快晴
どうも、星野紗奈です。
高校生になったくらいからですかね、毎年とある賞に応募しているのですが、今作は今年の応募分となります。ちなみに、応募するのは今年で四回目でした(笑)
もちろん結果は落選だったのですが、今回は自己最高記録で、第三次審査まで通過することができたようです!! うれしい!!
今後も精進していきますので、あたたかく見守っていただければと思います。
それでは、どうぞ↓
あれは確か、私が高校二年生のときだった。季節は梅雨だったような気がする。近年まれに見る大嵐が日本を襲ったもので、ここらの地域ではめったにない避難所の開設が行われるほどだったのだ。まあ、私の住んでいた家は海や川に近いわけではなかったし、避難する気なんてさらさらなかったけれど。大方、近所の人たちもそういう感じで、当時は皆家に引きこもっていただろうと思う。
と、ここまで話したのは、私が思いがけず避難所へ向かうことになったからである。日が沈み、空が闇に包まれ、いよいよ嵐が本格的に力を発揮しようというときに、私の携帯に友人から一つのメッセージが届いた。仮に、その人をAとしておこう。Aが言うには、ささいなことから親と喧嘩して、そんなときにちょうど避難所が開設していたものだから、一人で家を出たのだとか。この連絡が来たとき、真っ先に私は、彼女を一人にしてはいけない、と思ったのだ。なぜかと聞かれても、私には到底わからない。これに関しては、ほぼ直感だったから。もしかしたら、自分の中の偽善が無意識に芽を出していただけで、友情なんて大層なものではなかったかもしれない、と思うこともよくある。
まあ、そういうわけで、とにかく彼女のいる避難所へ行かねばならぬという心持ちになった。しかし外は既に豪雨。避難所となっている私の高校までは歩いて二十分かかるため、さすがに強風の中を行くわけにはいかない。バスなら十分程度だが、この天気ではバスなんて運行していないかもしれない。そこで、駄目元で両親に行かせてくれないかと頼んだのだ。すると、私自身も大変驚いたのだが、彼らはあっさりと了承したのだ。それどころか、Aちゃんの夜ご飯がないかもしれない、飲み物もあったほうがいいだろう、今から車で行けばこれくらいまでにはつくからAちゃんに連絡しておきなさい、といたれりつくせりだった。私には、親がどうしてこんなにも協力的だったのか、理解できなかった。正直に言うならば、こんな嵐の中、わざわざ子供をたった一人の友人のために送り出すなんて、ちょっと異常じゃないかとすら思えた。そうして、食料やら飲み物やらを詰め込んだリュックを背負って、私は高校の昇降口でAと落ち合った。彼女は強い人で、あまり弱音を吐くようなタイプではなかったが、私が来たとき、どこかほっとしたような表情をしていた。父は気をつけてねと一言残して、車を走らせ雨の中に消えていった。
夜の学校というのは、子供心をくすぐられて、わくわくするものだ。もちろんAのことは心配していたけれど、自分で言うのもおかしな話だが、私を動かしたものの半分以上はただの好奇心だったのではないかとさえ思える。友人と会えたことで気が楽になったのか、Aは少し校舎を探検してみようと言い出した。無論、乗らない手はない。もちろん、立入禁止の場所には侵入していないから、そこは安心してほしい。これでも私は、真面目な模範生としてこの高校に通っていたのだから。それで、探検というのは、こんなに見知った場所なのに何もかもが違うように見えて、楽しくて仕方がないものだった。例えば、廊下で赤ちゃんの泣き声がしたり、知っている先生がうろうろ歩いているのがゲームのCPUみたいだったり、電気がついているのになんとなくどこも暗く感じたり、私達はとにかく様々なことに刺激された。なかでも外に出たときのは、あれは傑作だった。校舎があまりにも揺れず、室内ではほとんど音もしないものだから、外の状況を見に行こうと昇降口まで行ったのだ。すると、どうだろう。扉を開けた瞬間に力強い風がぶわぁっと吹き込んできた。近くに貼ってあった掲示物が浜に上げられた魚みたいにびちびちと暴れる。これだけで、私達は馬鹿みたいにはしゃいだ。次第に雨が吹き込んできたから、一度扉を閉めて、再び外に出るために挑戦する。今度は二人で息を合わせて扉を開け、外から吹き込む風に負けないようにしっかりと扉を閉めた。目の前に広がった校庭は、まさに大海原のように見えた。豪雨が水面に荒波を立て、びちゃびちゃとあちこちで水が飛び跳ねていた。それはもう楽しくて、子供みたいにきゃっきゃと、雨音に負けないくらい騒いでいたのを覚えている。そうしている間は、Aはまったく別のことを考えていたかもしれないが、私は自然というもののもつ力の強さを身を持って感じていた。普段見失っていた、自分が今地に足をつけ、生きているのだという実感が、私に今まで感じたことのないような絶大な幸福感を与えてくれた。
少しだけ濡れた服で外から戻って、それでもしばらくは興奮が冷めなかった。それから自分たちの荷物をおいて確保しておいた寝床で、これからどうしようかと計画を立てた。さながら、秘密基地で会議をする冒険家の気分だった。そうして、雨がやんだら校庭の上に広がる星空を見に行こうという話になった。そっと校舎を抜け出して、あたたかい飲み物を片手に、私が持ってきたクッキーをつまみながら、夜が明けるのを眺めるのだ。少しパサついた栄養食を食べながら二人でひそひそと話し合って、嵐の被害を心配する声をよそにクスクス笑っていた。今思えば、避難所にいる他の人からしたら不謹慎だったかもしれない。しかし、私達はまだまだ未熟な子供で、不安よりも好奇心が勝ってしまった。場所が狭いだとか床が固くて体が痛いだとかはほとんど気にならなくて、でも底知れないわくわくのせいで借りた毛布をかぶっても到底眠ることなんてできなかった。
というのはどうやら私だけだったようで、携帯で午前三時になったことを確認してAを見れば、彼女はまだすうすうと寝息を立てていた。本当はもう外に出ようと計画していた時間だったが、眠っている彼女の顔つきがあまりにも緩んでいたものだから、先に起きていたのは内緒で、三十分後に起こして行くことにした。彼女が目覚めないよう、ゆっくりと立ち上がり窓ガラスを覗くと、もう雨粒はたれていない。やはり、嵐のあとの静けさというのはセオリー通りらしい。一安心した私は、明日の出発に向けた荷物の整理をしつつ、星空観測の準備を始めた。携帯と、財布と、クッキーと。恥ずかしながらも遠足前の園児みたいにそわそわしてしまったものだから、特に意味もないのに忙しなく手を動かして気持ちをごまかしながら、お寝坊な彼女が目覚めるのを待っていた。
そして時刻は午前三時半。そっと扉を明けると、雨はすっかり止んでいて、辺りは静寂に染まっていた。さっきまでの異常気象のせいでコンビニも閉まっているからか、明かりが少なく、いつもより薄暗いようだ。本当は良くないことなのだけれど、こっそり校門を出て、自販機で温かいココアを二つ。ふふふと笑い合いながら隠れるように学校へ戻って、校庭の隅の段差に二人で座った。見上げれば、満点の星空と表現しても過言ではないくらい美しい夜空が広がっていた。私は普段から星を見上げることが多かったが、ここまで圧倒される景色を都会に当たるこの街では見たことがなかったので、すごいとしか声に出せなかった。Aも隣ですごい、すごいと、初めて魔法を見たみたいにはしゃいでいた。しばらくはそうして興奮した声を必死に抑えながらも星空の美しさに感動していた。それからどれくらい時間がかかったかは覚えていないが、ようやく落ち着いてから、二人の間にクッキーを広げて、携帯で音楽を流して、夜空を肴に買ってきたココアをすする。それはなんとも贅沢な、二人だけの深夜のお茶会だった。
そんなティーパーティーは、朝まで続いた。驚いたことに、私達は四時間以上も校庭の端っこで笑い合っていたらしい。星がぴかぴかと瞬き、それがゆっくりと流れていき、やがて太陽が雲一つない青空を照らし出す。毎日行われているはずの事象が、このときだけはなぜだかとてつもなく神秘的なものに思えた。なんだか、とても特別なものに触れていたような気分だったのだ。それは多分、今までに体験したことがなかったからとか、改めてじっくり見る機会がなかったからとか、そういうちっぽけな理由だと思うのだけれど、それでも当時の私達にとっては十分すぎるほど特別な時間だったのだ。静かにそこにある自然の美に触れ、笑い合うことで互いの存在を確かめ合い、生きている実感がある。その時間こそが、高校生だった私が求めていたことだったのだろう。私がこう言っても、Aのことについてはわからないのだけれどね。私達はそんな冒険の余韻に浸りながら、私達のあるべき場所へ帰る支度を進めたのだった。
嵐の翌日はあまりにも晴れ晴れしていたものだから、私達は徒歩で帰ろうという話になった。どうも、バスで別れてさようならという気分ではなかった、それだけだった。慣れない場所で眠って深夜のお茶会までしたのだから、確実に疲れていたはずなのだけれど、今思えばあれが若さというやつだったのかもしれない。そうしてまで一緒にいる時間を伸ばしたわけだが、正直なところ、帰り道に何を話したかはあまりよく覚えていない。あえて述べるとするならば、話の七割は避難所での生活に関することだったような気がする、ということくらいだろうか。たった一日で自然の力強さと、優美さと、気持ちよさを知ってしまったのだから、とてもじゃないけれど、他のことを考える余裕なんて無かったのだ。ただ、よく話し、よく笑い、どこか快い気分になっていたことはよく覚えている。今までごちゃごちゃと考えていたささいな事をあっけらかんと笑い飛ばせるような、そういう気持ちよさ、幸福感にも似たようなものが、私達の心を満たしていたのだ。なんとも曖昧な表現ばかりになってしまい申し訳ないが、これだけは私ははっきりと言える。あの嵐の夜を越えて、突き抜けるような快晴の下、私達は息をしていたのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました( *´艸`)