恋の亡者へ
勝ち誇ったかのように笑みを浮かべていたHの顔が、みるみるうちに歪んでいく。
「何故だ……? 何故効かないっ!」
つくづく馬鹿な奴だ。
「まったく、これだから流行に乗れてない奴は困る」
「りゅ、流行……?」
ああ、こいつは知らないんだったな。
「ネクストストップエンカウント……か。この呪文にもはや効用はない」
「バカなっ! 僕は散々、Ⅲにこの呪文を使われて……。嘘だっ! そんなこと……」
Hは無様に呪文を詠唱し続けた。当然僕には効かない。
「やめろ、H。無駄だ」
「そんな……、そんな……」
「最後のチャンスだ。ラブレターを書くな。この業務を終わらせろ」
Hは膝から崩れ落ちた。眼鏡の奥に涙が浮かんでいた。
「い、いやだっ……。僕のこの想いは本当だっ。誰にも邪魔させない……。絶対に嫌だっ!」
「……そうか」
聞くだけ無駄だったか。仕方がない。
終わりだ、H。
「ネクストストップグッドエンカウント。全て元に戻せ」
Hの断末魔とともに真っ白な世界が崩壊していく。
奴は最後まで泣いていた。そこにはかつての高校時代を彷彿させるものがあった。
一年生のときの、楽しかった日々を思い出す。
誰もが仲良く過ごしていたあの時を。
白い光が、僕の身体を包んだ。
久々の部活に胸を高鳴らせながら、僕は部室へ向かって歩いていた。
あの事件から一か月。世界はHの力によって急速に復興し、人々の記憶は改ざんされた。かつての同僚三人も社長も、あの業務について何も覚えていなかった。Hは自身の力も極限まで抑え込み、今は何の音沙汰もない。あの事件を知っているのは僕だけになってしまった。
結局、何か悪い夢でも見ていたんだろうと、そう思うことにした。哀れなHの姿も、そのうち僕の記憶から消えるだろう。
哀れなHの姿……。
部室に着くと、玄関で皆が楽しそうに談笑していた。その中にはHの姿もある。奴は懲りずにNさんのことをちらちらと窺っていた。とても闇落ちするようには見えなかった。
Hの想いは本物なんだ。奴の芸術級の一途さに僕は感銘を打たれた。歪んではいるけれど、そこには正真正銘の愛があった。
HとNさんが結ばれることはないだろう。だからこそ、今のこの瞬間を楽しんでいてほしい。高校生活というかけがえのない時間を。将来的に世界を滅ぼさないためにも。
僕は買ってきた食品サンプルを、Hの鞄の近くにそっと置いた。