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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第四章 魔法王の森
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三十六 作戦

「貴様、我が武器工房の最高技術を呪いと抜かすか!」

 グリンが破れ鐘のような声で怒鳴った。


「あくまで一面では、という話です」

 鼓膜がびりつくような大声にも、エイナはあくまで冷静だった。


「私たち人間が使う魔法も、元はエルフが伝えたものだと習いました。

 初めて魔法を目にした当時の人間は驚き畏れ、それを神の奇跡、祝福だとして敬ったそうです。

 その魔法は各地に広まり、大陸北部ではそのまま魔法として、私の国では召喚術に特化し、中南部では呪術、すなわち〝呪い〟の黒魔術として発展しています。

 ですが、その源は同じエルフの魔法なのです。

 ですからドワーフに伝えられた魔法が、呪いとしての側面を持っていたとしても不思議はないと思います」

「しかしだ。未だかつて、魔法武器が勝手に魔力を吸収するなど起きたことがないぞ?」


「それは私が人間で、なおかつ魔導士だからではないでしょうか?

 エルフはこの呪文に、安全対策として幾重にも制御構文を組み込んだと思うのですが、それはあくまでドワーフを対象としたものだと思われます。

 人間がこの武器を手にとっても、たいていの場合はわずかな魔法量しか持たないために、武器側が無視しているのか、あるいは魔力を吸いつくされた人間側が気づかないかで、特に問題は起きないのでしょう。

 たまたま私という、保有魔力量が大きい人間が触れたために、魔力に飢えていた武器が補充しようと働いたと見るべきです」


「お前の言い方は、まるで武器が意志を持っているかのようだぞ?」

「実際そうだと思います。武器が使用者の耐久力を判断して、それに併せた威力の魔法を発動するのですよ?

 この呪文はある意味、武器に人工的な知能を与えているようなものです。

 武器は攻撃時に魔法を発動させるという、自分の役目――存在意義を失うことを恐れて魔力の補給を求めますが、好き勝手にそれを許しては、まさに呪いの武器となってしまいます。

 ですから、エルフはドワーフの魔力を奪わないよう、呪文でそれを縛っているのでしょう。

 武器に魔力を封入するには、特別な呪文が必要なのですよね?」


「そうだ」

「その呪文の内容は理解しているのですか?」


「……いや」

「エルフ語だからですか?」


「そうだ。エルフ語の発音は恐ろしく難しい。あれらの言葉は、ひとつの音が三重和音で構成されているからだ。それを真似るだけで何年もの修業が必要だ。

 とても意味までは習得できん」

「もちろん私もエルフ語は分かりませんが、想像はつきます。

 その呪文、封じた呪いの限定解除だと思いますよ。

 皆さんは呪文によって、自分の魔力を武器に流し込んでいると思っているのでしょうが、現実には〝武器に魔力を吸わせている〟と言った方が正しいと思います」


「むう……」

 グリンは黙り込んだ。

 エイナの推論は、彼が抱えていた長年の疑問と符合することが多過ぎた。

 武器工房長としてのプライドは打ち砕かれたが、反面すっきりとしたことも事実であった。

 しばしの沈黙の後、彼はエイナに訊ねた。


「だが、なぜエルフたちはそんな面倒なことをするのだ?」

「簡単な話です。自分たちのためです」


「エルフの?」

「はい。エルフはドワーフのように、優れた鍛冶技術を持っていません。

 切れ味と耐久力に優れ、魔法の負荷に耐えうるような武器を造り、複雑な呪文を彫金する技術は、ノームの加護を受けたドワーフにしか成し得ない技です。

 エルフはドワーフに武器を作らせ、それを手に入れようとしたのでしょう。

 あなた方の安全に配慮しているのは、魔法具を造らせる対価のようなものだと思います」


「魔法武器が、ドワーフ以外の種族に呪いを発動させるのなら、それはエルフにとっても危険なのではないか?」

「彼らにとって、脅威にはならないのでしょうね。

 エルフの魔力は圧倒的です。魔法具を支配することなど容易いはずです」


「……理屈は通っているな」

 グインは顎髭をしごきながら、隣に座る徒弟長に目くばせをした。

 デュインは黙って席を立ち、事務室から出て行った。


「武器に魔力が戻っていた件については納得した。

 後でゆっくり検証をすれば、その推論の真偽は明らかになるだろう。

 だが、今はそんな議論をしている場合ではない。

 これ以上、戦士団に犠牲を出さないためにも、魔龍を倒す建設的な意見が必要だ。

 それで、お前たちが戦士団の戦いを見て、考えたこととは何だ?」


 エイナは思わず微笑んだ。

 さすがはドワーフ族の幹部である。思考は柔軟で、優先事項が何かをよくわきまえている。


「私は魔導士で、特に氷系の攻撃呪文を得意としています。

 ですから、私の魔法を使えば、少なくとも魔龍の動きを止められると思います」


「倒せるわけではないのか?」

「残念ながら。

 あの巨体を倒すには、硬い外殻を貫いて、体内で氷結魔法を発動するしかないでしょう。

 そのためには、やはりドワーフの魔法武器が必要です」


お前(エイナ)が氷結武器を振るうというのか?」

「いいえ」

 エイナは首を横に振った。


「私ではあの分厚い外皮を突き抜くほどの膂力がありませんし、至近距離で炸裂する魔法に耐えうる肉体も持っていません。

 その役は、戦士団長のオーレン殿にやってもらうことになるでしょう」

「確かに、氷結の戦斧は魔龍の鱗を破壊して、奴の肉を傷つけることができた。

 それは首や足といった、比較的防御が手薄な部分だったからだが、それでも深手は負わせることができなかった。

 連続した魔法攻撃を撃ち込むのは、いかに頑健な戦士団長でも無理な話だ。

 それは、実際に戦いを見たお前たちも知っているだろう?」


「はい。だから今日のお話を聞いて、希望が出てきました。

 まず第一に私の魔法で先制し、魔龍の動きを止め、火炎攻撃を防ぎます。

 相手が動けない間に、戦士団長には魔龍の外殻を真上から攻撃していただきます。

 その際、オーレン殿と私は、対冷防御に特化した魔法防具を着用している必要があります。

 氷結の戦斧が存在するということは、防具工房はそれに対抗する鎧や兜を開発しているのではないですか?」


「うむ、確かにある。数は少ないだろうが、鎧二領程度だったら用意できるだろう。

 それを着用しておれば、戦士団長は連続攻撃の反動にも耐えられるという算段だな?」

「そのとおりですが、それだけでは確実に倒せるのか、未知数です。

 そこで私も魔法防具を着て、至近距離から戦士団長の攻撃に参加します。

 私の魔法とドワーフの魔法武器の多重攻撃なら、魔龍の外殻も突破できるのではないでしょうか」


「無茶苦茶なことを考えやがるな……だがその作戦、気に入った!

 俺たちは背が低い。どうやって魔龍の上から攻撃する気だ?」


「それは、あたしのオオカミたちに任せてちょうだい」

 ユニが横から口を出した。


「うちの連中が戦士団長とエイナを運んでやるわ。

 あの魔龍の体型は扁平だから、わき腹よりも背中から穴をあけた方が、内臓に届きやすいもの。

 そうなると、戦斧だけでは不足だわ。長剣……いえ、槍の魔法武器が欲しいところね」


「お前たち、まるで見透かしているようだが、偶然なんだろうな?」

 グリンの呆れたような言葉と同時に、デュリンが戻ってきた。

 その手には、三メートルほどの長さの槍が握られていた。


「オーレンの野郎があんまり無茶をやるんでな、少しでも距離を取って反動を弱めるよう、完成を急いでいた氷槍だ。

 こいつなら、魔龍の腹の中まで届くだろう?」


 エイナはその槍を手に取ってみた。

「当然だが、そいつには一昼夜かけて、限界まで魔力を封じてある。

 それでも、お前の言う〝呪い〟を感じるか?」


 グリンの探るような視線に、エイナは小さくうなずいた。

「はい。なおも貪欲に魔力を吸収しようとしています」

「平気なのか?」


「私も魔導士です。魔力の制御はまっ先に習う基本中の基本。

 吸われると分かっているのですから、手に流れる魔力を遮断すれば問題ありません」

「よし! ならば、これからオーレンの元に行くぞ。わしが一緒の方が話が早いだろう。

 明日こそは、あの忌々しい魔龍を、地の奥底へと葬り去ってやろうぞ!」


      *       *


 隧道につながる前線基地に、人影はまばらだった。

 グリンとエイナたちは、ここに向かう途中で防具工房のエリアにも寄っていた。


 防具工房長のギムリンは、一時期グリンの元で修業をしていたことがあり、二人は同じ工房長という身分でありながら、よい師弟関係を築いていた。


 武器工房を訪ねたのは、戦士団に対冷防具を納品しているかの確認だった。

「ああ、ずいぶんと前に一領納めた記憶があるな。

 二領必要? ならば、今日のうちに届けさせよう。

 もっとも、うちの在庫もそれで全部だ。グリンの親方も知ってのとおり、冷気系の呪文は難しい上に、ほとんど需要がないから、あまり造っていないんだよ」


 一行はギムリンに礼を言って、工房の事務室を出た。

 その際に、防具工房長はユニを呼び止めた。


「うちの工房も、このところ不眠不休状態だ。

 あのケルトニア酒は、徒弟の皆が喜んでいた。あんたには感謝しているよ。

 また持ってきてもらいところだが、……難しいのだろうな」


 ユニは少し寂しそうな笑みを浮かべた。

「そうね。あたしもいい歳だもの、仕方ないわ。

 でも、もう一度くらいは顔を見に来るかもしれないわよ?」

「そうか……楽しみにしている」

 二人は〝ぱん〟と軽く手を打ち合わせ、何事もなかったように別れた。


 前線基地に人気がなかったのは、この日二回目の迎撃のため、戦士団が出払っていたためである。

 基地に残っていたのは、後詰に当たるわずかな戦士と、医療関係や事務方のドワーフばかりであった。

 グリンたちは司令部の建物に迎えられ、そこで戦士団の帰りを待つこととなった。


 長テーブルに並んだ簡素な椅子に腰をかけると、五人の前には当たり前に木製ジョッキが並べられる。

 中身はもちろんドワーフ製のエールである。

 グリンとユニは、まったく躊躇せずにそれを飲み干した。

 武器工房からここまで一時間以上歩いてきたから、ちょうど喉が渇いていたのだ。

 エイナとシルヴィアは、ほんの少しだけ口に含んでみたが、あまりの苦さに思わず顔をしかめてしまった。


      *       *


 グリンとユニが三杯目のエールを空にしたころ、いきなり司令部の中が慌ただしくなった

 戦士団が戻ってきたのだ。

 足を引きずり、三々五々に引き揚げてきた戦士たちの表情は冴えず、疲れ切っていた。

 怪我人たちは救護所へ向かい、それ以外の者たちは割り当てられた宿舎へと散っていく。


 司令部の扉が乱暴に開けられ、オーレンを先頭に隊長クラスのドワーフたちが、どかどかと入ってきた。

 戦士団長はグリンを見ると、厳しい表情をわずかに緩めた。

「おう、これは武器工房長殿! わざわざの陣中見舞いとは痛み入るが、そちらも忙しいはず。どうかなされたか?」


 破顔するオーレンに対し、グリンは険しい目つきで迎えた。

「まず、これを渡しに来た。

 待たせて済まなかったが、氷結魔法を封じた槍だ」

「おお、できたのか!

 戦斧の方の魔力が、そろそろ心もとなくなってきてな、実に助かる。

 どれ、見せてくれ」


 槍に手を伸ばしたオーレンの腕を、グリンがむんずと掴んで引き寄せた。

「ちょっと腕を見せてみろ!」

 グリンは怖い顔でそう言うと、無理やりに腕の籠手こてを外す。


「!」

 エイナとシルヴィアは声にならない叫びを発し、思わず口を手で覆った。


 籠手を取られた団長の太い腕は、指先から肘の辺りまで、血腫でぶよぶよに膨れ上がっていたのだ。

「思ったとおり、酷い凍傷を起こしている。

 オーレン、戦斧を振るうのは一度きりにしておけと言ったはずだぞ!

 何だ、このざまは?」


「こんなもの、血を抜いて薬を塗っておけば、じきに治るわ!」

 オーレンは強引に腕を振り払う。

 血豆が破れ、テーブルの上にまで血が飛び散った。

 エイナの目の前に置かれたジョッキの中にも入ってしまった。


「武器工房長が自ら武器を届けに来て、ついでに小言を言って帰るつもりか。

 この人間たちを連れてきたということは、何か話があるのだろう?」

 戦士団長がどかりと椅子に座った。


 むっとする汗と、据えたような体臭が鼻腔をくすぐる。

 三人の隊長らしきドワーフも並んで席に座った。


「まぁな……その話の前に、戦いはどうだったんだ?」


 探るようなグリンの目に、オーレンはにやりと笑う。

「いつもどおりだが、魔龍の引き揚げは早かったな。

 午前中に一人喰いやがったから、それほど腹が減っていないのだろうよ」


「そうか。俺の話は作戦の提案だ。

 簡単に言えば、ここにいる人間たちとの共同戦線を組む。

 端に座っているエイナは魔導士で、しかも氷結魔法が使える。

 俺が造る魔法武器の弱点は、近接戦闘でしか使えないことだが、この娘なら中距離からの魔法攻撃が可能だ。

 それだけでも作戦の幅は広がる。悪い話ではないと思うぞ」

「……魔龍の件は、俺たちドワーフの責任ではなかったか?」


「時と場合によるだろう。

 〝立っている者は親でも使え〟と言うだろう?

 それとも、明日も魔龍に餌を差し出すつもりか!」


 ぎりり! 戦士団長の歯ぎしりの音が響いた。


「話を……聞こうではないか」

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