ウルリカ・トレーフルは精霊王の加護持ちである。
「あのクソジジイ共! また縁談をよこしてきやがった!」
アーネスト・トレーフル辺境伯は、家に帰って来て早々にそう怒鳴ると、テーブルの上に分厚い手紙を叩きつけた。
あまりの怒りで、ふー、ふー、と息も荒い。そんな父を見て、一人でティータイムを満喫していたウルリカが「ああ、またかぁ」と呟いた。
その声が聞こえたアーネストは「ああ、まただとも!」と頷く。
それからアーネストは、
「レモネ、ライラ! いるか!」
と、これまた大きな声で自分の息子達の名前を呼んだ。ウルリカの三つ上で、今年十八歳になる双子の兄姉だ。兄の方がレモネ、姉の方がライラである。
父が呼ぶと二人は直ぐに駆けつけてきた。
「父上! またですか!」
「お父様、またですの!」
レモネとライラが同じタイミングでそう聞く。アーネストは子供達に向かって、今しがた叩きつけたばかりの手紙を指さし、
「あのクソジジイ共からの宣戦布告だ! やるぞ、二人とも! ウルリカ、もし屋敷の中に入って来たらぶっ飛ばして良いからな!」
などと物騒な事を言って出て行った。そんな父の言葉にレモネとライラは見事な敬礼を見せると、後をついてバタバタと走って行く。
嵐のような、とはまさにこの事だろうか。ウルリカはそんな事を思いながらミルクティーを一口。それから彼女は、
「――――というわけですが、どうしますか王様」
と、誰もいない向かい側の席に向かってそう言った。
すると彼女の言葉に答えるように、そこにふわりと光の粒が集まり始める。
それからパチンと、シャボン玉のように軽く弾けたかと思うと、人の姿を取った何かが現れた。
長い銀髪に強烈に綺麗な顔をした、長身痩躯の男である。
彼はウルリカに向かって軽く手を挙げると、
「いや、どうしようってもなー。相変わらず元気で良いな、お前の家族はー、あっはっは」
と笑った。顔に似合わず豪快な笑い方をする人だとウルリカは思った。
(いや、でも人と表現するのはおかしいか)
そう考えて、心の中で訂正する。登場の仕方からお分かりかと思うが、彼は人間ではない。
人よりも自然に近く、人よりも長い生を過ごす存在。
精霊、しかもそれら全ての上に立つ精霊王のエーデルである。
この世界の魔法が使える者は軒並み、精霊の加護を持って生まれてくる。魔法というものは精霊から貸し出されたものであるからだ。
生まれてくる際に、精霊は気に入った者に加護を与える。それが『魔法』を使える条件である。
気に入る気に入らないは時の運なので、この世界の人間の大半は『加護があったらラッキー』くらいの感覚だ。
しかし、中には『精霊の加護を持った者は特別な存在』と考える人間もいる。それがウルリカの祖父母だ。
実のところトレーフル辺境伯の家系はこれまで、魔法を使える者がほとんどいなかった。
ウルリカの父アーネストも、母オーロラも、双子の兄姉のレモネとライラもそうだった。
まぁ全員腕っぷしが強かったので、魔法がなくても気にしていないし、そもそも周囲の人間も「加護があったらラッキーだったよね」派だったため、あろうがなかろうかが関係なかったのだ。
しかしウルリカの祖父母は違った。彼らの周囲には「貴族なのに加護持ちがいない家系なんてかわいそうですわね」と嫌味を言う人間が多かったのだ。
ただ魔法はなくても腕っぷしはとんでもなく強かったので「いりませんよ、そんなもの」なんて流していた。さすが貴族として生きてきただけの事はある。
内に秘められた感情はともかくとして、表向きは二人とも平気な顔をしていた。
で、そこに生まれたのがウルリカだ。彼女は精霊の加護持ちであった。
精霊の加護持ちは生まれた時に、精霊が「生まれてきたね、おめでとう!」というような気持ちのこもった加護を与える。先ほどエーデルが現れた時のようなキラキラした光の粒だ。あれが生まれた時に発生する。
そこで精霊の加護持ちである事が分かるのだ。まぁその時点では、何の精霊が加護を与えたのかは、他人には分からないのだが。
だが何の精霊かなんて関係ない。祖父母にとっては初めての加護持ちの親族だ。
大変喜んだ祖父母は「この子は私達が育てる!」と強引に生まれたばかりのウルリカを連れて行こうとしたのだ。
大泣きするウルリカ、激怒する父アーネスト、産後でなければ剣を振り回しそうな形相をした母オーロラ、祖父母の足に文字通り食らいつく双子、そして絶対に外へ出すまいと扉の前に張り付いて止める使用人達。
おおよそ新しい命の誕生を祝う光景ではなかった。
あまりの状況に、一番困惑していたのは、ウルリカに加護を与えたばかりのエーデルだ。
(え? 何この混沌……何? 何これ?)
彼にしてみれば、たまたま気に入った人間を見つけて「よっしゃ、この子に加護あげよっと!」とウキウキしていた所だ。
きっとウルリカや人間達は喜ぶだろうと楽しみにしていたのに、何だかおかしな状況になっている。しかも自分が加護を与えたウルリカは連れ去られそうになっている始末。
幸せそうなら別だが、大泣きしているウルリカを見て、エーデルもこれは嫌だな良くないなと思った。
なので彼は行動に出た。
精霊の特権を利用して、幽霊みたいにひょいとウルリカの中に入ると、
「はなせ、ジジイ」
なんて言ってみせたのだ。
赤子の口から突如繰り出される、流暢な低音ボイス。
祖父母は絶句した直後、悲鳴を上げた。悲鳴は悲鳴を連鎖し、赤子のひと言は、屋敷を阿鼻叫喚の渦に巻き込んだ。
まぁそんな大騒ぎのおかげで、その時はウルリカは連れて行かれずに済んだ。
幸いだったのは、両親はそんな赤子を気味悪がったりせず、ただ残ってくれて良かったと喜んでくれた事だろう。
それで、問題なのはここからだ。祖父母は待望であった精霊の加護持ちの孫の事を諦めていなかったのだ。
隙あらば養女にしようとしたり、双子の兄や姉をさっさとどこかへ婿や嫁に出してウルリカを跡継ぎにしようとしたり、なかなか問題のある画策をした。
その全てを両親は時に物理的な手段も込みで突っぱねていた。
しかしある日、たまたま両親が不在の日に、祖父母がやって来て、双子の縁談を強引に進めようとしたのだ。
力づくで連れて行かれそうになった双子の兄と姉。それを見てウルリカの感情が爆発した。
ウルリカは「連れていっちゃヤダー!」と泣き叫びながら祖父母に飛びついた。その感情はダイレクトに精霊王エーデルに届いた。
その時エーデルは寝起きだった。寝ぼけた頭にウルリカの感情を叩きつけられたエーデルは、ほぼ反射的にトレーフル辺境伯邸に飛ぶと、魔法をぶっ放したのである。
ぶっ放す直前に我に返ったため怪我人はゼロだったが、屋敷は半壊と酷い有様だった。
唖然とする祖父母と双子、それから使用人。ウルリカだけはわんわんと泣いていた。
さすがにエーデルも「まずい」と思った。大慌てで姿を現すと、彼は土下座する勢いで謝った。
これがトレーフル辺境伯家とエーデルのファーストコンタクトである。
それから時間が経ち、ウルリカも十五歳になった。そろそろ将来を見据えて婚約者を探し始める頃である。
そこで再び浮上するのが祖父母の問題である。彼らはまだ諦めていなかった。
双子の兄姉を嫁と婿に出し、ウルリカを跡継ぎにする。そのための縁談をよこし始めたのである。
先ほどウルリカの父達が怒って出て行ったのはそれが理由だ。さて、今度は誰の縁談なのだろう。ウルリカがそう思っていると、エーデルがくつくつ笑う
「しっかし、ほんと諦めないなぁ。十五年ずっとでしょ、あの根性はすごいわ」
「本当ですよ。ほぼライフワークになってるんじゃないでしょうか」
「違いない。まー、それでもアーネストがあいつらと絶縁しないのは、人間らしくて良いなって思うよ」
「実の両親ですからね。これが絡まなければ、まだまともな人達だったとお父様も言っていましたし」
「コンプレックスってのは根深いからねぇ」
エーデルはそう言いながら、テーブルの上に飾られた花に手を伸ばした。そして指先で軽く触れる。
するとキラキラと花から光の粒が現れて、エーデルの前に集まった。光の粒はパチンと弾けると、飴のようなものへ姿を変える。
エーデルはそれを指でつまむと、ひょいと口に放り込んだ。
「つーか、いいの? ウルリカはアーネスト達に混ざらなくて」
「混ざると面倒が増すと言いますか、まぁ、騒ぎが大きくなるので出ない方が良いって言われてます。ほら、前にあったじゃないですか、延々と私の名前を叫ばれる奴」
「あー、あったあった。何か劇みたいだった奴!」
いっそ劇だったら良かったのにと思いながら、ウルリカはティーカップを置く。
ウルリカも自分が原因になっている自覚はあるので、何度か手伝いおうとしたのだ。しかし参加したらしたで、祖父母は自分目掛けて一直線で突っ込んでくるし、何とか撃退しても延々とウルリカの名を呼び続けるものだから、精神的なダメージが大きかった。毎回疲労困憊のウルリカを見かねて、家族は「家にいなさい」と言ってくれたのである。
ウルリカにしてみれば有難かったけれど、申し訳なかった。だって自分のせいなのだ。
そう思ってウルリカは以前、エーデルに何かできないかと相談した事がある。すると彼は、「いや、これお前のせいじゃなくて、俺のせいじゃね?」と言った。彼からすれば加護を与えたのは自分なので、それでウルリカ達が苦労しているのは申し訳ない気持ちになるのだそうだ。
それぞれの罪悪感により、その時からウルリカはエーデルと共同戦線を張る事となった。
とは言え、やった事は割と平和的だ。
祖父母がこちらに辿り着く前にエーデルが魔法でそっと追い返したり、ウルリカが縁談相手の事を調べに調べ、よりメリットのある縁談相手に話が行くように仕向けたりと、そんな感じだ。
これがなかなか上手く行って、ここ数年はどちらも怪我らしい怪我は負わなくなった。それだけでウルリカは満足である。
そもそも辺境伯を務める馬鹿強い家系が、物理的に本気でぶつかり合ったらどうなるかなんて、正直考えたくない。
なので今回もまたウルリカは、大事になる前に止めようとエーデルと相談していた。
「というかウルリカよ。お前、もういっそ適当な結婚相手見つけて婚約とか結婚しちまった方が早いと思うぞ」
「実は王様、一度チャレンジしたんですよ、それ」
「えっ本当に?」
「はい。打診した時点で、どこでバレたのか祖父母が出てきて潰されました」
「血筋を感じる……」
真顔で言うエーデルに「本当ですよ」とウルリカは肩をすくめた。ウルリカがやっている事も、祖父母のそれと似たようなものだからだ。
「婚約を潰されないくらいの相手がベストなんですけどねぇ」
「結婚するだけならほどほどの爵位で良いけど、潰されないなら辺境伯より上になるだろうなぁ。人間の身分制度ほんと面倒だなー」
「王様だって精霊王じゃないですか」
「うちはもっと緩いの。何なら合意があれば精霊以外と結婚だってオーケーなんだぜ」
良いだろ、とエーデルは言う。ああ、それは自由だなぁとウルリカも思った。
貴族なんてものに生まれた時点で結婚は義務であり仕事だ。恋愛結婚で上手くいったケースもあるが、そこには良い出会いという運が絡む。
運なんて不確かな要素が絡んだ恋愛結婚は、今のウルリカには難しいものだった。
それに……。
「そもそも、うちのごたごた周囲に知られているんですよ。その面倒ごとの中心人物と、結婚したいなんて奇特な人がなかなかいなくて」
「あー……それはそれはご愁傷様です」
「丁寧な口調に、解決の無理さをひしひし感じる……!」
ウルリカが手で顔を覆って嘆くと、エーデルが苦笑する。
「まぁそう悲観しなさんな。花の飴食べる?」
「食べます!」
「急に元気になったよ」
エーデルは笑いながら、先ほどと同じように花に触れ、飴のようなものを作る。
そしてそれをウルリカに向かって差し出した。
「はい、あーん」
「あーん」
幼い頃と同じようにされ、ウルリカは口を開ける。開いた口に、エーデルはひょいと飴のようなものを入れた。
花の香りを纏った飴の味が口の中に広がる。美味しいなぁとウルリカは自然と笑顔になった。
そんなウルリカを見てエーデルは、
「しっかし、ウルリカももう結婚を考える年齢になるんだなぁ。加護やった時はこんなに小さかったのに」
そう懐かしむように目を細めた。
「いや~あの時のウルリカはかわいかった。今もかわいいけど」
「美人に褒められると照れますね」
「お、ならもっと褒めねぇとな。かわいい、かわいい」
ついでだと言わんばかりにエーデルはウルリカの頭をなでる。
あまりに「かわいい」を連呼されたものだから、ウルリカは照れて顔を赤くした。
「かわいいなんて言ってくれるのは、家族以外だと王様だけですよ」
「マジで。周りの連中見る目ねぇなぁ、こんなにかわいいのに。……ちなみに何て言われてんの?」
「トレーフル家の台風の目とか、トレーフル家の着火魔法とか、あと珍獣とか」
「最後の呼び名を言った奴をリストにしろ。ぶっ飛ばしてくる」
ウルリカが思い出しながらそう言うと、最後の部分でエーデルの目が据わった。どうやらお気に召さなかったらしい。
今にも飛び出して行きそうなエーデルに、慌ててウルリカが「良いです、良いです! 事実ですからね!」と止める。
「ぶっ飛ばすくらいいいじゃないか」
「魔法をぶっ放して屋敷を半壊させた人が言える台詞じゃないです」
「あれは寝ぼけていたからさぁ。ちゃんと起きていたら全壊だったぜ」
「だから止めてるんですけどね?」
屋敷を全壊にする勢いでぶっ飛ばされたら困るとウルリカが言うと、エーデルはしぶしぶ納得したようだ。
心なしかしょんぼりとしている精霊王を見て、ウルリカは小さく笑う。
実のところ、自分のためにエーデルが怒ってくれた気持ちはとても嬉しかった。
「ありがとうございます、王様」
「おう。……つっても、まだ何もしてないんだよなぁ。あー、どうしようかねー、ほんと」
「ですねぇ。いっそどこかに、王様みたいな人がいませんかねぇ。王様みたいな人が婚約相手だったら、色々解決しそうなんですけど」
腕っぷしの強さとか、立場とか。そういう意味でエーデルのような相手がいれば、祖父母も諦めがつくだろう。
そんな条件が合う相手はまずいないだろうけれど、とウルリカが言うと、エーデルは目を瞬いた。
「俺みたいな?」
「ええ、王様みたいな。強いから祖父母の事をしっかり突っぱねられそうだし、立場も辺境伯よりずっと上ですし」
「…………」
ウルリカがそう話していると、エーデルは「ふむ」と呟いて腕を組み始めた。
あれ、どうしたのだろう。そうウルリカが思っていると、しばらくした後でエーデルは、
「その手があったか」
なんて言い出した。その手とは、何の手だろうか。良く分からずウルリカは首をかしげる。
「えーと、あの、王様? もしや何か良いアイデアが浮かびました?」
「おう、良いアイデアが浮かんじまったよ。いや、何で今まで考えつかなかったんだろうなってくらいさ」
「はあ」
疑問符を浮かべるウルリカとは正反対に、エーデルは何だか機嫌が良さそうである。
彼は鼻歌でも歌いそうな様子で立ち上がると、ウルリカの近くへ歩いて来て、
「よしウルリカ! 俺と結婚しようぜ!」
何て言い出した。突然の話だったので、ウルリカはエーデルが何を言ったのか理解が出来なかった。
そして少しして、
「け……結婚!? 王様とですか!?」
理解が追い付いたウルリカは立ち上がると、ザッと数歩後ずさった。
「おうよ! だってお前言ったじゃん、俺みたいな相手なら良いなって! なら俺と結婚したって良いだろう」
「いやいやいや冷静になって下さい、王様! こんな小娘に精霊王のお相手なんて務まりませんよ! そもそもいるでしょう、奥さんとか!」
「えっいないけど」
「あ、いないんですか……」
それなら良いのかな、なんて一瞬思ったが、だからと言ってそういうわけにもいかないだろう。
「いやいやいや、ほら、精霊の皆さんに反対されるのでは?」
「さっきも言ったけどうちは緩いし。結婚するわーって言ったら『マジでー、おめでとー』くらいの反応だぞ、あいつら」
「本当に緩いですね……」
あまりの緩さにウルリカは少し脱力した。そんなウルリカに、ひょいひょいとエーデルは近づくと、しゃがんで目線を合わせる。
「ちなみに俺はウルリカの事は加護を与えるくらい気に入ってる。俺が加護を与えた奴なんて、竜と精霊鳥くらいなんだぜ」
「そ、そ、その流れからすると、私はやはり珍獣なのでは」
「やっぱり気にしてるんじゃね? ぶっ飛ばす?」
「お願いですからぶっ飛ばさない下さい!」
ウルリカが手を合わせて頼むと、エーデルは「はーい」と素直に頷いた。あっさり承諾したあたり、今のは冗談だったのだろう。
それにしても、どうしてこういう話になったのか。
(いや、確かに王様みたいなとは言ったけれども)
ウルリカだって口を滑らせた自覚はある。そもそも問題なさそうな婚約相手の条件を考えたら、真っ先に浮かんだのがエーデルだったからだ。
もちろんウルリカだってエーデルの事は好きだ。恋とか愛とかそういうのは分からないが、生まれてからずっとエーデルが一緒にいたウルリカにとって、彼は家族のような存在なのだ。
どんな事だって話せるし、傍にいると落ち着く。そういう相手なのだ。
「……王様は、どうして私に加護をくれたんですか?」
「んー? 気に入ったからだけど……理由か?」
「はい」
「そうねぇ、言葉にすると難しいんだけど……そうだな。波長が合うっていうか、好きな気配っていうか。そういうのをウルリカから感じたんだよ」
「波長……ですか」
「そ。一緒にいると落ち着く感じのな」
そう言ってエーデルはニッと笑う。優しい笑顔だ。ウルリカが泣いている時や、落ち込んだ時に、エーデルはいつもこうやって、笑って頭をなでてくれたなとウルリカは思い出す。
「……私の方が先におばあちゃんになりますよ」
「おう、かわいいから良いんじゃね」
「恋愛とか良く分かりませんし……」
「そこは今後に期待だな。まー、別に、今みたいなまま過ごすのも良いと思うぜ。ウルリカは思わねぇか?」
「それは……」
今みたいに、ずっと一緒に。のんびり、気楽に。
エーデルの言葉を聞いて、ウルリカはそんな未来を少し想像してみた。
そうしたら、それはとても――――良いなと思った。恋愛なんて分からない。けれどエーデルの事は好きだし、今までみたいに一緒に過ごすのはとても楽しそうだと思った。
「ええと、王様」
「おう」
「……こんな小娘で良いんです?」
「良いも何も、言っただろ。俺はウルリカが気に入ったから加護をやったんだってさ」
だから、とエーデルはウルリカに向かって手を差し出した。
その手にふわりと光が集まる。少しして、キラキラ光る花が一輪、現れた。
綺麗、とウルリカは思った。エーデルは「どーよ」と自慢げだ。
「王様」
「おう」
「思います」
「何に?」
「家族みたいに過ごすの、良いなって思います」
真っ赤になりながらウルリカがそう言うと、エーデルは楽しそうに「そうか」と頷く。
その笑顔を見ながら、ウルリカは「でも」と続ける。
「こっ今後に! 期待なので!」
「…………え?」
「ええと、だから……よろしくお願いします!」
目を丸くしているエーデルに向かって、ウルリカは勢い良く頭を下げた。
何だか変な返事になってしまった。けれどウルリカはいっぱいいっぱいだったので、これが限界なのだ。
そうして頭を下げたままエーデルの反応を待っていると、
「……あ、やばい。これ思っていたより嬉しい」
なんて呟きが聞こえてきた。ウルリカが「え?」と思って顔を上げようとすると、とたんに体がふわりと浮いて、いつの間にやらエーデルに抱きかかえられていた。
「何事で!?」
「いやーちょっとテンションが上がってさー! このまま報告に行ってこようぜ、ちょうど止めねーとだろ」
「え!? いや、あの王様!? 心の準備が必要ですよ私の!?」
「到着までにしとけしとけ。あとエーデル、王様じゃなくてエーデルな! さーて、それじゃ、行くぞー!」
「どちらに!?」
焦るウルリカとは正反対に、エーデルは上機嫌で部屋を出る。
「まずはご両親に挨拶だなー。それで次にジジイとババアだなー」
「心の準備期間が短いッ! あと王様……エーデル様は! おじい様とおばあ様の事、もしかしてあまり好きじゃないですよね?」
「だってさー、最初にお前を泣かしてただろー。あれ、すげー嫌だったのー。笑ってくれるの楽しみにしてたのにさー」
エーデルは口を尖らせる。そんなエーデルの言葉に嬉しくなってしまって、ウルリカは顔を覆って「それは、あの、ありがとうございます」なんて小声でお礼を言った。
そんな二人が家族に「結婚させて下さい!」と頼んでこれはこれで良い意味で大騒ぎになったり、話を聞いた祖父母がまた首を突っ込んできたりするのだが――――精霊王相手の結婚話をどうこう出来るわけもなく。
ようやく諦めて、時間をかけて和解した祖父母を含めた家族に祝福されながら、ウルリカとエーデルが結婚するのはそれから数年後のこと。
「ウルリカ、俺さー、期待以上に幸せだわ」
「私もです、エーデル」
END