表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導士物語  作者: 湖南 恵
第四章 魔法王の森
116/359

二十二 都市国家セレキア

「ほわぁ~っ!!」

 エイナが右、シルヴィアが左を見上げ、同時に間の抜けた声を出した。

 二人の前を歩いていたユニは、堪らずに頬を赤らめ、うつむいてしまった。


「お、ね、が、い、だから! 二人とも、キョロキョロしないでくれる?」


 ユニの哀願に対し、シルヴィアはユニの左腕を取り、両手で胸に抱きかかえた。

「だってユニ先輩! 見てくださいよ、めちゃくちゃきれいな街だと思いません?

 冬なのにお花だらけ! 歩道の花壇の手入れなんて完璧だし、建物の玄関まわりにも、花の咲いた鉢がいっぱい並んでますよ。何て素敵なんでしょう!」


 エイナが負けじとユニの右腕を抱え込み、ぐいぐいと引っ張る。

「ユニさん、あれ! ほらあの角にある青銅の箱、ひょっとしてゴミ箱じゃないですか?

 見事なバラの浮彫レリーフですよ! ゴミ箱まで装飾されているなんて、信じられます?

 うわっ、あっちの交差点の真ん中には銅像が置かれてるわ。〝聖騎士ユリシーズの凱旋〟かしら?」


 二人の娘が興奮するのも無理はなかった。

 大陸西海岸に点在する六つの都市国家群は、軍事的には大国ケルトニアに屈し、その支配に甘んじている。

 しかし、今なお文化的には世界の最先端で、学問・芸術の都としてその名が世界に知れ渡っていた。


 最南端に位置するセルキアは、その中でも三本の指に入る有力都市である。

 数百年にわたって戦禍を免れてきた歴史ある建物は、一つひとつが文化財と言ってよく、住む者もそこに誇りを持っていた。

 したがって、人々は誰かに命じられずとも家の周辺を掃除し、季節の花を植えて手入れを怠らなかった。


 街の至る所に高名な芸術家の彫刻がさりげなく置され、古びた教会に一歩足を踏み入れると、極彩色の見事な壁画に迎えられることも珍しくない。

 エイナとシルヴィアは、リスト王国の王都であるリンデルシアで暮らしており、四古都と呼ばれる大都市には規模で劣るものの、国内でもっとも洗練された都の住人であると自負していた。

 しかし、こうしてセルキアという〝本物の古都〟を目の当たりにすると、自分たちがいかに田舎者であるかを、痛いほどに感じるのであった。


      *       *


 オアシス都市アギルから船に乗った三人は、ユルフリ川を下る旅を順調にこなしてきた。

 出発して四日後の夕方、セルキア近郊の川港に着いた彼女たちは、王国で見馴れた城塞都市の門を潜り、ユニの知っている宿に入った。


 王国が発行する身分証は、遠く離れた都市国家でもある程度の効力を持っていたため、正式な幻獣登録をされているライガとカー君も、市街に入ることを許可された。

 登録されていないライガ以外の群れのオオカミたちは、郊外の人気のない林で待機することになるが、これはいつものことである。


 冬の日没は早く、入国手続きに時間を取られる間に、あたりは暗くなっていた。

 エイナたちはろくに街を見ることもなく宿へと向かい、すぐに湯をつかった。

 アギルとは違い、この街に公衆浴場はないが、その代わりに宿では当たり前に大桶に湯を汲んで、身体を洗うことができた。


 川船に乗っている間は、シャワーすら浴びられなかったので、女たちはこれを何より喜んだ。

 湯から上がると、豪華ではないが温かい食事を摂り、窮屈な船旅で疲れ果てていた三人は、即座にベッドに潜り込んで眠りに落ちた。

 翌朝、簡単な朝食を済まし、彼女たちは街に出たのだが、ここで初めてエイナとシルヴィアは、文化と芸術の都を目の当たりにして、圧倒されたのである。


      *       *


 完全に〝おのぼりさん〟と化した二人を放り出し、ユニは道端の屋台に寄った。

 しばらくして、騒ぎながら先を行くエイナたちに追いつくと、その肩を叩く。

 振り返った二人の顔の前に、ユニが何かを突きつけた。


 薄いビスケットのカップに、半球状の白い氷菓子が盛られている。シルヴィアがそれを受け取りながら、驚いた声を上げた。

「えっ、これってアイスクリームじゃないですか?」


 アイスクリームは王都にもあるが、かなりの高級品であり、店でガラスの器に盛られて供されるのが常識だった。

 このようなお菓子の器は初めて見るし、道端の屋台で売られているというのも驚きだった。

 つまりは、庶民が気軽に手を出せる値段だということだ。


「その先の公園にベンチがあるから、そこに座って食べましょう。

 とにかく、あんたたちが少しは落ち着いてくれないと、恥ずかしくて一緒に歩けないわ」

 ユニはそう言うと、二人を追い越して先に歩いていった。


 セルキアの街中には、小さな公園があちこちにあった。

 優雅な丸みを帯びたベンチには、お年寄りが腰かけてお喋りしていたり、赤ん坊を抱いた母親が小さな子どもを遊ばせたりしている。


 三人は空いているベンチに腰をおろし、小さな焼き菓子のカップに入ったアイスを、木のへらですくって堪能した。

 歩き続けて少し火照った身体に、濃厚なミルクの風味と甘さがしみわたる。

 冬であっても、アイスクリームなら大歓迎である。

 中のアイスを食べ終わると、焼き菓子で作られたカップがよい口直しとなった。エイナとシルヴィアは感激しまくりである。


「ユニさん、これっていくらしたんですか?」

 エイナが薄いビスケットを齧りながら訊ねた。


「う~ん、こっちとは貨幣単位が違うんだけど、王国でいえば銅貨一枚半くらいね」

「はい?」


「聞こえなかった? だから、銅貨一枚半よ」

「えと、あの……ユニさん、私をからかってませんよね?

 王国だと一杯で銅貨五枚が相場ですよ」


「あー、うちの国は田舎だから、氷が高いもんね。

 帝国でもアイスはセレキアと同じくらいだったわよ」

「何でそんなに安くできるんでしょう?」


「そりゃ、氷が安いからよ」

「だって、氷は冬の間に池から切り出して、おが屑詰めにした氷室で保管するんですよね。

 設備と手間がかかるから、安くするなんて無理じゃありませんか?」


 ユニはきょとんとして、エイナの顔を見詰め返した。

「よりによって、あんたがそんなことを聞くの?

 セレキアは先進国よ。当然、魔導士だっているわ」

「それとアイスの値段が、どう関係するんですか?」


 ユニは溜め息をついた。

「エイナ、あんたねぇ~、ちょっと頭が堅いんじゃない?

 魔導士は戦争ばっかりしているわけじゃないのよ。

 帝国だって、軍の基準に達しない、民間魔導士がごまんといるわ。

 あたしたちみたいな二級召喚士が、軍に入らずに自活しているのと同じなの。

 あんた、もし軍をクビになったら、どうやって生きていくつもり?」


 エイナは言葉に詰まった。そんなことは、今まで考えたこともなかったのだ。

 ユニは畳みかける。

「あたしだったら、氷室屋に就職するのをお勧めするわね。

 あんた、氷結魔法が得意でしょう?」

「は、はい……」


「水さえあれば、いつでも好きなだけ氷が作れるじゃない。

 うちの国じゃ、十キロの氷が銀貨十五枚もするわ。

 あんたが氷結魔法でじゃんじゃん氷を作ったら、それだけで大儲けよ。

 はっきり言って、軍のお給料なんか目じゃないくらいに稼げるの! 分かった?」

「あ……」


「このセレキアじゃね、軍に入る魔導士なんか、ほんの一握りに過ぎないわ。

 ほとんどの魔導士は当たり前に社会で暮らしていて、人のためになることに魔法を使っているの。

 今、うちの国がやろうとしている魔導士の養成計画は、民生利用なんかはなから無視している。

 あたしはセレキアの方が健全で、正しい道を歩んでいると思っているわ」


 エイナの手から、食べかけのカップがぽろりと落ちた。

 ユニの言ったことが正論なのは、火を見るよりも明らかだった。

 情けないのは、自分の道が正しいかどうかの疑問を、これまで一度も抱いてこなかった、おのれの愚かさだった。


 蒼白となって黙り込んだエイナの肩を、ユニが苦笑を浮かべながらぽんと叩いた。

「そう落ち込まなくていいわ。

 マリウスやケイトは、全部分かっていてやっているのよ。

 今は帝国の圧力に抗するため、魔導士を軍事に全振りするしかないのが現実だわ。

 いつの日か、帝国のように多くの魔導士が育てば、自然に魔法の民間利用にだって目がいくはずよ。

 あたしたち召喚士だって、最初の二百年くらいは、軍に仕える以外の道が許されなかったの。

 二級召喚士に職業選択の自由が与えられたのは、その後の話だわ」


 ユニの顔から笑みが消え、その表情は真剣なものとなった。

「自分に与えられた使命を全うしなさい。

 爆裂魔法を手に入れ、王国の魔女となろうとも、ぐらついちゃだめよ。

 あなたの軌跡が、後に続く者たちの道しるべとなるの。

 しっかりしなさい!」


 肩を揺さぶられ、光を失っていたエイナの瞳に、次第に力が戻ってきた。

 エイナは「はい」と小さくうなずき、鼻をすすりあげた。


「えっと、何かアイスの値段の話が、えらく感動的になってきたんですけど……」

 気まずそうな表情で、シルヴィアが割り込んできた。

「みんな食べ終わったことだし、そろそろ本題に入りませんか?」


「あー、ごめんごめん。ついのっちゃったわ」

 ユニはぺろりと舌を出した。


「今日の行動計画だったわね。

 このセレキアは、あたしたちにとって、最後の補給地点となるわ。

 ここから南下しても、もう出くわすのは貧しい開拓集落ばかりで、店なんか存在しないの。

 だから、ここでしっかり準備をしなくちゃいけないわ。

 三人一緒に買い出しをしてもいいんだけど、それだと効率が悪いから、二手に別れましょう。

 あたしは旅に必要な物資を買い揃えるから、あんたたちはこれを手に入れてちょうだい」


 彼女はそう言って、一枚のメモを差し出した。

 エイナが受け取って目を通す。

「えと、あの……これって、お酒のリストですか?」

「あら、よく分かったわね。偉いわ。

 あたしたちがエルフの森に入るには、どうしても寂寥山脈に棲むドワーフの協力が必要になるの。

 あいつらの機嫌を取るには、酒が一番よ。

 だから、それを買い集めてもらいたいってわけ」


「お酒なら、確かレテイシア陛下から、高級なケルトニア酒を預かっていると聞きましたが……」

「あれは駄目! アッシュへの贈り物なのよ。

 ドワーフになんかもったいないわ。

 それにいくら高級酒でも、あいつらに一本だけ持っていっても焼け石に水よ」


「ああ、それでこのリストですか」

「そういうこと。それだって、一本あたり銅貨十数枚はする代物よ。

 いい? 予算は銀貨三枚だから、足を出さないでね。

 ケルトニア酒は最近品薄だって聞くから、手に入れるには苦労するかもしれないわ。

 頑張ってね」


「任せてください、ユニ先輩!」

 シルヴィアが〝どん〟と自分の胸を叩いて立ち上がった。


      *       *


 公園でユニと別れたエイナとシルヴィアは、セルキアの大通りへと戻った。

 もう十時を回っていたから、たいていの店は開いている。

 シルヴィアは意気揚々と胸を張って歩き、その後をカー君が呑気そうについていく。

 エイナはシルヴィアの横に並んで歩いていたが、あまり意気は上がらなかった。


「ねえ、シルヴィア。安請け合いしたのはいいけど、何か当てがあるの?」

「ないわよ」


 あっさりと答えるシルヴィアに、エイナの不安はますますつのる。

「ないわよって、どうすんのよ!」

「情けない声を出さないでちょうだい。

 簡単な話よ。お酒を買いに行くんだから、酒屋さんにいけばいいんだわ。

 こんな大きな街だもの、何軒か回ればすぐに揃うに決まっているわよ」


「そう上手くいけばいいんだけど……」

「大丈夫よ。ほら、あそこにあるの酒屋さんじゃない?」

 シルヴィアが指さす方を見ると、軒先に大きな酒樽が並んでいる店が見えた。

 多分、あの樽で量り売りをしているのだろう。

 二人はうなずき合い、その店へと向かっていった。


「すみませーん!」

 シルヴィアが店の中に顔を突っ込み、元気のよい声を出した。


「へい、らっしゃい!」

 すぐに愛想笑いを浮かべた店主らしい男が出てきたが、二人を見ると途端に渋い顔となった。


「お嬢ちゃんたち、お使いかい?

 悪いがうちの店じゃ、未成年に酒は売らないんだ」


「いえ、あたしたち、二人とも十九歳です。ほら、これを見てください」

 シルヴィアは、胸ポケットから入国許可証を出した。

 これはセレキアの城門で交付されたもので、身分証に記してあった氏名や年齢も記載されている。


 店主はしかめ面で書類を覗き込むと、どうやら納得したようだった。

 ちなみに、この世界では国によって違いはあるが、多くは十八歳から飲酒が許されており、セルキアもその例に漏れなかった。


「まぁ、成人しているならいいが、朝っぱらから若い娘が酒を買いにくるのは、おじさん感心しねえなぁ。

 それで? 何が欲しいんだい」

「これなんですけど、どれかありますか?」

 シルヴィアはユニに渡されたメモを差し出した。


 酒屋の店主は、それをひと目見るなり吹き出した

「悪い冗談だぜ!

 こいつはケルトニア酒でも、有名どころばかりじゃねえか。

 お嬢さん、けえんな! とんだお門違いだ」


 慌てたのはシルヴィアである。

「どっ、どういうことよ? あたしたちが小娘だからって、馬鹿にしてんの?」


 店主は笑い過ぎて、目尻に浮かんだ涙を拭い取った。

「あのなぁ、うちは市民相手にまっとうで手堅い商売をしているんだ。

 うちのお客は正直者の善人ばかりだが、たいした金は持っちゃいねえ。買うのは手ごろな焼酎ばかりさ。

 そりゃまぁ、たまの贅沢でケルトニア酒を買おうって物好きも、いねえことはねえがな」


 彼はそう言いながら、棚から琥珀色の液体が入った瓶を取り、二人の前に見せつけた。

「こいつがうちで置いている一番高いケルトニア酒だ。いくらだと思う?

 銅貨四枚だ。焼酎だったら五本は買える値段だぜ。

 それを女房が無事に子どもを産んだからって、なけなしの金を搔き集めて祝い酒に買っていくんだよ。

 お前さん方のメモに書いてある酒は何だ? 一本で銀貨五、六枚はする銘柄ばかりじゃねえか。

 そんなもん、百年経ってもうちの棚にゃあ並ばねえよ!」


 店を追い出されたエイナとシルヴィアは、呆然として顔を見合わせた。

 ユニから命じられた命題クエスト〝ドワーフ土産を手に入れろ〟は、出だしから躓いたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なんだか冒険の予感がするのぜ…! お使いの為の、人助けの為の、モノ探しの為の、バトルとかっていう、旧き良きJRPG展開とかワクワクしますの。魔法王の森の章がすげぇ長くなっちゃいそうですが…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ