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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第四章 魔法王の森
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三十 魔龍

 ユニはもちろん、エイナもシルヴィアも、ドワーフの告白が何を意味しているのか、よく分からなかった。

 ただ、その場の重苦しい空気から、大変なことが起きているらしいということは理解できた。

 それでも、やはり説明は欲しい。

 エイナは思い切って片手を挙げた。


「えと、あの……つまり眠っていた怪物を、誤って目覚めさせたということですよね。

 よかったら、そこに至る経緯を、少しお話しいただけませんか?」


「もっともな話だな」

 ストーリンが長い顎髭をしごきながら、他の工房長たちの表情を窺った。

 誰も話を代わってくれそうもないのを確認し、彼は覚悟を決めたように息を吐き出した。


「わしらドワーフが、幻獣界からこの世界に迷い出たのは、およそ千二百年前のことだ。

 ご先祖たちは、始め大いにとまどったらしい。

 自分たちに何が起きたのかも理解していなかったから、それは当然じゃろう。

 だが、世界がどう変わろうが、わしらは生きていかねばならなかった」


「この世界の支配者は、人間だった。

 人間族はわしらの元の世界――幻獣界にもおったが、この世界の人間はそれよりもずっとひ弱だった。

 その代わりに、それなりの知恵を持っていて、国をつくり、文明を生み出していた。

 わしらドワーフは、生まれついての鍛冶職人だったから、食糧と引き換えに金属を加工した農具や生活用具を作ってやり、ある程度の製作技術も教えてやった」


「わしらは人間から大いに感謝され、良好な関係を築いていった。

 やがて人間たちは、わしらが教えた初歩的な冶金技術で金属を製錬し、必要な道具を作るようになった。

 彼らは手先も器用で、覚えもよかった。わしらもその進歩を喜んでいた」


「だが、やがて人間たちはその技術を使って、わしらが教えなかった武器を造りはじめた。

 狩猟、耕作、日常生活でも、刃物は必ず必要だったから、それは必然だった。

 わしらだって、敵と戦うために武器や防具を作る。

 人間がそれを作ったからといって、非難できる立場にはない」


「だが、人間たちは、その武器を使って仲間同士で殺し合いをするようになった。

 肌の色が違うから、話す言葉が違うから、信じる神が違うから……様々な理由をつけて、人間は戦争を起こすようになったのだ」


「わしらドワーフも武器を造るが、それは自衛のためだ。

 幻獣界には、わしらを捕食する敵もいれば、食糧や宝を奪おうとする敵もいた。

 そうした敵には、わしらも断固として戦う。

 だが、同じドワーフ同士で殺し合いなどしない。同族なら、話し合いで争いを解決すればよいからだ」


「人間たちは、わしらの忠告に耳を貸さず、飽くことなく戦争という名の殺し合いを続けた。

 時には、そうした戦争にドワーフが巻き込まれる事態すら起きた。

 そして、わしらの先祖たちは、とうとうこの世界の人間に愛想を尽かした。

 彼らとはたもとをわかち、自分たちだけで静かに暮らすことを選んだのだ。

 ドワーフがこの世界に来て、およそ二百年が経ったころの話じゃ」


「その頃には、ドワーフの人口もかなり増加していた。

 わしらはいくつかの部族に分かれ、それぞれに自分たちの安住の地を探した。

 ドワーフは鍛冶の民であり、山中に穴を穿うがって住み着くのが、本来の姿だった。

 わしらのご先祖は、その棲家をこの寂寥山脈に定めた。豊富な鉱物が埋まっており、わしらが住み、生活するのに十分な広さがあったからだ」


「以来千年、わしらはこの山中にドワーフの国をつくり、平和と繫栄を享受してきたのだ」


『ねえ、いつになったら魔物の話になるの? 僕、眠くなってきたよ』

 ユニたち三人の頭の中に、カー君の文句が響いてきた。


『しっ、黙って聞いてなさい!』

 シルヴィアの叱声がカーバンクルを黙らせる。

 ユニのオオカミたちは、とっくに床に寝そべって眠りこけていた。


「わしらは山の中に住居をつくり、工房を開き、鉱石を採掘するための坑道を掘った。

 金属を製錬するための炉を築き、先祖から受け継がれた技をひたすらに磨き、向上させることに努めた。

 生産される製品は、自分たちで消費する分を凌駕したから、まず西の森のエルフとの取引を始めた」


「エルフたちはわしらよりも古くからこの世界におり、わしらより先に人間との関わりを絶っていた。

 彼らはドワーフの武器や防具を祝福し、宝具としてコレクションすることに満足を覚えていたらしい。

 ドワーフとエルフは、幻獣界においても反目しながら、一定の協力関係は保っておった。エルフたちはわしら以上に保守的な種族だから、この世界でもドワーフと関係を持つことを喜んでいたのだろうな」


「わしらはとびきり出来のいい逸品をエルフに渡す一方で、凡庸な出来の製品は人間に流すことにした。

 人間との付き合いを細々とだが再開したのは、ドワーフには必要なのに、彼らにしか作れない物もあるからだ。

 こうして、わしらは平和で安定した暮らしを続けてきたのだ」


 ストーリンが言う〝人間にしか作れない物〟とは、おそらく酒のことだろう。

 ドワーフは太陽石を利用して、地中でも耕作を行い、焼酎やエールの蒸留・醸造を行っていたが、人間はそれよりはるかに多様な酒を生み出していたからだ。


 採掘工房長の長い話は、一向に終わりそうもなかったが、他の工房長たちは目を閉じて熱心に耳を傾け、うんうんとうなずいている。

 彼らにとっては既知の話のはずだが、改めて一族の歴史を耳にするのは心地よいのだろう。


 そして、ユニも平然として長話に耐えていた。

 彼女はドワーフとの付き合いが長く、彼らの話が長いことに馴れていたのだ。

 そのユニが、エイナとシルヴィアに目くばせを送ってきた。

 どうやら、ここから本題に入るらしい。


「わしらは千年にわたって、この山中で鉱石を掘り続けてきた。

 わしら一族の人口は千人に満たず、寂寥山脈は広大だ。

 最初はいくら掘っても尽きることはないように思えたが、千年の時を経て、掘り進めた坑道は次第に長く、深くなっていった。

 この場所は海抜三百メールほどの高地だが、今や最深部の採掘場は、地下五十メートルにまで達している」


 ストーリンはここで話を切り、シルヴィアとカー君の方に目を向けた。

「そなたの幻獣は精霊族だから、地中を好まないことは理解しておる。本来地下は死者と魔物が支配する、穢れた領域だからな。

 わしらドワーフは地霊ノームの加護を受けているから、滅多なことでは穢れに染まらない。

 だが、採掘に熱中するあまり大深度まで潜ると、厄介なことが起こる。

 魔物と遭遇してしまうことがあるのだ」


「地下にうごめく魔物たちは、生者への無限の憎しみを抱き、隙あらば地上に這い出て暴れようとしている。

 だが、地盤による膨大な圧力が、その望みを抑えつけている。

 わしらドワーフがそこに穴を開け、魔物を解放してしまうことだけは、絶対に許されない」


「だから地下を掘る時には、入念な魔力感知を行い、万が一にも魔物と遭遇しないよう、細心の注意を払うことになっておる。

 掘り尽くして放棄した坑道は、魔物に利用されないよう必ず埋め戻す。それが鉄則なのだ」


「だが、これは魔物が普通に棲息する幻獣界での話じゃ」

 ストーリンはそう言って、各工房長の顔を見回した。

 しかし、誰一人として目を合わせない。


「ここは人間世界だ。わしらのように不慮の事故で飛ばされたり、ユニやシルヴィア殿のような召喚士に呼び出されぬ限り、龍も巨人もエルフも存在しない。

 ましてや魔物が出現して暴れるなど、この千年聞いたこともない」


「だから、わしらは油断をしてしまった。

 はじめの内は、幻獣界と変わらぬ用心をしておったが、千年の時の流れの中で、いつしかその習慣はなおざりになってしまったのだ」


「そして半月ほど前、この山中の地下深くで、わしらは魔物を掘り出してしまった。

 採掘工房の長として、その罪の重さは自覚しておる。

 だが、起きてしまったことは、いくら悔やんでもどうにもならん。

 目を覚ました魔物を地上に出さないことは、わしらドワーフ族全体の責務なのだ!」


 それまで黙って話を聞いていたユニが、初めて口を開いた。

「その魔物とは、どのような姿をしているのでしょう?」


 ストーリンは首を横に振った。

「わしらが初めて遭遇した種族だ。祖先から伝わる伝承にも存在しない。

 あえて名づけるなら〝魔龍〟であろうか」

「龍の一族なのですか!」


 ユニの声音に緊迫感が加わった。

 龍族は巨人族と並び、あらゆる魔法生物の頂点に君臨する存在なのだ。


「いや、さすがに正統な龍が穢れに染まり、地下に堕ちるなどということはない。

 確かに龍の血が多少は入っているだろうが、下等な亜龍の類ではないかと思う。

 体長は八メートルほどの四足歩行、太い胴に比較的短い尻尾、全身が硬い鱗に包まれたトカゲのような形態だ。

 首が二つあったから、ヒュドラが地下に適応したものかもしれん」


「その魔龍は、まだ地下にいるのですね?」

 ユニが念を押すと、ストーリンは唸り声を出して黙り込んだ。

 そして彼に代わり、ひときわ逞しいドワーフが口を開いた。

 戦士団の長、オーレンである。


「魔龍を掘り出した時、奴はまだ目覚めたばかりで動きも鈍かった。

 採掘工房の者たちは武器など持っていないから、坑道を退避して途中の扉を閉めた。

 おかげで不意の遭遇にも関わらず、犠牲者も出さなかったから、その判断は間違っていなかっただろう。

 急報を受けたわれら戦士団は、ただちに討伐のために現場に赴いたが、そこはもぬけの殻だった」


「よく調べてみると、採掘場の天井に穴が開けられていた。

 魔龍はそこから使われていない坑道に入り込み、上に登ってしまったのだ。

 廃坑道は埋め戻すというしきたりを守っていれば、防げた事態だった」


「まさか、すでに地上に出たなんて言わないでしょうね?」

 詰問するユニの顔は青ざめていた。

 彼女はかつてオークと協力して、亜龍の一種であるヒュドラと戦ったことがある。

 その鱗は矢も槍も通さず、致命的な毒を撒き散らす難敵で、結局倒すことはできなかった。

 あんな化け物が地上に出たとなれば、恐ろしいことになる。


「いや、魔龍はまだこの山中にいる」

 オーレンは不機嫌そうに髭をしごいた。


「奴はエルフの里に通じる隧道に陣取り、我々の居住区への侵入を試みている。

 西の森へ抜ける門は、エルフの結界で守られているから外には出られんが、こちら側の大門はすでに破られた。

 現在わが戦士団が決死の防衛に当たっているが、すでに二十名を超える仲間が奴に喰われた」

 戦士長はいきなり腰の短剣を抜き、木製のテーブルに〝ずどん!〟と突き立てた。

 死んだ部下たちの無念を思い出したのだろう。


「魔龍は地下の高熱と膨大な圧力に適応したためか、恐ろしく頑丈な鱗を身にまとっている。鱗が外骨格のように変化しているらしい。

 普通の武器ではまったく歯が立たず、魔法を付与した武器でなければ対抗できんのだ!」

 オーレンは短剣の柄を握ったまま、悔しそうに歯噛みをした。


「しかし、あなたがたドワーフの武器には、魔法効果があったはずですよね?」

 ユニの質問に、今度は武器工房長のグリンが答えた。


「確かにな。わしらは武器に呪文を刻んで、ある程度の魔法効果を与えることができる。

 ドワーフの魔法は、そうした道具に魔力を込めることに特化しておるからな。

 じゃが、その効果には限界がある。

 弱い魔物には十分に効くが、魔龍の鱗を断つには力が足りん。

 しかも、そうした補助魔法は炎系のものがほとんどなんじゃ。炎系魔法は攻撃力が高く、最も効率的だからな」


 オーレンは説明を続けた。

「だが、あの魔龍は大深度の地下に対応した身体を持っている。

 炎系の魔剣や槍では、あの魔物にダメージを与えることはできん。

 数少ない冷却系の魔法効果を刻んだ武器で、今のところはどうにか押しとどめているが、それとて致命傷を与えるに至っていない。

 もっと強力な魔法を付与した武器でなければ、奴を倒すことは叶わんのだ」


「それってつまり、エルフの祝福を受けた武器が必要だってことですね?」

 ユニの言葉に、工房長たちは大きくうなずいた。


「魔龍が隧道を占拠しているのは、そういうことなのだ。

 奴らはずる賢い。わしらがエルフに救援できない状況に追いやり、じっくりと攻めるつもりなのだろう」


「でも、こちらから行けなくても、エルフの側からは扉を開けられますよね?」

「ああ。だが、エルフが森から外に出るなど、年に一度あれば多い方だ。

 われらの戦士団ギルドはおよそ八十名。この二週間で、すでにその四分の一を失っている。

 エルフが来るのを当てもなく待つ間に、全滅するのは間違いない」


 オーレンは机から短剣を引き抜き、鞘に収めた。

「そんなわけで、お主らが隧道を通ることは当分できまい。

 わしは隧道防衛戦の指揮を取らねばならん。これで失礼する。

 この酒は、戦士たちの志気を大いに鼓舞するであろう。ユニ殿にはそれだけでも感謝せねばなるまいな」


 戦士長は片目をつぶってにやりと笑うと、どすどすと重い足音を残して会議室を出て行った。

 その後姿を見送ったグリン(武器工房長)が、ユニたちの方に向き直った。


「わしらはちょうど対策会議をしておったのだ。

 場合によっては、戦える者以外を避難させることも検討せねばならんのでな。

 そんなわけで、ユニとお二人は、わしの家でくつろいでいてほしい。これはわしらの問題だからな。

 女房には、会議が長引きそうだと伝えておいてくれ」


「分かったわ」

 ユニはため息をついて立ち上がった。

 

「ああ、そうそう」

 彼女は上を向いて、セリフを棒読みするような口調で大きな声を出した。

 そして、椅子に座っているグリンの傍に歩み寄ると、その耳に口を近づけ、何事かをささやいた。


 グリンは小さな目を丸く見開いた。

「うむ……そうか。ユニよ、前言は撤回じゃ!

 わしは可及的速やかに会議を終わらせ、家に帰る。

 メイリン(グリンの妻)には、客人をもてなす料理を山ほど用意せよと伝えてくれ。わしに恥をかかせるな、とな」


「了解」

 ユニはそう答えると、扉へ向かった。

 エイナとシルヴィアも慌ててその後を追う。


 会議室から広いホールに出ると、追いついてきたシルヴィアがユニに訊ねた。

「あのドワーフに、何をささやいたのですか?」


「別に大したことじゃないわ。

 泊めてもらうお礼に、三十年物のケルトニア酒を用意しているって教えただけよ。

 グリンが会議で遅くなるなら、メイリンとあたしで飲み干しちゃうかもねって」

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