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「とうちゃーく!」
遊園地に着くや否や風花が手を振り上げて叫んでいる。
「高3にもなって騒ぐなよ。探偵たる者、常に思慮深くだ」
「わたしは探偵じゃないでーす」
それに、と風花はニヤニヤ笑いながら言う。
「そんなこと言って、鈴もはしゃぎたいくせに」
そ、そんなことない。
風花の追及から逃げるように視線を泳がせ、周囲を観察する。私は探偵だからな!
「それよりさー」
私が何か話を逸らせる物がないかとキョロキョロしていると、風花の方から話題を切り替えてきた。
「相変わらずのその服、どうにかならないの?」
「服?」
私の服か?文武両道Tシャツに何か問題があるのだろうか。
「前は、女の子がお腹を簡単に出すなって言ってたからインナーを着てきたんだ」
確かに言ったけど、と風花。続けて、
「無地に熟語が書いてあるTシャツなんて、年頃の女の子の着る服じゃないの!」
風花は、信じられない!と頬を膨らませている。
「だって動きにくいから」
ヒラヒラが付いてると邪魔だし、動く度に露出を気にしないといけないなんて論外だ。
「もっとデザインの良いTシャツにしてって言ってるの!」
ちょっと待ってて、と言い残して風花は売店に入って行くと、すぐに何か買って戻ってきた。
「せっかく遊園地に来たんだから、こっちの方がマシ」
と言って、遊園地デザインのTシャツを渡してきた。
多目的トイレに入って、着替えながら言う。
「あんまり変わらなくない?」
「浮かなくなるからマシなの」
風花も着替えながら答える。
「入場待ちの時にチラチラ見られてるの落ち着かなかったんだから」
「なるほど」
普段、着てるときは気付かなかったけど、町内と比べて人が多いから集まる視線も多いわけだ。
「探偵としては目立つのはやぶさかではないけどね」
「……調査中に目立つのはどうなの?」
わたしは探偵じゃないし、と風花。
「……それもそうか。流石だな風花助手」
「助手でもなーい」
一応、依頼者だったっけ。
着替えた後、遊園地のアトラクションを回り、お昼頃になった。
「鈴ー。そろそろ休もうよー」
風花が根を上げ始めたので、昼食がてら休憩することにする。
「もー、やっぱり鈴の方がはしゃいでるじゃん」
「郷に入っては郷に従えとも言うし、せっかくなら全力で回らないと」
「わたしは、たまにはゆっくり雰囲気を楽しむのもいいと思うけどなー」
と、レストランのパラソルの下で注文したサンドイッチを頬張りながら話す。
依頼者を待ってる時は、嫌でもゆっくりすることになるから間に合ってます。
「大体、本番はこれからじゃないか」
「やっぱりー?」
風花は嫌そうに返事をする。
「わたし今日は絶叫マシンはパース」
「えー」
遊園地に来て、ジェットコースターに乗らないなんてありえないと思うんだけど。
「じゃあ鈴もお化け屋敷付き合ってよね」
「二手に分かれようか」
「ほらー」
「ホラーはいやー」
幽霊みたいな不確かなものは嫌いだ。びっくり系も苦手だし。大体、突然何かが飛び出してきたら驚くのは当たり前であってそれに対して耐性があるなんてのは危機管理能力が欠如しているだけで全くいいことなんかじゃなくそれをわざわざ自ら進んで体験しようだなんて全くそう全く正気の沙汰じゃ_
「鈴ー」
はっ。
「ホントお化けの話になると、すぐテンパるよね鈴は」
「……ごめん」
普段は怖い物なんてないって感じの態度のくせにー、と風花は続ける。
「そういうところ、かわいいよねー」
「か、かわいくないっ!」
可愛いじゃなくて格好良くありたいのだ。
結局、一旦二手に分かれて各々の好きなアトラクションを消化してくることになった。
風花と遊びに行くときは、毎回1度は別行動をとることが多い。私が人と合わせるのが苦手なことを彼女は知っているし、合わせてもらうことでお互い不満を抱えるのを彼女は何より嫌う。合わないところは合わないままでもいいじゃん?とは風花の弁だ。
一本目のジェットコースターを終え、次のジェットコースターへ向かう途中、声をかけられた。
「お嬢さん。君、ひとり?もし良かったら一緒に回らない?」
ナンパか?と思ったが、その声の主は女性だった。雰囲気からして大人というか、大学生くらいだろうか。
「ここからあっちに向かうってことはジェットコースター梯子するんでしょ?わたしもそうなんだけど1人じゃ寂しくて」
同族であった。
「別に構いませんけど」
「本当?良かったぁ」
私が了承すると、それまで少しキリッとしていた表情がへにゃっとした。
「格好つけて誘ってみたけど断られたらどうしようかと思ったよ」
慣れないことするもんじゃないね、と笑い、
「わたし、遠坂玲子。よろしくね」
「二ノ宮鈴です。よろしくです」
短い間だろうけど、旅は道連れと言うことでひとつよろしく。
「二ノ宮ちゃんは1人で来たの?」
次のジェットコースターへ歩きながら遠坂さんが言う。
「ジェットコースター好きなんだね」
私が答える前から断定されてしまった。
……友達いなさそうに見えるのかな。
「……違いますよ。友達と2人で来たんです。三半規管弱い子なので、一旦別行動してますけど」
ジト〜。
言いながら不満気に見つめている私に気づくと、遠坂さんは慌て始める。
「えっあっやっ。ご、ごめんね?なにか気に触ること言っちゃった?」
パタパタと手を動かす。
「お母さんにもよく言われるんだよね……会話が下手だって」
またやっちゃった……と落ちこむ遠坂さん。
どうやら悪気はなかったらしい。
「あはは。冗談ですよ。少し、からかってみただけです」
と笑顔で言うと、遠坂さんは困り眉で返してきた。
「え〜っ!性格わるい〜っ」
「あはは」
けっこう仲良くやれそうだ。
園内の残り2つのジェットコースターを遠坂さんと雑談しながら回って分かったことがある。
この人、大分ポンコツだ!
道にちょっとした段差があれば大体つまづくし、ジェットコースターから手荷物を預かり所に忘れて降りた回数が2回中2回。
1人で遊園地に来て大丈夫な人じゃないぞ。
「ごめんね。また待たせちゃって」
荷物を回収して戻ってきた遠坂さんが言う。
「忘れ物案内のアナウンスにはいつも助けてもらってます」
今日は私が気づいてるからいいけど、いつもそんな感じなんですね。
「そう言えば聞いてなかったですけど、遠坂さんの方こそ1人で来たんですか?」
さっきは何となく聞きそびれていたけど、そういえば気になる。ジェットコースターが好きなのかな。
「あっ。そう。そうなんだよ〜。聞いてくれる?ホントはもう1人来る予定だったんだけど、ドタキャンされちゃったの」
違った。
「もう帰ろうかと思ったんだけど、せっかくだから好きなだけジェットコースター乗って回ることにしたんだ。他の人とだと中々乗れないしね」
…好きではあるみたいだ。
それにしても。
「当日にドタキャンなんて酷いですね。友達でもあんまり許されないやつですよ」
「だよねー。まあ顔も知らない相手なんだけどね」
「?」
知らない人と二人で遊園地……?
「あ、危ないですよ……?」
俗に言うパパ活とかだろうか。遠坂さんみたいなゆるふわキャラでは何があってもおかしくないと思う。危険である。
私が戦慄していると、遠坂さんが怪訝な顔をして、
「?危険もあるだろうけど、そんな青ざめるほどかな?ゲームの知り合いだよ」
「ゲーム?」
「さては二ノ宮ちゃん、オンラインゲームとかSNSとかやらないタイプ?」
はっはーん。って感じの顔をしている。
確かにやらないですけど。
遠坂さんの話を聞くと、要するにオフ会と同じ感覚らしい。いきなり2人きりで会うという発想が私には出来なかった。私が猫探しをしている間に、世間ではネットリテラシーがそんなにゆるくなっていたとは。
「その程度の関係だから、ドタキャンされてもショックは少ないけどね」
「安い友情ですね」
「ねー」
まあ、結果として1人ということなら都合は良い。ちょうど風花からこちらを探すLINEが来ていた。
遠坂さん。と呼びかけて、
「私、そろそろ友達と合流する予定なんですけど、一緒に来ませんか?」
「え?いいの?行く行く!」
愉快な人だし、風花にも紹介してあげよう。
……別れてから落とし物のアナウンス聞くのもバツが悪いし。