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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第四章 魔法王の森
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二十八 テバイ再訪

 結局、エイナたちはセレキアに二泊して、三日目の朝に出発した。

 セレキアは、大陸西岸に点在する都市国家群の最南端に位置しているが、彼女たちは、そこからさらに南へ向かう。

 もう大きな都市はなく、寂寥山脈にぶつかるまで、小規模な開拓集落が点在するだけである。


 セレキアは立派な外洋港と、ユルフリ川の終点となる川港の両方を有し、古くから交易の一大拠点として栄えてきた。

 繁栄は人口の自然増とともに、周辺からの流入という社会増を招いた。

 巨大な外壁に囲まれた都市国家が、限界を迎えるのは当然の帰結であった。


 また、人口が増加すれば、当然ながら消費する食糧も莫大なものとなる。

 都市国家内では農業生産が行われないから、食糧は輸入に頼ることとなる。

 この点は、ケルトニアやエウロペ諸王国との海洋貿易と、北のトルゴル、東のペルシニアという二大サラーム教国からの移入で、特に問題は起こらなかった。

 しかし、市民の命綱である食糧を、すべて外国に頼るのは危険であった。


 そこで、セレキアに限らず多くの都市国家は、飽和した人口を周辺の開拓に振り向け、食糧自給の道を拓こうとした。

 近郊農業が発展すれば、輸送費が上乗せされる輸入食糧よりも、物価を安く抑えられると考えたのだ(食糧輸出国は労働集約による大量生産で低価格を実現しており、そう単純な話ではない)。


 ところが、都市国家群が位置する大陸の西部沿岸は、耕作に不向きな土地柄であった。

 その最大の要因が、砂である。

 猛烈な季節風が巻き上げる砂は、海岸から数十キロにわたって、すべての物を埋め尽くした。

 開拓のために建てられた粗末な小屋は、わずか数か月で砂に埋もれた。当然、畑も同様である。

 都市国家の周辺を開拓するには、まず飛砂の問題を解決しなければ、どうにもならなかったのだ。


 セレキアは、最初に沿岸の各所に漁村を開いた。

 海岸沿いの西側は海であるから、風が吹いても砂は飛んでこない。家を建てても砂で埋もれることはなかった。

 そのかわり、強風で屋根が飛ばされることがしばしばで、漁村の家は屋根が極端に低く、重しとして大きな石を乗せていた。


 遠浅の砂浜であるから、本格的な港は築けなかったが、小型船での漁業はできた。

 水揚げした新鮮な魚介類は、セレキアで飛ぶように売れたから、漁村開拓は成功し、郊外にも経済力と余剰労働力が蓄積された。


 セレキアはこれらを利用して、砂防林の育成に取り組んだ。

 麦藁で編んだむしろを砂に立て、その陰に生命力の強いヤナギの苗を植えたのである。

 ヤナギが根付くと、ある程度砂が固定化され、飛砂も軽減される。

 次の段階では、ヤナギの陰にグミを植えてさらに砂の固定化を進め、最後にマツの苗を植えた。


 マツは栄養の少ない土壌でもよく育つ――というか、豊かな土壌では他の樹木との競争に負けてしまう植物である。

 このマツが数十年をかけて生育し、砂防林を形成することにより飛砂を防ぎ、その内陸で初めて開墾が可能となった。


 この海岸砂防林の形成には、百年単位の時間、そして膨大な資金と労働力を要したが、セレキアは諦めることなくそれをやりとげた。

 結果的に、不毛の地であった沿岸部に、耕作地と酪農地が出現し、ようやく食糧自給の一歩を踏み出したのである。


 エイナたちが旅をしたのは、こうした開拓集落が出現してから数十年が経過した時期である。

 砂防林によって飛砂の脅威が除かれたといっても、土地は塩分を含んだ砂混じりで湿地帯が多く、とても耕作に適しているとは言えなかった。

 ただ、南にそびえる寂寥山脈を源とする伏流水が豊富で、真水には困らなかった。


 そのため湿地さえ避ければ、酪農と水はけのよい土壌を好む野菜の栽培によって、各集落はどうにか生計を維持することができた。

 そうはいっても、開拓集落の暮らしが厳しいことには変わりがない。


 オオカミたちの背に乗り、南へ向かう街道を辿る途中、立ち寄った村の人々は、皆疲れ切った表情で目にも生気がなかった。

 当然、村にはまともな商店がなかったので、エイナたちはユニがセレキアで仕入れた品々に感謝することとなった。


 だが、セレキアを出発して三日目に着いたテバイという村は、それまでの集落とは雰囲気がどこか違っていた。

 村の規模は大きく、中央には広大な広場があった。

 集落の周りには畑が広がっていたが、冬という季節を差し引いても、あまり豊かな稔りを感じさせるものではなかった。

 それなのに、村の家々はしっかりとした造りで、村人たちの表情は明るく、子どもたちの血色もよかった。

 何となくだが、この村は豊かであると感じさせるものがあった。


 エイナとシルヴィアは、自分たちが抱いた感想をユニにぶつけてみた。

 彼女は笑いながら、すぐにその答えを教えてくれた。


「このテバイ村はね、別名〝ドワーフ村〟と呼ばれているのよ。

 毎年春になると、寂寥山脈からドワーフたちがやってきて、ここで市場を開くの。

 その時期には、大陸中から商人が集まって、もうお祭り騒ぎになるわ。

 そのお陰で潤うから、他の村に比べて暮らしに余裕があるのね」


 彼女たちが村に入ると、すぐに村人たちが集まってきた。

 人を乗せた巨大なオオカミの姿を見ると、誰もが笑顔を見せて近寄ってくる。

 これも他の村とは正反対の反応であった。


 子どもたちは恐がりながらも興味津々である。

 そして大人、特に中年以上の年輩者は、ユニに親し気な笑顔を向け、口々に挨拶をしてきた。


「やあ、ユニさんじゃないか! ずいぶんと久し振りだねえ」

「今度はどのくらい滞在するんだね?」

「またドワーフたちに会いに来たのかい?」


 ユニはライガの背から滑り降りると、こうした村人たちと笑顔で挨拶を交わし、特におかみさん連中とは抱き合って再会を喜んだ。

 エイナとシルヴィアはわけがわからず、オオカミに騎乗したまま、その様子を眺めていた。

 やがて、人の波を掻き分け、村長らしき人物がやってきた。


 村長はユニと固い握手を交わし、エイナたちの方を見た。

「ようこそテバイ村へ。あんたは全然変わらないな。

 今回は若い娘さん連れだね。紹介してくれるかい?」


 ユニは笑顔で振り返り、エイナたちにこっちへ来るよう、目で合図をした。

 二人がオオカミから降りて村長のもとへ近づくと、ユニがお互いを紹介する。


「このたちは、あたしと同じリスト王国の人間よ。

 金髪の方がシルヴィアで召喚士、黒髪の方がエイナ。彼女は魔導士ね。

 二人とも、こちらはこのテバイ村の村長で、ケニスさんよ」


 エイナとシルヴィアはケニスと握手を交わした。

 ユニは続いて旅の目的を明かした。

「あたしたちは寂寥山脈を超えて、エルフに会いに行くところなの。

 まずはドワーフたちを訪ねるつもりだけど、彼らの様子に変わりはない?」


「いや、それが……」

 突然、村長の表情が曇った。


「こんな所で立話もなんだ。

 あんたたち、今日はこの村に泊っていくんだろう?

 いま宿に案内するから、取りあえず荷物を置くがいい。

 役屋の方で部屋を用意しておくから、落ち着いたらそっちへ来てくれ」


 ケニスはそう言うと、ユニの先に立って歩き出した。

 この村には宿屋はなく、市が立つ時に集まってくる商人たちも、村の外れにテントを張ることになる。

 そのための用地が確保され、炊事場や便所も建っている。


 だが、村長が向かったのは村の中央広場の方だった。

 その傍らには集会所を兼ねた役屋と、ドワーフを泊まらせるための建物がある。

 今はドワーフが滞在する時期ではないので、ユニたちにそこを利用させるつもりなのだろう。


 ユニの後ろをついていくエイナは、並んで歩いているシルヴィアに耳打ちした。

「ねえ、どうしてこの村の人たちは、ユニさんと顔馴染みなのかしら?」


 シルヴィアは呆れたような顔でささやき返す。

「あんた知らないの?

 ユニ先輩がケルトニアの海賊と戦った話は有名よ。ここはきっと、その舞台となった村なんだわ。

 その時に、海賊にさらわれたドワーフの娘を助けたんだって。それで先輩は、ドワーフ族とも懇意になったらしいわ」

「へえ~。でも何だって、こんな遠く離れた国まで来たの?」


「それは……」

 シルヴィアは言葉に詰まった。

 ユニの冒険の数々はよく知られているが、いずれも断片的なものに過ぎなかった。

 王国の軍事・外交に関わる部分が多いためで、それらは機密事項に指定されていたのだ。


 ユニがこのテバイ村でケルトニアの海賊と戦ったのは、アッシュ(エルフの女王)から依頼されたためであるが、もともとの依頼主はドワーフで、女王はその仲介をしたに過ぎない。

 これは軍機に指定されており、ユニは傭兵として商人に雇われたということになっていた。


「あんたたち、その辺の事情は後でゆっくり教えてあげるわ。

 みっともないから、こそこそ話すのはおやめなさい」

 ユニが肩越しに声をかけた。


 二人の会話は、すぐ横を歩いていたオオカミたちの耳を通じて、ユニに丸聞こえだったのだ。


      *       *


 案内された宿所はこぢんまりとしていたが、清潔で居心地のよいところだった。

 ドワーフ用ということで、家具や調度品の高さが抑えられていたが、小柄なユニやエイナはそれほど不便を感じなかった。


 それぞれの荷物を片付け、ストーブで沸かした湯で、エイナが三人分のお茶を淹れた。

 彼女たちはテーブルに向かって椅子に座り、ようやく一息ついた。

 ユニはお茶を飲みながら、アッシュと呼ぶようになったエルフと帝国に潜入した話、そして後に女王となったアッシュが王国を公式訪問した際、彼女の要請でこの村に赴いた経緯を、かいつまんで話して聞かせた。


 どれもとんでもない話で、軍上層部が機密指定するのも当然だった。

「えと、あの……私たちに漏らしたりして、怒られませんか?」

 エイナが恐るおそる訊ねた。


「あんたたちは国の特使として、エルフの女王を訪問するのよ。

 何も事情を知りませんでは済まされないでしょう?

 この件は、ちゃんとマリウスからも許可を取ってるから、心配しなくていいわ。

 それより、そろそろ役屋の方に行ってみましょう。

 村長さんの物言いが気にかかるの」


      *       *


 宿泊所から役屋までは、それほど離れていない。

 ユニたちが訪ねていくと、村長のケニスが待っていて、奥の事務室へと案内された。

 部屋の中には二人の年輩の男がいた。


 彼らは立ち上がり、エイナとシルヴィアと握手を交わして自己紹介をした。

 二人は村長とともにドワーフ市を取り仕切る幹部で、一人は実行委員長、もう一人は会計係だった。

 ユニたち三人がソファに並んで腰をおろすと、男たちもその対面に座った。


「ドワーフたちに何かあったのですか?」

 ユニが率直に切り出した。


 ケニスはすぐには答えず、胸ポケットから煙草を取り出して口に咥え、火をつけた。

 ふうと溜め息をつくように煙を吹き出すと、灰皿に煙草をぐりぐり押しつけ、火を消した。

 まだ何口か吸えるのに、もったいないことをする。


「実を言うと、それがよく分からんのだ」

 彼は困ったような表情を浮かべて白状した。


「ユニさんは知っているだろうが、あと二か月もすればドワーフ市の準備が始まる。

 手始めは屋台の目玉となる、ドワーフ料理の講習だな。

 屋台の売り上げは馬鹿にならん額だから、かみさん連中の気合の入り方も大変なものになる。

 先週、その日程と材料確保の調整に、ドワーフが村を訪ねてきたんだ」

「今年もメイリンが指図をするの?」


 メイリンというのはドワーフの女性で、グリンという親方の妻のことだ。

 料理上手で知られており、ユニとも旧知の仲である。


「いや、去年から娘のイーリンとエーリンに代わったよ。

 二人とも若いが、母親譲りでなかなかの腕前だ」

「ええーっ、あのたちが? 立派になったもんねえ!」

 ユニは驚きつつも、目を細めて笑顔を浮かべた。


 イーリンとエーリンはグリン夫妻の双子の娘で、かつて海賊に人質として囚われていたのを、ユニが救出したという縁である。

 ドワーフとしては成人前の若い娘であるが、実を言うとユニよりも年上だった(ドワーフの成人は五十歳)。


「まぁ、あの娘たちはメイリンの手伝いで、以前から村に来ていたから、村の女たちとも気心が知れている。

 打合せも無事に済んだんで、かみさん連中が持ち寄った料理をつまみながら、双子を焼酎でもてなしたと思ってくれ。

 これもいつものことで、建物の外まで笑い声が聞こえるほど、場はなごやかだった。

 イーリンとエーリンは上機嫌だったが、村のかみさんの一人が何の気もなしにこう訊いたんだ。

 『今年の目玉は、どのくらい出るのかしらね?』とな」


 エイナとシルヴィアは首をかしげた。

 市のことをよく知らない二人のために、ユニが手早く説明する。


「ドワーフ市に出す品物は、武器や防具が中心になるんだけど、若手の職人が造った製品が多いのよ。

 値段が安い割には性能がいいから、その方が喜ばれるの。

 でも、王侯貴族や大金持ちの中には、金を惜しまずに優れた作品を欲しいという人もいるの。

 だから、熟練した親方たちが鍛えた逸品も少しは出品されるの。それが〝目玉〟ね。

 当然、商人たちが目の色を変えて競り落とそうとするわけよ」


 村長は大きくうなずいた。

「ユニさんの言うとおりだ。

 目玉商品がどれくらい出るのかという情報は、ドワーフ側が事前に流してくれるんだが、早く知りたいのは人情だろう?

 それで、双子に訊ねたかみさんも、軽い気持ちだったんだ。

 ところが、エーリンがぽろっと『今年は出ないんじゃないかしら』と言ったんだ。

 もちろん、かみさんたちは驚いて、その理由を問い質した。

 すると、二人は〝しまった!〟という顔をして、『あたしたちは何も知らない!』の一点張りとなった。

 そして、大好きな酒を残したまま、慌てて帰ってしまったんだ」


「妙な話ね。どうしてそんなことを言ったのかしら?」

「わしらにもさっぱり分からん。

 ユニさんも知っているだろうが、ドワーフたちは仲間内のことを話さない。

 何か問題が起きたとしても、決して人間を頼ろうとはしないんだ。

 確かにわしらには何の力もない。

 だが、何十年もお互いに協力して、ドワーフ市を開き、ここまで育ててきたという自負はある。

 相談してくれれば、わしらにだって何か知恵が浮かぶかもしれん。そうだろう?」


 村長の目には涙が滲んでいた。二人の幹部も熱心にうなずいている。

 ケニスはユニの手を両手で握りしめた。


「頼む! あんたはわしの知る限り、ドワーフの国へ入ることのできる唯一の人間だ。

 どうか、彼らにどんな問題が起きているのか、そしてわしらが力になれることがないのか、それを調べてほしい。

 このとおりだ!」


 三人の男たちはユニたちに向かい、髪の薄い頭を一斉に下げたのだった。

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