風邪とカレー。
目が覚める。
歩道を我が物顔で闊歩する鶏の鳴声が耳障りだ。
ここで暮らし始めてから約2ヶ月と半月、生活にも慣れてきて、日々を楽しむ余裕も出てきた。
ペラペラの掛け布団を肩まで引き上げる。いくら年中暖かい地域とはいえ、今月でカレンダーは10枚目に突入しているのだ。朝晩は多少冷える。
昨日から喉を痛めている。時世柄、好ましくはない。
喉の痛みは少し引いていた。
ベッドの脇のテーブルからスマホを拾い上げ、時間を確認する。
12時半。
昨晩は地元の友人と朝5時までゲームをしていた。睡眠時間はほとんど7時間。大体適切な時間だ。
そのままSNSアプリを開き、トレンドと通知を確認する。
推し絵師様の呟き通知、私のくだらない呟きへの反応。
トレンドには、最近一周年を迎えたソーシャルゲームのアイテムの名前。あぁ、抱き合わせはこれか。私もプレイしているが、このアイテムのこうかはなんだったか。
別のアプリの通知を確認し、ソーシャルゲームへのログインも済ませた。
さて、そろそろ起き上がって何か食べよう。
ベッドの縁に腰掛け、サンダルを履く。ここでは基本的に室内では靴の類は履かないらしいが、裸足や靴下のまま歩くのは少し抵抗がある。廊下など、埃と砂まみれで裸足で歩こうなど想像すらしたくない。
とりあえず米でも炊こう。
そう思って立ち上がった時、目眩と倦怠感が私に襲いかかった。
すとん。落ちるようにベッドに腰を下ろす。
あぁ、風邪か。
どうも昨日の喉の不調は風邪の前兆だったようだ。
それにしても懐かしい感覚だ。頭に軽い浮遊感がある。
はは、久しぶりだなぁ。
独り言を口から溢そうとした。が、掠れた息の音だけが頭の中に響いた。
声が出ない。昔から喉だけは強かったはずなんだけどなぁ。
とはいえ今日は日曜日だ。学校はもとより、誰かと会う予定もない。
そもそも、休日にわざわざ遊ぶような友人など、故郷ならばいざ知らず、ここには居ない。
「けほ」
咳は出た。声は出ないくせに。咳の音だけははっきり聞こえるのは何かに皮肉だろうか。
今日は部屋から出ずに1日を過ごそうか。
目眩に耐えて、立ち上がる。
冷蔵庫に寄って、中から冷えた水を取る。
ミネラルウォーターのペットボトルに入ったただの水道水だ。
ごくり。
そういえば、冷たい水は喉には良くないらしい。
昨日、友人が某Dから始まるアプリのチャットで教えてくれた。
思い出したが後の祭りだ。仕方ない。
水を片付けるついでに、何を食べようかと冷蔵庫を覗く。
なにもない。強いて挙げるなら仲のいい先生から貰ったマスカットくらいのものだ。
ここまで食べ物がないと如何ともし難い。
仕方ない、家から出たくなかったが買い物に行こう。
思い立ったが吉日、すぐ行動に移さなければ面倒臭くなってしまう。
顔を洗って服を着替える。
肩掛け鞄に折りたたみのマイバッグ、財布、スマートフォンを詰める。
眼鏡をかけ、部屋の鍵を手に取って、持ち物を反芻する。
髪を整えたり結んだりするのも怠い。近所の店に行くだけだし、風邪の日くらいは怠けてもいいだろう。
部屋から出て、外付けの階段を降りる。
自転車に跨って、道に出る。
段差を越えるたびに頭の奥に鈍い痛みが走る。これくらいは大した問題では無い。
しばらく道沿いを走って、信号を渡る。
そして到着。
いくつかの店や銀行が固まっている比較的小規模な商業施設だ。
自転車を適当なところに駐める。この辺りの店には大抵駐輪場がない。
坂の多いこの辺りで自転車に乗る奇特な人間などそう居ないから仕方ないけど。
まずは日本で有名なDから始まる某100円均一店に入る。
といっても、ここでは100円均一ではなく1.5ドル均一である。
200円商品は3ドルだし、500円商品は6ドルだ。
この店に来た目的は目安計を買うことだ。
先日焼豚を作った際、グラム表記の分量を量る必要があったのだが、私は重量を測れるものを持ち合わせていないことに気づいた。
結局その時は、大さじ辺りの重さを調べてことなきを得た。
がしかし、目安計はあれば便利だろう。
ついでにフライ返しと卓上棚を購入した。
これで4.5ドルだ。
そのまま、これまたDから始まる某激安の殿堂に足を運ぶ。
いやはや私の周りにはDが溢れている。
私の住んでいる地域の激安の殿堂では、「どんどんどん、鈍器」などという物騒な歌は流れて居ないし、よくわからないパーティグッズやアダルトグッズなどの販売もされていない。少し品揃えの多いスーパーマーケットといった感じだ。
ここで晩飯の材料を買うことにした。
家にまだ、玉ねぎがひと玉ある。今日はカレーライスにしよう。
カレーライスとは非常に都合の良い料理である。
基本何を入れても美味いのだ。
だけど今日は時間がある、のんびりと料理をするのもなかなかに乙なものだ。
そんなことを考えながら、人参にジャガイモをそれぞれ一つずつ買う。
一人暮らしでまとめ買いなどしても腐らせるだけである。たいして値段も変わらないのでバラで買うに限る。
ついでにコカコーラも買っていこう。たまの贅沢だ。
喉の調子に未だ一抹の不安が残る、のど飴も買おう。
そして主役の肉だが、牛肉などという高級食材は買えない。
目についた豚を買う。パッケージには「spareribs」と書いてあった
なるほど、スペアリブか。私の料理に関しての知識は少ない。だから、その言葉が何をさすのかイマイチわかっていなかった。
会計を済ませ、帰路に着く。
相変わらず段差で頭の奥が痛む。しかし風邪なのだ、仕方のないことである。
あいも変わらず歩道には立派な鶏冠を携えた茶色の鶏が、子供を数匹引き連れている。
姿だけであればなかなかに愛らしい。私からの是非とも静かにして頂きたいものだ。
帰宅し、すぐに料理に取り掛かる。
だらだらと買い物をしたせいでもう日が傾き始めている。
カレーライスにおいて大事なもの、それは米だ。
普段は1合で炊くが、今日はカレーライスだ。特別に2合炊く。
余ったら翌日にでもチャーハンにして食べればいいのだ。
格安の米米。誤字ではない。アメリカの米国の米、という意味だ。
120mlを3回測って炊飯釜に投入。そのまま流しで握るようにして米を研ぐ。
2、3回研いだら、2合の線の僅かに上まで水を入れる。
カレーの時のご飯は柔らかめがいい。これは私のちょっとしたこだわりだ。
炊飯器に釜を入れ、炊飯予約1時間と半分。
本当は1時間15分くらいが丁度いいのだが、一週間で辞めたバイト先のおばちゃんに貰った旧式の炊飯器では30分単位でしか設定ができない。だが貰い物だ、我儘は言えない。ありがとうおばちゃん。お陰で美味しいご飯を食べれているよ。
米の準備ができたら、次はカレーだ。
玉ねぎの上下を切り落とし、皮を剥く。
ひと玉は多すぎるから、半分はラップで包んで冷蔵庫行きだ。
適当に薄切りにしていく。櫛切りにしないのは、先日玉ねぎを櫛切りにしている最中に左手の人差し指と中指を切りつけてしまい、苦手意識が精製されたからだ。もともと器用な方ではない。
カレーを作れるのが売りの深めのフライパンに適当に植物油を投入。少し待って切った玉ねぎを入れる。
電熱線式のコンロというものは非常に使い勝手悪い。油が温まるまでの時間は長いし、火を切ってもしばらくは加熱され続ける。同じ道理で、火力の切り替えにも時間差が出る。カセットコンロの購入を検討するレベルで使いづらい。
玉ねぎを投下したら、その隙に人参とジャガイモの皮を剥く。
主婦力の高い人なら包丁で剥くのだろうが、あいにく私にそんな技術はない。100円均一店で買った安っぽい白色のピーラーで皮を剥いていく。値段と見た目の割に案外綺麗に剥ける。さすがは天下のD社。
皮を剥いたら小さめに切っていく。
玉ねぎが透明に近い色になったら人参とジャガイモを投げ入れる。別段投げ入れる必要はない。
ここで大蒜を入れ忘れたことに気がついた。チューブの大蒜を入れる。
そして肉だ。切ろうとすると、がり、とした手応えがあった。何かと思えば骨だ。
私は肉や魚の骨が大嫌いである。先述した通り、不器用な私には骨を避けて食べるのが難しいのである。その上面倒くさがりだ、某KFCのチキンでさえ骨なしを頼む始末だ。
だが買ってしまったものは仕方ない。それに、食事中に避けるのが面倒なだけで、調理中であれば些細な問題だ。
骨を取ったら一口サイズに切って投下する。
肉の表面に焼き色がついたら、水適量と料理酒適当、蜂蜜適量を鍋にぶち込む。私は未成年なので購入出来ないが、料理酒の代わりに赤ワインを入れても美味しいと思う。
蜂蜜は肉の硬化を防いでくれて、まろやかさも足してくれる。
そしたら沸騰を待つ。沸騰して暫くしたら灰汁が出るから、それを取って5分ほど煮込む。
そしたらカレールー、今回はコクのあるまろやかなルーを使う。大体3皿分くらいなので箱の半分の半分でいいだろう。
ルーを溶かして、また5分ほど弱火で煮る。
五分経ったら一度火を止める。
カレーはこのまま、米が炊ける5分前まで放置だ。
炊飯器を見やると炊き上がりまで35分となっていた。
待ち時間で漫画でも読もうか。小説を読むには短いが、30分あれば漫画は一冊読み切れるだろう。
タブレットを手に取り、密林社の電子書籍リーダーを起動する。
いやはや電子書籍というのはいいものだ、いつでも読めてコンパクトだ。
本当なら転居の際に数多の紙の本をまとめて持ってきたかったのだが、流石に渡米となるとそうもいかないのだ。
そしてこちらで紙の、日本語の本など殆ど売って居ないのだ。
ホーム画面をスクロールし、選んだ書籍は「ささやくように恋を唄う」だ。
竹嶋えく先生による純愛ラブコメディである。まだ読んでいない方はぜひ読んで欲しい。
約30分間幸せに浸り、読み終える頃には米が炊けるまで残り5分となった。
さっき火を止めたカレーを温め直す。
そして米がた炊けたならば丼の左半分にご飯をよそい、右半分にカレーをかける。
カレーライスの完成だ。
先程買ったコーラを、と言いたいところだが私はカレーには水派だ。冷えたペットボトルを用意して、掠れた声でいただきます、と言う。
習慣化してしまったので1人でもつい言ってしまう。悪いことではないだろうから、治すつもりもない。
うん、美味い。やはりカレーライスとはいいものだ。体調が多少悪くても美味しく食べられる。
そのまま、食の幸せを貪った。
明日の晩御飯に悩んでいる貴方へ、カレーライスはいかがだろう。
カレーライスはきっと、貴方を幸せへと導いてくれるだろう。
風邪の日に食べるカレー、美味しいんですよね。冬ならシチューの方がいいと思います。
思いついたので書いてみました。日記みたいなものです。随筆と言ってもいいかもしれません。
徒然なるままに、ある風邪の日の出来事をここに書き記さん。みたいな。
余談ですが、私はカレーライスを食べる時の米は左派です。スプーンを使うのが下手なので、壁がないと上手く掬えないんです。みなさんは左右どっちに米を置きますか?
ちなみにシチューは米よりバゲット派です。
また書きたくなったら、日記みたいな私小説も書くことがあるかもしれないので、その時はよろしくお願いします。以上、風邪で声が出ない瀬野でした。