表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導士物語  作者: 湖南 恵
第四章 魔法王の森
129/359

三十五 魔法具

 ユニたちは昼食を済ませ、ズリンの先導で武器工房へと向かった。

 道すがらズリンにいろいろ訊ねてみたが、彼は工房長の用件については、よく知らないようだった。


 工房エリアの広い空洞に入ると、彼は女たちを事務室の建物へと案内した。

 分厚い扉を開くと、部屋の中央のテーブルには、すでに工房長のグリンと徒弟長のデュリンが席についていた。

 そして、テーブルの上には、一振りの剣が置かれている。


 ズリンは入口で「ご案内しました」と言ってぴょこんと頭を下げ、そのまま外に出ていった。

 残された三人は、何となく気まずい思いで顔を見合わせ、テーブル席に腰をおろした。


「何かあたしたちに用があるそうだけど?」

 ユニがじっとグリンの目を見ながら、そう口火を切った。

「ああ、お前(ユニ)にと言うよりは、そっちの二人の方に確かめたいことがあってな」


「エイナとシルヴィアに?」

「そうだ」


 グインは顎髭を引っ張りながらそう答え、卓上の剣を二人の前へ押しやった。

「お前たち、この剣に見覚えがあるな?」


 二人はゆっくりとうなずく。目の前に置かれた剣は、一昨日に試し斬りをさせてもらった時に使ったブロードソードである。


「答えろ。この剣に何をした?」

 グリンもデュリンも、厳しい眼差しで二人を見詰めている。


「何と言われましても……先日、試し斬りをさせていただいただけです。

 徒弟長さんからも許可をもらいましたし、何も咎められるようなことはしていません」

 シルヴィアがきっぱりと言い切った。


 腰を浮かしかけた工房長の腕を、デュリンが素早く押さえる。

 徒弟長は『自分が話します』と言うように首を横に振り、エイナたちの方に向き直った。

 そして厳しかった表情を少し緩め、落ち着いた口調で説明を始める。


「試し斬りのことなら、何も問題はないし、咎めるつもりもない。

 実を言うとな、あんたらが帰った後、ズリンの奴がこの剣を持って俺のところにやってきたんだ。

 どうかしたのかと訊ねると、奴は剣の様子がおかしいと言う。

 俺はわけが分からず、差し出された剣を受け取ったんだが、柄を握った瞬間、ズリンの言っている意味が分かった」


 徒弟長はいったん言葉を切り、エイナたちの表情を窺った。

 しかし、二人は何を言われているのか理解できず、困惑した表情を浮かべたままだった。


「ふむ、やはり身に覚えはなさそうだな。

 この剣は戦士団から修理に回されてきたものだ――ということは知っているな?」

 エイナたちは同時にうなずく。


「修理と言っても、研ぎ直しではない。確かに多少の刃こぼれはあるが、まだまだ十分に使えるレベルだからな。

 問題は剣に封じ込められた魔力の枯渇だ。

 こいつはあと四、五回も使えば、蓄えた魔力を使い切ってしまう。戦士団は武器や防具に命を預けているから、その見立ては正確だ。

 あんたたちが試し斬りに使ったから、魔力は空に近くなっているはずだった」


「だが、俺が手に取った時、剣から感じる魔力は、満杯に近いものだった。

 武器に呪文を刻み、魔力を封じる技を、武器工房で持っているのは俺と工房長だけだ。

 どちらも高度な技術で、危険も大きい。魔力の封入は時間をかけて慎重に行わないと、魔法が暴走して大事故を起こすからだ」


「それがどうだ。あんたらが試し斬りをしたわずかな時間で、この剣は魔力を取り戻していた。

 何をした? そう訊きたくなるは道理だろう?」


 徒弟長の説明が終わっても、やはり二人には答えようがなかった。

 彼女たちは顔を見合わせた。

 二人の様子を見ていたグリンが、おもむろに口を開く。


「まぁ、いきなり訊かれても困るか……。

 ちょうどよい。わしらドワーフと魔力の関係を、はじめから説明してやろう。

 話を聞けば、何か思い当たることがあるかもしれん。

 少し長い話になるが、いいか?」


「それは願ったりね。あたしたちも魔龍との戦いを見て、思うところがあったのよ。

 特にこの――魔導士のエイナは、ドワーフの武器と魔法の関係を、もっと詳しく知りたがっているみたいなの。

 あんたたちの話が長いのは、知っているから気にしなくていいわ」


「そうか、戦士団の戦いを見学したのであったな。それで、どうだった?」

 ユニは肩をすくめてみせた。

「目の前でドワーフが一人、喰われたわ。

 あんたたち自慢の魔法武器も、ほとんどが役立たず。あれじゃ、戦士団が気の毒よ」


 腕組みをして毒づくユニの前に、若いドワーフが茶を運んできた。

「こういう時は、強い焼酎でも飲みたい気分だわ」

 彼女は冗談のつもりだったが、給仕のドワーフは「それもそうだな」と言って彼女のカップを下げた。


 そして、すぐに戸棚から大きな素焼きの壺とグラスを持ってきて、どぼどぼと注ぎはじめた。

 甘ったるい穀物の香りと、アルコールの刺激臭がたちこめ、エイナとシルヴィアは思わず顔をしかめた。


 酒を注ごうとするドワーフに、彼女たちは慌てて断ったが、工房長と徒弟長は当然という顔をして、きつい焼酎を手に取り、半分ほどを一気にあおった。

 ドワーフにとって酒は茶のようなもので、仕事中であろうと気にせずに呑むのである。


「さてと……わしらドワーフは、種族として魔法的な体質を持っておる。

 無論、エルフには遠く及ばないが、人間とは段違いの魔力量を、誰もが保持しているのだ。

 だが、ドワーフの魔法使いなど、聞いたことがないだろう?

 わしらは膨大な魔力を持ってはいるが、ごく限られた魔法しか行使できんようになっておる」


「何かの制限がかかっているということですか?」

 エイナが口を挟んだ。彼女は魔導士だけに、こうした話には強い興味を示す。目が真剣だった。


「そうだ。聞いたことがあるだろうが、地霊ノームの祝福というのがそれだ。

 わしらが誰でも使える魔法と言えば、小さな火を起こしたり、暗闇で明かりを灯すといった、人間でも初級とされる簡単な生活魔法に限られる。

 中級以上の魔法は、鍛錬を重ねた一部の者しか使えんが、それもすべてわしらの仕事に関係するものばかりだ。

 採掘の時に役に立つ、地盤を緩めたり、重力を操作して巨石を動かしたりする魔法、それから武器や防具といった道具に、魔力を封じ込める魔法もその一つだな」


「えと、あの……そんな制限があるのでは、祝福と言えない気が……」

「そうでもないんだよ。

 ドワーフの種族特性はしっておろうな? わしらは人間よりも遥かに頑健な肉体と、強い筋力を持っている。疲れにくく持久力に富み、魔法や呪いにも高い耐性がある。

 それらの力の源は、わしらの高い基礎魔力にある。誰も意識していないが、日常的に魔力を消費して、肉体と精神を底上げしている。

 これこそがノームの祝福なのだ」


「それなら、剣に自らの魔力を封入する行為は、その優れた種族特性を危うくするのではありませんか?」

「ほう、よく気づいたな。誰でもができる技ではない、と言った意味が分かるだろう?」


 グインは笑みを浮かべてグラスに残った焼酎を飲み干した。

 若いドワーフがすかさず杯をなみなみと満たす。


「だから武器への魔力封入は慎重にならざるを得んし、封じる魔力にも限界がある。

 武器に刻まれた呪文に魔力が流れると、魔法が発動するわけだが、術式の中には制御構文リミッターが仕込まれていてな、一定量以上の魔力は消費しないようになっておる。

 そのお陰で、魔法武器は通常の使い方なら数年は使い続けられるし、魔力が乏しくなれば再封入できる。

 もっとも、これはドワーフが使った場合の話で、人間なら使用期限は数十倍に延びるだろうな」

「その違いは、発動する魔法の威力の違いですか?」


「そうだ。さっきも言ったように、ドワーフは頑健な身体と高い魔法抵抗力を持っている。だから、武器が強力な魔法を発動させても、その反動に耐えることができる。

 脆弱な人間が同じことをすれば、まず即死だな。

 だから人間が使った場合、消費する魔力は微々たるもの。簡単には無くならんのだ」


 エイナはハッとしたような表情を浮かべた。

「あの! 午前中の戦いで、戦士団長さんは氷結の戦斧を二度振るっただけで、別の武器に取り替えました。

 もしかして団長さんは、何か無理なことをしていたのではないでしょうか?」


 グリンは片方の眉を上げて目を剥いた。

「二度振るっただと? あの馬鹿!」

 彼は大声を上げ、グラスの焼酎を再び飲み干した。


「俺は奴に『使うなら一度切りだ』と念を押したんだがな……。

 いいか、魔法武器は使用者の肉体強度と魔法抵抗力を自動的に判断し、その制限の中で最大威力の魔法を出そうとするんだ。

 だが、あいつら戦士団は魔龍の吐く炎に対抗するため、呪文によって耐火力を高めた鎧兜を着用している。

 あの防具は炎や熱を完璧に遮断するが、その際に使用者が本来持っている防御能力を上書きしてしまう。それがどういうことか分かるか?」

「えと、あの……耐火能力に特化するあまり、耐冷防御力を失うってことですか?」


「嬢ちゃん、あんた頭がいいな。そのとおりだ。

 あの戦斧は使用者の能力を自動判定すると言ったが、その際に身に着けている防具のことは計算に入れないんだ。

 本来ならぎりぎり耐えきれる威力の魔法を発動させることが、防具のせいで仇となる。

 炎の防具はお約束って奴で冷気には滅法弱い。それを着用すれば、魔法の効果でドワーフ固有の対冷能力が上書きされ、ゼロ以下になってしまうんじゃ。

 その状態で、強力な冷却魔法を、しかも至近距離で発動させたらどうなる? 絶対に無事では済まんぞ。

 だからオーレンには、炎の防具を身につけたまま氷結の戦斧を使うなら、一度だけにしろと忠告していたんだが……あの馬鹿! 二度も使いやがったのか!」

「じゃあ、雷撃能力のある槍に替えたのは……」


「ああ。雷撃なら、炎の防具は干渉しないからな。

 あの野郎、二度も氷結魔法の反動をもろに受けて、よく死ななかったな。

 少なくとも、今ごろは全身の皮膚が凍傷を起こして、血豆と水腫でぶよぶよになっているだろうよ。

 戦士団の治癒魔法使いでは、ろくな手当もできんだろう」


「そうね、さすがは戦士団長、大した覚悟だわ」

 ユニがぼそりとつぶやいた。

「それでも、レグリンは魔龍に喰われたわ」


 グリンは三杯目の焼酎をあおり、彼女を睨みつけた。

「お前、何が言いたい……戦士団を馬鹿にする気か?」

「違うわ。オーレンは次の戦いで、氷結の斧を三度使おうとするってことよ。

 あんただって、薄々分かっているんじゃないの?」


「じゃあ、どうすればいい!」

 グリンはテーブルを力任せに叩き、空になったグラスがひっくり返った。


 ユニはそれを無視して、エイナに訊ねた。

「エイナ、ドワーフの魔法武器や防具の仕組みは分かったと思うけど、何か思い当たったことはある?」


 エイナは下を向いたまま、頭の中で考えを巡らせているように見えた。

 少し間を置いて、彼女はゆっくりと顔を上げた。

「何となくですが……分かってきました」


 エイナは武器工房長に顔を向けた。

「魔法武器に刻まれた呪文は、エルフ文字でしたよね?」


 唐突な質問に、グリンは少し面食らった。

「ああ、そうだ。それがどうかしたのか?」


「なぜドワーフの文字ではないのですか?」

「それは……」


 言葉に詰まったドワーフに、エイナは追い打ちをかける。

「武器や防具に魔法を付与する技術……それはドワーフのものではなく、エルフに教えられたのではありませんか?」


「ああ、まぁ……そのとおりだ。

 わしらはもともと、高度な魔法を持っておらんからな」


「もう一度訊きます。それなら、なぜエルフ文字なのでしょう?

 エルフが上辺の技術だけでなく、呪文の本質まですべて開示したのであれば、ドワーフ文字でも問題ないはずです」


 グリンはしばらく黙していたが、やがて肩を落として深い溜め息をついた。

「嬢ちゃんの言うとおりだ。

 わしらはエルフが教えてくれた呪文を刻むことはできるが、その内容についてはまったく理解しておらん。

 それは認めよう。

 わしらは武器や防具に魔法を付与し、魔力を封じ込める技術を手にした。

 そして、その魔法具は問題なく使われておる。それでよいではないか?」


「ドワーフが鍛えた魔法の武器や防具に、エルフたちはさらなる魔法を付与できるのですよね?」

「そうだ」


「確か、それを皆さんは〝祝福〟と呼んでいると?」

「回りくどい言い方はやめてくれないか! 一体、お前さんは何を言いたいんだ?」


 エイナは卓上に置かれた魔剣を手に取った。

 それを頭上に掲げ、確かめるように刀身に刻まれた呪文を下から見上げた。

 気のせいではなかった。複雑なエルフ文字が、青白い燐光を放っている。


「この剣……私の魔力を吸い取っています」


 グリンは椅子を飛ばして立ち上がった。

「ばっ……! んな馬鹿なことがあるか!

 魔力封入には特殊な呪文の詠唱と鍛錬が必要なんじゃ!

 人間の娘がおいそれと使える技では、断じてない!」


「私は何もしていません。この剣が、いいえ、この剣に刻まれた呪文がそれをしているのです。とても強い力だわ。

 私は試し斬りの前に、不意打ちで魔力をごっそりと抜かれて気を失いました。

 あの時は貧血だと思っていましたけど……。

 今だって、少しでも気を抜けば、根こそぎ魔力を持っていかれそう」

 彼女は剣をテーブルの上に戻すと、じっと自分の手を見た。

 掌が赤くなっている。毛細血管が破裂したのだろう。

 

「武器に魔法を封じる、確かに祝福かもしれません。

 でも、裏を返せばこれは……」


 少し考え込んだエイナは、適当な言葉を見つけ出した。

「そう、これは〝呪い〟そのものです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ