洋館の主。
さわさわさわ──
「……」
優しい風が吹いた。
ヒラヒラと、桜の花びらが紫子さんの頬くすぐった。
紫子さんは、呑気にふふふって笑った。
怒られるとも知らずに──!
けれど紫子さん、怒られなかった。
洋館の《主》は、そっとその花びらを
細く長い爪と爪の間で器用に挟んで、
優しく取り除く。
……………………?
《細く長い爪と爪の間》!?!?!?
瑠奈さんは、硬直する。
「……」
洋館の主。
黒い影の、でっかい奴。
それからそれから、
細く長い爪を持つ。
キラリ……とその目が光った。
桜の木の影から、ギラリ……と緑色に輝くその双眸!
──緑色の目!?
…………しかもその目は、《人》のそれとは違う。
ギョロリと大きいその目の中には、サックリ切ったような細く真っ黒な瞳が居座っている。
その目で見られて、瑠奈さんは、思わず息を呑む。
目の前の生き物は、明らかに人ではない……!
「……」
見たことのない、でっっっっかい…………クマ?
「……っ、」
瑠奈さんの喉が、ヒュと鳴る。
でっかいクマに、紫子さんが食べられちゃう!?
オムライスを食べるどころか、
紫子さんが昼食に……!?
「うわあぁぁあぁ…………!!」
『!?』
瑠奈さん、パニック起こして叫び出した!
ぐるぐる手を回しながら、《クマ》を威嚇する。
「やめてやめてやーめーてえぇぇぇ……」
泣きじゃくりながら、紫子さんの側に走り寄った。
《クマ》は驚いて、てとてと……と後ろに下がる。
「紫子さん! 紫子さぁん……」
必死に紫子さんを揺さぶった。
「う……ん……?」
紫子さんが目を覚ます。
うーん! と伸びをして、まだ眠たそうに目を擦った。
それから瑠奈さんに気づいて、花のように微笑んだ。
いやいやいやいや……それどころでは、ありません。
《クマ》が驚いている隙に、逃げるべきです!
瑠奈さんは、口をパクパクとさせながら、
必死に紫子さんを立たせようとしますが、
紫子さんは、意味が分からないようで、
相変わらずニッコリと笑いながら、
こてり……と首を傾げました。
「!」
それからポン! と手を叩くと、手に持った花の冠を
瑠奈さんに被せてあげました。
「……」
紫子さんの作った、優しい香りのするシロツメグサの
可愛い冠。
紫子さんとお揃いの、
白い冠。
被せると紫子さんは、微笑んだ。
よく見ると、桜の木の下は、見事な見事なシロツメグサ。
柔らかい緑の絨毯に、可愛らしい白い花。
もしかして、なかなか帰って来なかったのは、
この冠を作るため……?
ふわふわのクローバーに包まれた、紫子さん。
そこに座る紫子さんは、
まるでどこかの、お姫さまのよう。
「……」
思わず瑠奈さんは、
紫子さんに見とれたの。
その横で、大きな大きな《洋館の主》は、
大きな手をパタパタと はたいて、喜んだ。
「………………」
瑠奈さんは、顔をしかめる。
『…………、』
《クマ》は神妙な顔をして、手をとめた。
そして頭を垂れると、自分のしっぽを掴む。
──しっぽを掴んだ!?!?
瑠奈さんは、目を丸くする。
《クマ》だと思ったけれど、どうやらソレは
《クマ》ではない。
ぎゅっと握るそのしっぽは、長くふわふわで
《クマ》のそれとは違う。
ソレが、何なのかは分からないけれど、
どうやら襲っては来ないらしい。
瑠奈さんは、ホッとして
恐る恐る頭を下げてみた。
行方不明になっていた紫子さんを
見守ってくれていたことには変わりない。
何者なのかは分からないけれど、お礼はするべき?
と、瑠奈さんは、思う。
お辞儀をすると、《クマみたいなの》も
嬉しそうにお辞儀する。
そいつがニコニコ笑ってる隙に、瑠奈さんは、
紫子さんを引っ張った。
紫子さんは、ハッとして、
《クマみたいなの》のしっぽを引っ張った。
「!?」
瑠奈さんは、もちろん目を見張る。
瑠奈さんが、紫子さんを引っ張ると
紫子さんは、《クマみたいなの》を引っ張る。
《クマみたいなの》は紫子さんに引っ張られると
とても嬉しそうに、てとてと……とついて来る。
「……………………」
どうやら紫子さん、
その《クマみたいなの》を《拾った》つもりらしい。
「だ、ダメよ? ダメだからね? コレは飼えませんっ!!」
そう言うと、紫子さんは、震え出す。
フルフル震えながら、《クマみたいなの》を振り返った。
『……にゃあ』
「!?」
《クマみたいなの》が《ネコみたいな声》をあげた。
まるで紫子さんを諭すような《にゃあ》。
「……」
悲しげに見つめ合う、一人と一匹(? 一頭?)。
けれど紫子さんは、
渋々その手を離した。
どうやら二人(?)は、意思疎通が出来るようだった。
「……」
一人、取り残されてしまった瑠奈さん。
けれど、ひとまず帰れそうなので、
あまり深く考えないようにした。
それから、とどめの一言を言うために、
瑠奈さんは、口を開く。
──「紫子さん? オムライスが冷えますよ?」
「!」
ぴくり……と反応する、紫子さん。
仕方がない……とばかりに、
《ネコみたいな声を出したクマみたいなの》に手を振った。
しょうがないね……と笑って、
《ネコみたいな声を出したクマみたいなの》も手を振った。
そして紫子さんと瑠奈さんは、
無事にアパートへ帰ることが出来たのでした。
帰ってから食べたオムライスは、完全に冷えていて、
ムッとする紫子さんの為に瑠奈さんは、
オムライスを、温め直してあげたのだけれど、
おかげで、ふわふわではなくなったオムライスを前に、
紫子さんは、悲しげな表情を顔に貼り付けて、
もくもく、黙々と、静かに静かに、
遅めの昼食を、食べたのでした……。
さてさてコレで、
《紫子さんと、オムライス》のお話は、
おしまい。おしまい。
けれど
× × × つづく× × ×
だってコレ、《企画シリーズ》にするんだもん。
次回は夏ホラー? に《× × × つづく× × × 》。
……………………多分ね。