言いたいのかしら?」

 さすがにエイナも不審に思った。

 その場にしゃがみ込んで手を伸ばし、ロキの大きな顔を押しのける。


 掘り返されていた石畳は、かなり大きな一枚岩だった。

 その表面は多少の凹凸はあるものの、まずまずきれいな平面に加工されている。

 ただ、ロキが盛んに嗅いでいたあたりに、不自然な突起が付いていたのだ。

 それほど大きなものではないが、高さは二十センチほどもある。

 恐らく、土と草に埋もれていた状態でも、七~八センチは地面から顔を出していただろう。


 エイナはその先端を握ってみた。

 ちょうど掌にすっぽり収まるような感じで、握り心地が妙によい。先端はすべすべしていて、まるで誰かが何度も握っていたような感じがする。


 胸がざわざわして、耳に〝どくん〟という脈動の音が聞こえてきた。

 もし、この突起が地面から出ていたとしても、石が転がっているようにしか見えないはずだ。

 だが、こうして土や草を取り除いてしまうと、恐ろしく不自然な代物に一変する。

 石畳自体は古代遺跡の一部に違いないが、この突起だけが後付けされたように見える。


 エイナは先端を握った手に力を入れ、ゆっくりと動かしてみた。

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