桜。
ひらひらくるくる。
桜散る。
桜散る春。
朝日降る。
……朝日はとっくに過ぎて、もうお昼の時間。
それなのにまだ、紫子さんは、見つからない。
紫子さんは、どこかしら?
ホントにここに、いるかしら?
「……いなかったら、どうしよう」
瑠奈さんは、呟く。
本当に、お巡りさんのお世話になるのかしら?
もしかして、……もしかして、
誘拐されていたらどうしよう!?
いやいや、そんなハズはない。紫子さんは大人だから。
危なくなったら逃げるハズ。
……逃げてくれたらいいなと思う。
まさか……ついてったりしていないよね?
「……」
大丈夫とは思っても、不安は後から後から湧き出てくる。
泣きたくなって川を見る。
川の桜は、少しずつ、その数を増やしていく。
近くに住んでいて気づかなかった、こんなに綺麗な桜の花……。
瑠奈さんは思う。
知っていたら、当然紫子さんを連れて来た。
桜の木の下でシートを敷いて、
キラキラ白く光る日差しの中で、
雪のように降る桜と一緒に、ご飯を食べるの。
サンドイッチとおにぎりと
それからナポリタンに唐揚げ。
紫子さんは、子どもみたいなオカズが好きだから
たくさん食べてくれるに違いない。
デザートにはイチゴとオレンジ。
それから缶詰めの桃!
桃は痛みやすいから、生クリームとあえて
サンドイッチに挟むのもいい。
それともゼリーにしようかしら?
そんな事を、ぼんやりと考えた。
「……」
だけど、紫子さんはいない。
肝心の紫子さんが行方不明。
いないのに、ピクニックの計画なんて……。
瑠奈さんは、ぼんやり前を見る。
どうしたらいいのか、分からない。
誰かに助けて欲しくて、
誰に言えばいいのかも分からない。
小さく小さくため息を吐く。
そしたら目の前に、
大きな大きな桜の木のてっぺんが見えた。
「!」
魔女の手のような、ゴツゴツした大きな大きな枝垂れ桜。
桜は普通の桜より、濃い薄紅色をしていて
とても目を引いた。
桜は多分、それ一本?
これほど大きな桜の木。
何故今まで知らなかったんだろう?
これほどとなると、
きっと商店街のおじちゃんおばちゃん達が、黙っていない。
絶対に、宣伝に使うはず。
それなのに……。
瑠奈さんは、そんな話は聞いたことがない。
確かに随分歩いたけれど、
商店街からそれほど離れてはいない。
人寄せにはもってこいの、大きな枝垂れ桜。
けれど辺りには誰もいなくて、ひっそりと咲き誇る。
不思議に思いながら、瑠奈さんは、
その大桜の側へとやって来た。
大桜は、小高い丘の上に生えていた。
周りに緑眩しい芝生が青々と茂っている。
随分と綺麗に手入れされていて、
近くには可愛い洋館が建っていた。
「……なるほど」
瑠奈さんは、すぐに理解する。
ここは、個人の家だ。
さすがのおじちゃん達も、私有地には踏み入れられない。
立派な桜の木だったけれど、諦めたのに違いない。
悔しげなおじちゃん達の顔が浮かんで、
瑠奈さんは少し、可笑しくなる。
さわさわさわ……。
「……」
風が吹いた──。
大桜は、さわさわと優しい音を立てる。
サラサラと桜吹雪が舞散った。
息を呑むほど綺麗だった。
「……! あ。」
いた──!
瑠奈さんはついに、紫子さんを見つけた!
大きな大きな桜の根元!
微かに見えるあの足は、確かに紫子さんの足だった。
「……っ、」
瑠奈さんは、ドキリとする。
え? 死んでいるからだって?
違う違う。
紫子さんは、ちゃんと生きています。
そうではなくて、ここは
私有地なのです。
入ってはいけないのです。
それなのに、紫子さんは
堂々と昼寝をかましているんです。
でっかい桜の木の根元で。
桜の木は、とてもデリケート。
根元は踏んではいなけないの。
特にこんな大きな桜なら、なおのこと。
だから瑠奈さんは、青くなった。
早く紫子さんを起こして、家へ帰ろう!
そう思って近づいて、
再び瑠奈さんは、青くなる。
誰かいる……!
紫子さんと、別のナニカ……。
瑠奈さんは、固まった。
黒く大きな影が、紫子さんの近くにいる……!
おそらくそれは、ここの主に違いない。
きっと紫子さんは、怒られる!
瑠奈さんは、ゴクリ……と唾を飲み込んだ。
× × × つづく× × ×