前編
私、マジェン王国第一王女付き侍女のアンナと申します。
実は、私、前世の記憶がございます。
日本というこの国よりもはるかに文明の進んだ島国で暮らしておりました。
その時の記憶によれば、ここは乙女ゲームなる物語の世界のようです。
と、いってもゲームの舞台は、マジェン王国ではございません。お隣の隣、ルグン国の学園で物語は進みます。
そんなに離れているのによく気がついたな、と思われるかと思います。
私が仕えている第一王女ヴィヴィアン・マジェン様の婚約者が、お隣の国カトレア王国の王太子となる方と決まっているのですが、このカトレア王国の第二王子レド様はその乙女ゲームの攻略対象なのです。
私は、ヴィヴィアン様が大好きです。ヴィヴィアン様には返しきれないくらいの大恩がございます。
ですから、ヴィヴィアン様には幸せになっていただきたい。
私は、微力ながらそのお手伝いをしたいと日々考えて生きております。
ヴィヴィアン様の婚約者は、カトレア王国の王太子となる方、しかし、まだその座には誰もついておりません。
カトレア王家には二人の王子、第一王子エドワード様、第二王子レド様がおりますが、カトレアの王はまだどちらを王太子とするか決めかねているようなのです。
第一王子エドワード様は、栗色のサラサラとした髪、同じく栗色の瞳の理知的で穏やかな方です。
第二王子のレド様は、カトレア王譲りの金髪、碧眼、さすが乙女ゲームの攻略対象といわんばかりの美貌。正義感があり行動力もある方で、まあなんというかカリスマ性溢れるお方です。
まあ、ここだけの話、いえ、ヴィヴィアン様に近い方なら誰でも知っていることですが、ヴィヴィアン様は第一王子エドワード様にとてもお熱なのです。
大体の女性は、エドワード様とレド様がいらっしゃったらレド様の方に夢中になるのですが、ヴィヴィアン様は初めてお二人にお会いしたときからエドワード様しか眼中にございません。
しかし、しかしです。確か、乙女ゲームのレドルートでは、レド様は留学先のルグン国の学園で平民ながら学園に通うヒロインと出会い、恋に落ちるのです。
このルート、エドワード様も登場されます。
王になりたいエドワード様はレド様を亡きものにしようと暗殺を何度も試みます。それにヒロインも巻き込まれてしまうのですが、その度に二人の愛は深まります。
恋のスパイス役ですね。
結局、エドワード様の悪事はバレて、生涯北の塔に幽閉されてしまいます。
レド様は晴れてカトレア王国の王太子となり、ヒロインと結ばれてエンディングを迎えます。
え、カトレア王国の王太子はヴィヴィアン様の婚約者ではないのかって?
ゲームでは、こんな感じで婚約は解消されます。
(以下、ゲームのテキストですわ)
「私、レド様の申し出を受ける訳にはいきません。あなたには、隣国の王女様がいらっしゃるではありませんか。私は、遠くからあなた様を想い続けます。それで充分なのです」
「そんなことを言わないでくれ、レティ。君がいなければ、毎日がまた灰色の日々だ。大丈夫、隣国には婚約解消の手紙を出すよ。きっと私たちの愛をわかってくれるはずだ」
「レド様っ」
「レティっ」
ひしと抱き合う二人。
ゲームをプレイしたときは、よかったね、幸せになってね、と思ったものですが、今となっては、ただ一言。
(てめぇ、ぶざけんじゃね~ぞ。一国の姫君との婚約だぞ? 手紙出すだけで解消できると思ってるとか馬鹿なの? 国と国との取り決めだぞ! 国益完全無視かよ。お前みたいな色ボケ、ヴィヴィアン様には不釣り合い! こっちから願い下げじゃ!)
……あら、失礼しました。
ちょっと言葉が汚くなってしまいましたわ、おほほ。
ギィィ、重そうな講堂の扉が開いてヴィヴィアン様が現れました。
(はぁ~、いつ見てもお美しい)
ヴィヴィアン様は、恐ろしいくらい整ったお顔立ちをしており、肌は白くスベスベ、深緑色の宝石のような瞳は吸い込まれそう、瞳と同じ深緑色の髪の毛はサラサラ、ともすれば冷たく映りがちなその容姿は、ほんの少しだけタレ目であることで絶妙な愛らしさを醸し出しています。
元々お美しいのですが、前世美容部員だった私の知識とテクニックで更に磨き上げ、他の追随を許さないレベルにまで達しているのです。えっへん。
「今日は特別疲れました。もうヘトヘトです」
「ヴィヴィアン様、本日も修業お疲れ様でございます。お部屋にお菓子をご用意しております。ゆっくりお過ごしください」
「ありがとう、アンナ。お茶は、この前アンナが用意してくれたカモマイルがいいわ」
「かしこまりました」
マジェン王国は、他国では既に失われつつある魔法がまだ息づいております。
マジェン王家は、特に強い魔力を持っておられる一族でございます。中でもヴィヴィアン様は、別格です。魔力が強いほど瞳や髪色に緑色がでるのですが、ヴィヴィアン様は、どちらも深緑色。
そのため、12歳のときから、魔の山にある神殿に籠り、魔力操作の修業をされています。
ヴィヴィアン様は第一王女であり、魔術師になるわけではないので、別にこの魔力操作修業は不要なのですが、ヴィヴィアン様たっての願いで行われているのです。
「だって、少しでもエドワード様のお役に立ちたいし、役立たずな女ではあの方の隣に立つ資格なんてないわ」
なんと健気なことでしょう。
そんな修業もまもなく終わります。16歳の誕生日の前日までなのです。
修業は終わりに向け厳しさを増しておりますが、もうすぐ4年振りにエドワード様にお会いできる!とヴィヴィアン様のテンションは爆上がりでございます。
しかし、もはや何も習うことがないのか、最近では、拷問術や自白術、呪いについて等物騒な術を習っていらっしゃるようです。
それ、一国の王女様にとって必要になるときはくるのでしょうか。
三週間後、ヴィヴィアン様は無事に修業を終えられ、城へ戻られました。
チート級の能力を携えて。
お部屋でヴィヴィアン様が、ご両親である両陛下にあうためにお支度を整えておりますと、私は、とある人物に呼ばれました。
セレナ、というヴィヴィアン様直属の影です。
セレナは、孤児でしたが、餓死寸前のところをヴィヴィアン様に助けられ、それからはヴィヴィアン様の狂信者です。ヴィヴィアン様の為ならたとえ火の中水の中、いつでも命を捧げる覚悟です、という、まぁ、私の同士ですわね。
「アンナ、久しぶり」
「セレナ、元気そうね。仕事は順調?」
ヴィヴィアン様が神殿で修業に入られてから、外界との接触は禁じられており、それは影も例外ではありませんでした。
そのため、セレナはじめヴィヴィアン様直属の影たちは王家所属になり仕事をしていました。
「順調よ。ったくなんて嫌みなの?自分だけ四年間もべったりヴィヴィアン様のお側にいて」
「だから、部署を選ぶ際、侍女はどう?って誘ったのに」
「それは、だって、私みたいな教養のない奴がヴィヴィアン様の侍女なんて勤まらないって思ったから……」
「ヴィヴィアン様、そういうの気にしないと思うけどね」
「そうかもしれないけど……。って、世間話しに呼んだんじゃないわよ」
「じゃあ、何よ」
「ヴィヴィアン様、今もエドワード様激ラブな感じなのかしら?」
「何いってるのよ、当たり前じゃない。それがあの方の修業を耐える原動力だったんだから」
「うん、そうだよね、うん」
セレナは何だかとても落ち着きがなくなってソワソワしています。
「まさか、エドワード様に何かあったの?」
エドワード様はレドルートで暗殺を試みるなど色々やらかしてしまいます。まだ、時期ではないと思っていたのですが、私の勘違いでもうゲーム開始の時期なのでしょうか。
嫌な汗がどっと噴き出してきました。
「二年ほど前から公に姿を見せなくなってるの」
「えっ?ご病気、とかかしら」
「どうも違うみたい。部屋に引きこもられて出てこないようなの」
ヤバイことをしはじめてるわけではないようなので、少しホッとしましたが、引きこもりですか。これはこれでまずいですね。
「ヴィヴィアン様、エドワード様がそろそろ会いに来てくれるはず!と毎日あれこれ妄想してるのに、引きこもってたら、絶対来ないじゃないのよ」
ヴィヴィアン様とエドワード様は、出会った当初からお互いに好意を持っており、ヴィヴィアン様が修業に入られる前にお手紙を寄越されて、修業を終えて城に戻ったらすぐに会いに行くとおっしゃっていたのです。
「いずれヴィヴィアン様から、エドワード様はまだかしら?と聞かれると思うけど、どうしよう」
「どうしようって、そんな。セレナ、どうしましょう」
ヴィヴィアン様が悲しむことが絶対ないようにするのが私のすべきことですが、どうしたらよいのかわかりません。
しかし、事態はすぐに動き出しました。
両陛下への帰城の挨拶をした際、ヴィヴィアン様が直接お尋ねになったのです。
どう答えたものかと、お二人が顔を見合わせていると、何かあると気付かれたヴィヴィアン様が、兄君であるグランド様に向き直ります。
「お兄様~、何かご存知ですか?……隠さないで教えてくださいませ」
笑顔とは裏腹に声がものすごく低くなっております、ヴィヴィアン様。
「待て、落ち着け、ヴィヴィアン」
「私、落ち着いてますわ。まさか、エドワード様、他の方を好きなってしまったの? いえ、4年も会っていなかったんですもの、もう結婚、してるとか?……いやだ、相手の女、どんな方かしら。私のエドワード様に手を出すなんて地獄に何度叩き落としてもまだ足りないわ」
ヴィヴィアン様、想像がどんどん膨らんでいるようです。架空の結婚相手への復讐方法を検討しはじめました。
「さ、寒い。ヴィヴィアン、止めろ。皆凍えてしまうぞ」
部屋の温度が下がっております。
比喩ではなく、実際に部屋の温度が急激に下がっております。
怒りのあまり、魔力放出されているようです。無意識に氷魔法が発現し、部屋にダイヤモンドダストが舞っています。
「ヴィヴィアン、大丈夫だ。エドワード殿はお前を捨てて結婚した訳ではない」
「?」
「ただ、数年前から、公に姿を見せず、部屋に引きこもって出てこない、とのことだ」
「……本当ですの?」
「あぁ、本当だ。お前の考えているような事は何もない!だから、温度を上げろ!」
あ、急に暖かくなりました。よかったです。
「引きこもり、ですか。何かご事情がおありですのね。」
ふんふんと、頷きながら何か考えておられます。
「会いにきてくれないなら、こちらから向かうだけのこと、ですわね。お父様、すぐにカトレアへ向かいます。よろしいですわよね?」
「お?いや、しかし」
「よ・ろ・し・い・ですわよね」
笑顔で凄まじい圧です。まあ、でも、国王様はヴィヴィアン様に激甘ですから。
「……失礼のないようにな」
「はい、お父様、ありがとうございます!ふふ、待ってて下さい、エドワード様!」
そこから、異例の超スピードで支度が進められ、あっという間にカトレア王国へ向かう事となりました。
馬車の中で、ヴィヴィアン様は一言も発しません。
ずっと窓の外を見ておられます。
カトレア王国の城に来るのは久しぶりです。
ヴィヴィアン様のお父上、マジェン国王と、カトレア王国の国王は、御歳が同じであり、また互いの国に留学したこともあり、大変仲がよろしいのです。ヴィヴィアン様が幼い頃は頻繁にカトレアに遊びに来てご家族ぐるみで親しくしておりました。
「カトレア王国、ザガン陛下、レナ妃殿下にご挨拶申し上げます」
「ヴィヴィアン、久しぶりだね。堅苦しい挨拶は必要ないよ、顔をあげなさい。修業を無事終えたとのことお疲れ様」
「ありがとうございます、陛下」
「ヴィヴィアン様、お久しぶりね。この席からあなたに会うのは初めてね」
そう声をかけられたのは、レナ妃殿下です。
この方は、レド様の母上であり、もとは側室でしたが、数年前にエドワード様の母上である正妃様がお亡くなりになられて、正妃へと格上げされたのです。
「レナ妃殿下」
ヴィヴィアン様は、丁寧にお辞儀にされます。
「レドは、今、ルグン国に留学しているの。せっかく来てくれたのに会えなくて残念ね、でもゆっくりしていってね、カトレアに来るのは久しぶりでしょう」
「あの、エドワード様は?」
ヴィヴィアン様、ぶれませんね。
レナ妃殿下は、扇でさっと口許を隠すと困ったように笑いました。
なんだか嫌な感じです。
「エドワード、ねぇ。あの子ったら、部屋に籠ってずっと出てこないのよ。ほら、みんな後継にはレドがよいっていうものだから、出てきづらいのよ、ね。困ったわ。それより、レドのことよ。ヴィヴィアン様、レドにあったらびっくりするわ、とっても素敵なの。あなたとお似合いだと思うわ」
ヴィヴィアン様、薄く微笑んでます。
多分、ブチキレたいのを我慢してますね。
エドワード様のことを悪く言われて、食って掛かりたいでしょうに。
「あら、そうなんですか?でも、引きこもられていても会いに行くのは自由ですよね。今、エドワード様は離宮にいらっしゃるのですね? それでは、失礼いたします」
ヴィヴィアン様は、お辞儀をしてさっさと退出されます。
退出したその足で、離宮に向かわれました。
「離宮、こんなに暗かったかしら?」
「いえ、以前お付きで来たときはもっと手入れされていたように思いますが」
エドワード様が籠っているという離宮は以前と比べ、手入れもされておらず、使用人もほとんどいないようで不気味な雰囲気を漂わせています。
玄関でエドワード様付きの従者が出迎えてくれます。
「ヴィヴィアン様、ご無沙汰しております。ご健勝でなによりでございます」
「久しぶりね、早速だけれど、エドワード様の所に案内してもらえるかしら?」
「申し訳ございません、それは出来かねます。エドワード様はどなたともお会いになりません」
「エドワード様は、私がカトレアに来たことをご存知なのかしら?知らないなら、伝えてくだされば、きっと会ってくれるわ」
従者は、首を横に振ります。
「エドワード様は、ヴィヴィアン様がカトレアに来ることをご存知です。その上で、お会いにならない、と」
「そんな」
ヴィヴィアン様は絶句しています。
それはそうです。ヴィヴィアン様は、他の誰に会わなくても自分だけは特別に会ってくれると考えていらしたのですから。
しばらく、ヴィヴィアン様は俯いていらっしゃいました。
あぁ、侍女として、こんな時何かお声をかけなければ。




