EP20 ビジネスの瀬戸際
三日後。トウコとの約束の日。
取引現場として決めていた人気のない路地裏に、ジェシカと共にやって来た。
「なぁ、そろそろ機嫌治してくれよ」
横に立つジェシカに声をかけるが、つーん、と顔を背けられてしまう。
「悪かったって。勝手に取引決めちゃって」
相談なく取引を決めたことに腹を立てているようだ。
「販売はジェシカの領分だもんな。出しゃばって悪かったよ」
こちらに向き直ると、『そうじゃないよ』と言った具合にジェシカの頬が膨らむ。
「じゃあなんだよ?」
『悪い人だったらどうするの?』。そんな風に眉が顰められた。
「確かに善人ではないだろうけど、悪い奴じゃないと思う。それに、気さくで面白い奴だぞ? ジェシカもきっと仲良くなれる」
『そうやって、すぐ女の人に騙される』と言いたげに、溜め息交じりに首を振られる。おいおい、俺が女に騙されたことなんて……あるな。
「ま、まぁヤバそうな感じになったらジェシカだけでも逃げてくれよ」
そう言うと、むむむ〜っと頬をパンパンに膨らませ、『守るのはあたしの役目なの〜!』みたいにポカポカ叩かれた。
「ごめんて。今日の夕飯奢ってやるから許してくれよ。何食べたい?」
手がピタリと止まり、むむむ……と真剣な面持ちで考えた込んだのち、ジェシカは『四丁目に出来た新しいパスタ屋さんに行ってみたいな。いやでも、お肉も捨て難い……』みたいな表情をしていた。とりあえず機嫌は治ったようで一安心。
そんなことを話していると、前方からトウコが歩んで来た。背後に二人の男を従えている。
「おう、エンバーグ」
「どうも。って、あれ? そいつら……」
トウコの後ろに控えるのは、恰幅の良い髭面スキンヘッドに、ガリガリの髭面スキンヘッド。一目見てピンと来た。トウコと初めて出会った時、彼女を襲っていた男二人組だ。
「ん? こいつらはアタシの部下だ」
「部下に襲われてたのか?」
「……あー、ま、ちょっと仲間内のトラブルだよ。な?」
「ウ、ウス」
ガリガリの男は萎縮し切っている様子だ。たとえトラブルがあったとしても、ボスに襲いかかるとは到底思えない。それに、トウコは男達と面識が無いと言っていたはず。
……理解した。トウコは、俺と接点を作り出すために、揉め事の自作自演を行ったのだ。それを悟った途端、彼女に対する疑念が沸々と沸き起こってきた。
「じゃ、さっそくブツをくれよ」
どうする。このままトウコと取引しても大丈夫なのか?
横目でジェシカを見ると、小さく首を横に振るのが見えた。彼女も何か胸騒ぎがしているような顔付きだ。やはり、ここは手を引いておいた方が安全か。
「あー、悪いトウコ。やっぱり、取引は中止にしてくれないか?」
浮かべていた笑顔が消え、トウコの顔が曇る。
「あ?」
「悪いな。気が変わった」
鋭い目付き。全身から不穏な気配を滲ませる。呼応するように部下の男の顔も強張った。
「カネ、渡したよな?」
「もちろん返す」
ひりついた雰囲気のまま、トウコの口元が不気味に吊り上がった。
「一千万だ」
「は?」
「違約金も含め、一千万バックス出せば引き下がってやる」
「な、何を言ってるんだ?」
「これはビジネスだぞ? もう契約は結んだんだ。気が変わったから辞めます、なんて通用しない。辞めたいなら、それ相応の対価が必要じゃないか?」
この女。この状況を想定して先に金を押し付けたのか。金を受け取った時点で逃げられない運命だったのだ。
「もし断るなら……分かってるよな?」
トウコの手が腰に伸び、ナイフが引き抜かれる。反射的にジェシカも短刀を。一瞬遅れて、太っちょの部下も武器を手に取った。
一触即発の膠着状態。
まずいな。相手はBランク冒険者。数でも負けている。強化結晶でパワーアップしたとしても勝ち目は薄いかもしれない。
状況に絶望していると、トウコはおもむろに振り返り、怪訝な顔をガリガリ髭男に向ける。
「……なぁ、お前、なんで武器取らないんだよ?」
「え? い、いや、トウコさん一人でも十分勝てそうなので、自分は別にいいかなって」
「はぁ? つかお前よぉ、さっきから何黙ってるんだよ? アタシばっか凄んでバカみてぇじゃねぇか?」
お? なんだなんだ? 仲間割れか?
「い、いえ、トウコさんが喋ってるので、自分は出しゃばらない方がいいかなと……」
「あぁ〜? 部下なんだからよぉ、もっと後ろからよぉ、やいのやいの言ってくれよぉ!」
「トウコさん、必要なこと全部言ってくれるので……オレが言うこと何もなくて……」
「はぁ〜?」
やれ! 仲間割れしちまえ!
「お前、部下の補足が必要ないほど、アタシが頭良いと思ってんのか?」
「はい……」
「なんだとてめー!? アタシが頭良いってのかぁ!?」
なんで褒められて怒ってんだよ。
「お前ぇムカつくなぁ!? お前の鼻削ぎ落として、鼻無しにしてやろうかぁ!? あぁ!?」
トウコのナイフがガリガリ髭男の鼻頭を突つく。
そこで、太っちょ髭男が間に割って入った。
「トウコさん、落ち着いてくだせぇ」
「ハハハハ!? 落ち着けだとぉ!?」
あ、これキレるやつだ。バカな奴め。キレかけてる人間に『落ち着け』なんて火に油を注ぐようなもんだぞ。
「……それもそうだな。ここはひとまず落ち着こう」
落ち着いちゃったよ。
「大丈夫、ワタシは落ち着いてる。ワタシは落ち着いてる。ワタシは落ち……着いてる。ふぅ、落ち着いた」
くそが! 落ち着いてねぇで仲間割れしろよ!
「……あー、ダメだダメだ。やっぱりイライラが収まらねぇ」
よしよし。仲間割れして全員滅びちまえ。
トウコはガリガリ髭男に詰め寄ると、そのまま彼に殴りかかる——と思いきや、彼を素通りし、
「くそがぁ!」
なんと、路地の壁に向け、思い切り自分の頭を叩きつけた。
「くそが! くそが! くそがぁ!」
頭突き。頭突き。頭突き。
自身が傷つくのも厭わず、硬い壁に頭突きの連打。
額が切れ、血が吹き出し、紅の飛沫が舞う。骨と壁がぶつかる痛々しい音が路地裏に木霊する。
「お、おい、もうその辺に……」
「やめといた方がいい」
思わず止めようとするも、太っちょ髭男に制されてしまった。確かに、近づいたらこっちまで頭突きされそうだ。
「トウコさんはブチ切れると周りの物に頭突きする癖があるんだ」
ヤベーやつ。
「オラァ! オラァ!」
トウコは血塗れだ。たぶん、頭蓋骨も叩き割れてるんじゃないだろうか。
その異常な行動を、俺とジェシカは呆然と眺めることしかできない。
「クソがぁぁぁ……」
やがて糸の切れた操り人形のように倒れ込み、ぴくりとも動かなくなってしまった。ガリガリ髭男が悲痛な声を上げる。
「おい、これを見やがれ! お前のせいでトウコさんがこんなボロボロに!」
知らねーよ。俺のせいじゃねーだろ。
「あばばばばばばばば」
「やばい! トウコさんが泡を吹いて痙攣してる! これは今までで一番やばい!」
「……俺たち帰っていい?」
帰った。




