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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第四章 魔法王の森
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二十九 ドワーフの山

 テバイ村からドワーフが棲む山中までは、およそ七十キロの距離がある。

 オオカミの足なら、一日で十分な距離だが、急ぐ旅ではないし最後は山登りになる。

 そのため途中で野営し、二日目の午前中に余裕を持って到着することにした。


 寂寥山脈は西の森の北側を東西に走る大山脈で、三千メートル級の高山が連なっている。

 勾配がきつい急峻な山々は万年雪を戴いた岩山で、荒涼とした姿から地元民が〝お寂し山〟と呼んでいたことに由来する名称である。


 西の端は切り立った断崖となって海に落ち込んでおり、東は遠くカフタン王国にまで続いていた。

 エルフの森に入るには、この山脈を越えなければならないのだが、冬山に入るのは自殺行為である。

 迂回するためには千キロ以上の砂漠を踏破し、王国とは敵対関係にあるサラーム教の国々を通ることになる。


 船を使って海側から上陸する手も考えられるが、西の森の西岸は断崖が続く上に、強力なエルフの結界が張られ、何者の侵入も拒んでいる。

 結局、山中に棲むドワーフたちが掘った隧道を通って山脈を突っ切る以外、エルフの森に到達する手段がないのだ。


 ドワーフは排他的な種族で、本来エルフとも仲が悪い。

 だが、この寂寥山脈のドワーフたちは、どうにか種族的な葛藤を克服し、エルフとの友好関係を保っていた。


 彼らは自分たちの魔法(ドワーフはある程度魔法が使える)ではどうにもできない怪我人や病人が出ると、高度な治癒魔法を持つエルフを頼る。

 一方のエルフは、森に張られた強固な結界のせいで、自分たちも外に出られないため、他国へ行く必要が生じると、ドワーフの隧道を利用する。

 ドワーフはその出入口の管理と警備の役割を担っているのである。


 ユニたちがドワーフ国へ通じる洞窟の入口に着いたのは、午前十時ころであった。

 洞窟の前には、大斧を手にした二人の見張りが立ちはだかっていた。

 身長百五十センチに満たない短躯ながら、腕も首も胴回りも脚も太く、がっちりとしている。

 顔の半分は長い髭で隠れており、角のついた兜と鱗状の金属を重ねた鎧に身を包んでいた。


 二人の見張りはゆっくりと山道を登ってくるオオカミを、鋭い視力で遠くから認めていた。

 洞窟の前に着くと、ユニはライガの背を滑り降り、ドワーフたちに歩み寄った。


「よう、ユニか!」

「久しいではないか、何年ぶりだ?」

 れ鐘のような胴間声が響き、彼らは両手を広げてユニを迎え入れた。

 太い腕でユニの身体を抱き、髭もじゃの顔を頬に押しつける。

 ドワーフ流の挨拶である。


「懐かしいわね、ガイン。あんたの息子は成人したのよね。どこの工房ギルドに入ったの?」

「ウォーリンのとこさ。

 まだまだ見習いだから、毎日ベソかいて帰って来るわい」


「ギリム、奥さんは元気?」

「ああ、いま四人目の子を孕んでおるぞ」

「まぁ、それはめでたいわね!」


 ユニは衛兵たちと和やかに会話を交わしている。

 エイナとシルヴィアには、ユニがどうやってドワーフを見分けているのか、さっぱり分からなかった。

 二人とも、背格好から髭の色までそっくりだったからだ。


 ユニはエイナたちを呼んで、ドワーフたちに引き合わせた。

「このたちはうちの国の使節なの。

 エルフ王に親書を届けに来たのよ。また隧道を通らせてちょうだい」


 ユニの言葉を聞いた二人の見張りは、顔を見合わせた。

「うむ、いや……それは俺たちでは何とも言えんな」

「ああ、そういうことは工房長マイスターに話を通してもらわにゃあ」


 ユニは二人の小さな目を、じっと覗き込んだ。

 ドワーフたちはもじもじして、わざとらしく視線を外す。

「あんたたち、何か隠してるでしょ?

 まぁいいわ、どうせ工房長たちには表敬しなきゃいけないしね。

 あたしたち、入っていいのよね?」

「ああ、構わんがそう急ぐな。おい、小僧!」


 ユニがギリムと呼んだドワーフが、洞窟の暗がりに声をかけると、別のドワーフが出てきた。

 やや小柄で髭が短い以外、二人の見張りとそっくりである。

「おめえ、ひとっ走り工房長のところに行って、ユニが来たことを伝えてこい」


 命じられたドワーフは、びっくりしたように目を剥いて、慌てて奥へ駆け出していった。

「今の子、誰? 初めてのはずだけど、どっかで見たような顔ね」

 ユニが不思議そうに訊ねた。


「ああ、あいつはスロールだ。デュリンの末息子だよ。

 まだ成人したばかりのひよっこだな」

「ああ、道理で、親父さんそっくりね」

 やはりユニはドワーフの区別がつくらしい。エイナとシルヴィアは、ぽかんとするばかりだった。


 二人のドワーフはさっと左右に分かれて道をあけた。

「さぁ、先触れはしたから、遠慮なく通るがいい。

 デルド・エネ・フレイン(ドワーフ語で「我らの友」)よ」


      *       *


 一行は薄暗い洞窟の中を進んでいった。

 ユニとオオカミたちは勝手知ったる様子あったが、エイナとシルヴィアは物珍しそうに、周りを眺めながら歩いていく。

 そんな中、カー君だけが尻尾を下げ、全身の毛を逆立てて不機嫌さをアピールしていた。


『あー、嫌だいやだ。どうしてドワーフは穴の中がいいんだろう? 僕には理解できないね』

「あら、ドワーフってそういうものよ。幻獣界でも同じだったでしょう?」

 シルヴィアが軽くたしなめる。


『僕のような高貴な精霊には、陽光と風が必要なんだ。

 大体、地中は死者と悪しき者の領域なのに、暗くて澱んだ空気に包まれたら、穢れにそまっちゃうよ。

 ドワーフは地霊ノームの恩寵を受けている種族だから、平気なんだろうけどね』


 ぶつくさ文句を垂れるカー君に、ユニがおかしそうに訊ねた。

「へえ、カー君はドワーフの棲家に入ったことがないのね」


『当たり前でしょう。誰が好んで穴に潜るもんか』

「だったら、びっくりするわね。少なくとも、陽の光と風に不自由はしないわよ。

 ほら、あの扉を開ければ、ドワーフの国よ」


 ユニは洞窟の先を指さした。

 ところどころで焚かれている松明で、どうにか先の様子が分かる。

 そこには、頑丈そうな扉が道を塞ぎ、鈍い金属光沢を放っていた。


      *       *


 扉の前には、六人のドワーフの戦士が待ち構えていた。人間世界で言えば、ここが城壁の大扉に当たるのだろう。

 分厚く大きな扉は全金属製で、一面に不思議な文字が彫り込まれていた。何らかの魔法処理が施されている証拠だった。


 ここの衛兵たちもユニとは顔見知りであった上に、すでにスロールが伝令として通過していたので、何の問題も起きなかった。


「一応しきたりだからな、俺が案内をする」

 衛兵の一人(モーリンと名乗った)がそう言って、扉を開けてくれた。

 といっても、大扉が開かれたわけでなく。脇にある小さな通用門の方だった。

 こちらはドワーフに合わせた高さなので、ユニたちは頭をかがめて門をくぐる。


 分厚い岩盤を穿うがった通路の内部は金属で覆われ、どこにも継ぎ目がなかった。

 三メートルほどの通路を抜けると、その先にも扉がある。

 モーリンが低い声で呪文を唱え、扉の取っ手を回して押すと、金属製の扉が音もなく開く。

 外へ出たエイナたちは、あまりの眩しさで、反射的に腕で目をかばった。


 明るさに目が慣れ、恐るおそる腕を下ろすと、彼女たちの前には信じがたい光景が待っていた。

 それまで通ってきた洞窟も十分な幅と高さがあったが、それとは比べ物にならない広大な空間が広がっていたのだ。

 しかも、外界と変わらない明るさである。

 光を浴びている肌には、はっきりと熱が感じられ、春のような陽気だった。

 エイナとシルヴィアは、とまどいながら頭上を見上げた。


 空間の天井は十メートル近い高さがあり、そこには強烈な光を放つ何かが存在していた。

 あまりに眩しくて直視できなかったが、一瞬視界に捉えたそれは、小さな太陽としか表現できなかった。

 案内役のモーリンは、二人の人間がとまどっている様を、面白そうに眺めている。


「この光は何ですか? まるで太陽みたいな感じがします」

 エイナが平然としているユニに訊ねた。


「あれは太陽石と言ってね、外に出すと陽の光を吸収して、暗い所ではそれを放出するの。

 それと、風が吹いていることにも気がついたかしら?」

 ユニの言葉に、二人はハッとした。

 言われてみれば、頬に微風を感じる。それも少しひんやりとした、新鮮な空気の流れである。


「ね? 地中はもともと暖かい上に、太陽石の光は熱も帯びているから、放っておくと暑くなり過ぎるのよ。

 それで、あちこちに空気穴があって、ふいごで外気を取り込んでいるの。

 だから適温に保たれる上に、空気も汚れないってわけ。よくできてるでしょう?

 下手をしたら、地上よりも快適だわ」

 ユニはそう説明しながら、わざとらしくカー君を覗き込み、「ふふん」と笑ってみせた。


 ドワーフの街は、いくつもの空洞を通路でつなぐという構造らしい。

 ある空洞は住居、別の空洞は工房と、場所によって役割を変えているようだった。

 エイナとシルヴィアの目には、行き交うドワーフが皆同じように見えた。

 大きな乳房を揺らして歩くドワーフは、かろうじて女性だと判別できるが、その顔にはやはり髭が生えていた。


 男たちは口をへの字に曲げ、気難しそうな顔をしているが、ユニとオオカミたちを見かけると、誰もが髭の中から白い歯をむき出し、笑って挨拶をしてくる。

 見た目はともあれ、根は悪くない人々のようだった。


 モーリンの先導でいくつかの空洞を抜け、一行はひときわ大きな広場にたどり着いた。

 その中心は、二階建ての壮麗な建物がそびえていた。

 左右対称の壁面には見事な浮彫り(レリーフ)が施され、多くの飾り窓(ドーマー)が並び、正面中央にはバルコニー付きのポーチが突き出ている。

 彼らの行政府のような機能を持った建物なのだろう。


 美しく装飾された扉を開けて中に入ると、大きなホールを素通りして、会議室らしい部屋へと案内された。

 そこには立派なテーブルと椅子がしつらえられ、すでに六人のドワーフが席についていた。

 ユニたちが入ってくると、彼らは一斉に立ち上がった。

 明らかにユニとは顔見知りという感じだったが、抱擁は交わさなかった。


 ユニはエイナとシルヴィアに名乗らせた上で、ドワーフを一人ずつ紹介してくれた。

 彼らはドワーフの工房ギルド長たちで、合議制で一族の方針を決めている、議員のような存在だと、ユニが説明した。


「人間のお嬢さん、ええとシルヴィア殿と言ったな。

 あんたが連れておる精霊は、カーバンクルだろう?

 話に聞いたことはあるが、見るのは初めてじゃ。本当に魔石が埋め込まれているのだな」

 採掘工房の長で、ストーリンというドワーフが、興味深げに訊ねてきた。

 ほかの工房長たちも、身を乗り出してカー君を見詰めている。


「魔石のことをご存じだとは……さすがドワーフ族です」

 シルヴィアが驚きの表情を浮かべると、ストーリンは得意気に鼻息を吐き、顎髭をしごいてみせた。


「当然じゃ。わしらドワーフほど鉱石に通じている者などいないからな」

「もしかすると、あなた方は魔石をお持ちなのですか?」


「うむ、無論あることはある。

 とは言え、魔石はめったに見つかる物ではないからな。

 ここにあるのは一つだけ。それも掘り出してから、五百年以上は経っておるぞ。そもそも……」


『色は! その魔石の色は何色なの?』

 ドワーフの自慢話を遮って、カー君が吠えるような大声を上げた。


 いきなり頭の中に響いた声に、ドワーフたちは小さな目を丸く見開いた。

「何じゃ、そいつは喋れるのか! こりゃあ、おったまげたな。

 だが、よくぞ訊いてくれた。わしらのは白色よ。あまたの魔石の中でも特に貴重な物じゃぞ」

『ドワーフのおっちゃん、そいつを喰わせておくれよ!』


「馬鹿を言うな! ありゃ一族の宝じゃぞ? 龍が襲ってきても渡すものか!」

『そこを何とか!』


 別の工房長が見かねて割って入った。

「待て待て、二人とも。

 ユニよ、お主ら、まさか魔石を奪いに来たわけでもあるまい?」

「ええ、もちろんだわ。

 ライガ、カー君を黙らせてちょうだい」


 ユニが睨むと、ライガとハヤトの二頭がカーバンクルの両側から近づき、牙を剥き出しにして凄んだ。

 カー君はたちまち尻尾を股の間に挟んで小さくなる。

 ユニはその様子を確認すると、ドワーフたちの方に向き直った。


「私たちの目的は、西の森のエルフの女王、あなたたちの言葉で言うエンデ・ラ・イーリンを訪ねることです。

 隧道を通していただければ、ほかに望みはありません。

 もちろん、通行料もお支払いするつもりです」

 彼女はそう言うと、背嚢を肩からおろした。そして、その中から布に巻かれた瓶を二本取り出し、テーブルの上にどんと置いた。


 その重そうな音に、居並ぶドワーフの重鎮たちの眉が、ぴくりと上る。

 ユニが布を上に引き上げて外すと、琥珀色の液体が入ったガラス瓶が現れた。

 ドワーフたちは一斉に「おお!」という嘆声を洩らした。


「それは、ケルトニア酒ではないか。

 しかもそのラベル、人間の文字で〝十八年〟と書いてあるように見えるぞ!」

 ユニはにこりと笑って瓶を掴み、一番近くにいた防具工房長のギムリンに手渡した。


「おお、間違いない、こいつは十八年物のケルトニア酒だ!

 よくこんな物が手に入ったな?」

 ギムリンはそう叫ぶと、誰にも渡すまいと瓶を懐に抱え込んだ。


 ユニがエイナとシルヴィアに目くばせすると、二人も自分の荷物の中から二本ずつの瓶を取り出した。

 合計六本。その場にいた工房長に一本ずつ行き渡る数である。

 ドワーフたちは自分が確保した瓶をしっかりと握ったまま、互いの瓶のラベルを確認し合った。


「全部違うが、どれも名の知れた銘柄ばかり、しかも十八年物だぞ!

 最近はテバイ村の連中に頼んでも、ほとんど入手できない代物じゃ。

 どれ、さっそく味見を……」

 彼らは舌なめずりして、コルク栓にかけられた赤い封蝋を剥がそうとした。


「お待ちください!」

 ユニの鋭い声に、その動きがぴたりと止まった。


「その前に答えをお聞かせ願います。隧道を通ってよろしいのですね?」

 確認を迫ったユニに対し、工房長たちは顔を見合わせて黙り込んだ。


 十秒ほどの沈黙の後、ストーリンが重い口を開いた。

「別に酒をもらわんでも、ユニの頼みなら通って構わんさ。

 じゃが、今は駄目だ。隧道は封鎖されておる」


 勝利を確信していたユニの顔が曇った。

「何か……起きたのですか?」


 だが、その質問に、採掘工房長は再び口をつぐんでしまった。

 隣に座っていた武器工房の長、グリンが見かねたように顔を上げる。

「ストーリンよ、お前さんが言いたくないなら、俺が答えるぞ。

 どうせ分かることだ。いいな?」


 渋面を作った採掘工房長は、無言のままうなずいた。

 グリンはユニたちに向かって、ぼそりと言葉を吐き出した。


「わしらはな、魔物を起こしてしまったんだよ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] カーくん情けなくて良い....... [一言] そういえばおつかいミッションが派生していいお酒入手できましたけど、もともとの予算だと全然足りなかった感じですか?
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