川岸。
…………結論から言うと、紫子さんはいなかった。
サラサラと流れる川はとても綺麗で、濁りひとつない。
透明な緑がかったその川は、
近くの山から流れてきていて、とても冷たい。
湧き水が豊富なこの土地にあってもなお、
地元では美しいと言われる、有名な川。
夏になると近所の子ども達が遊びに来て、
とても賑やかになる。
当然その中に、紫子さんも入っている。
だけど今は、誰もいない。
紫子さんも見当たらない。
瑠奈さんは、悲しくなる。
「紫子さんなら、きっといると思ったのに……」
瑠奈さんは、ぽつりとそう呟いた。
紫子さんは、川が大好きだ。
いつだったか、川で泳いでいるアカハライモリを見つけて
捕まえる! と大騒ぎをした事があった。
イモリはとても速くて捕まらない。
捕まえられなくて、紫子さんはガッカリしたけれど、
瑠奈さんは、ホッとした。
紫子さんは、なんでも捕まえて来る。
だけどイモリは、勘弁して欲しい。
爬虫類? 両生類? は、瑠奈さん、得意じゃない。
そんなわけの分からない紫子さん。
野放しにしてはいけなかったのに、つい目を離してしまった。
コレは困ったゾ。
紫子さんを完全に見失った。
瑠奈さんは顔をしかめて焦った。
なんであの時、追い出してしまったんだろう?
ひと言、『この部屋にいてね』って言えば良かったのに……。
後でオムライス作ってあげますよ……って
言えば良かったのに。
「……」
近くでケロケロ……と、カエルが鳴いた。
瑠奈さんも、泣きたくなった。
紫子さんの大好きな、オムライスを作ったのに。
バターたっぷりの、ふわふわオムライス。
いつもなら、コンコンって玉子を割る音だけでも
嬉しそうに、飛んで帰って来てくれたのに。
今日は何故、帰ってこないの?
見つけられないくらい、遠くまで行ってしまったのかしら?
いつもなら、庭の芝生の揺り椅子に腰掛けて、
ユラユラ揺れながら、眠っているハズなのに……。
長いシルクのような、漆黒の髪をサラサラと流して、
紫子さんは、揺り椅子に揺られながら、
すやすや眠るのが、とても大好きだったじゃないの……。
きっともう、オムライスは冷えてしまった……。
「……」
瑠奈さんはしょんぼりする。
紫子さんがオムライスを頬張る姿が見たかった。
ホカホカふわふわオムライス。
ギュッとお匙を握りしめて、
紫子さんはオムライスを食べる。
にっこり笑う、その頬に
いつもケチャップが少しくっついて、
可愛いくて可愛くて、仕方がない。
今日も当然、見られると思ったのに……。
瑠奈さんの落胆は大きい。
キラキラ光る小川の水が、ひどく心に突き刺さる。
あんなにキツく、言わなくて良かったのに……。
「……?」
瑠奈さんは、ぼんやり眺めた小川の水面に、
小さな小さな紙切れを見つけた。
「……? 紙?」
けれどその《紙》は、よくよく見ると、
川にはたくさん流れている。
なんで気づかなかったの……?
瑠奈さんは、目を凝らして見た。
その淡く桃色の、小さな小さな紙切れを。
「!」
そして瑠奈さんはハッとする。
紙切れなんかじゃない!
《桜》だ──!!
《桜》は、紫子さんの大好きな花のひとつだ。
……というか、紫子さんは春生まれなので
春の花は、なんでも好き! と言って笑った。
菜の花も、レンゲ草も、
シロツメグサもスミレもチューリップも。
中でも桜は特別だ。
ヒラヒラと舞う桜の花の寿命は短い。
けれどおかしい。
この近くに、桜なんてあったかしら?
首を捻る瑠奈さんは、その時ハッと思い当たる。
だったらそこに、紫子さんが
いるかも知れない──!!
「!!」
やっと見つけた紫子さんの足跡。
瑠奈さんは、祈るように桜の花びらに沿って、
川を登り始めた。
今度は、今度こそはいるかしら?
いなかったらどうしよう?
そしたらお巡りさんに、電話しよう……。
そんな事を考えながら、川を登った。
× × × つづく× × ×