表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

恋の亡者へ

 勝ち誇ったかのように笑みを浮かべていたHの顔が、みるみるうちに歪んでいく。


「何故だ……? 何故効かないっ!」


 つくづく馬鹿な奴だ。


「まったく、これだから流行に乗れてない奴は困る」

「りゅ、流行……?」


 ああ、こいつは知らないんだったな。


「ネクストストップエンカウント……か。この呪文にもはや効用はない」

「バカなっ! 僕は散々、Ⅲにこの呪文を使われて……。嘘だっ! そんなこと……」


 Hは無様に呪文を詠唱し続けた。当然僕には効かない。


「やめろ、H。無駄だ」

「そんな……、そんな……」

「最後のチャンスだ。ラブレターを書くな。この業務を終わらせろ」


 Hは膝から崩れ落ちた。眼鏡の奥に涙が浮かんでいた。


「い、いやだっ……。僕のこの想いは本当だっ。誰にも邪魔させない……。絶対に嫌だっ!」

「……そうか」


 聞くだけ無駄だったか。仕方がない。


 終わりだ、H。


「ネクストストップグッドエンカウント。全て元に戻せ」


 Hの断末魔とともに真っ白な世界が崩壊していく。


 奴は最後まで泣いていた。そこにはかつての高校時代を彷彿させるものがあった。


 一年生のときの、楽しかった日々を思い出す。


 誰もが仲良く過ごしていたあの時を。


 白い光が、僕の身体を包んだ。




 久々の部活に胸を高鳴らせながら、僕は部室へ向かって歩いていた。

 あの事件から一か月。世界はHの力によって急速に復興し、人々の記憶は改ざんされた。かつての同僚三人も社長も、あの業務について何も覚えていなかった。Hは自身の力も極限まで抑え込み、今は何の音沙汰もない。あの事件を知っているのは僕だけになってしまった。

 結局、何か悪い夢でも見ていたんだろうと、そう思うことにした。哀れなHの姿も、そのうち僕の記憶から消えるだろう。

 哀れなHの姿……。


 部室に着くと、玄関で皆が楽しそうに談笑していた。その中にはHの姿もある。奴は懲りずにNさんのことをちらちらと窺っていた。とても闇落ちするようには見えなかった。

 Hの想いは本物なんだ。奴の芸術級の一途さに僕は感銘を打たれた。歪んではいるけれど、そこには正真正銘の愛があった。

 HとNさんが結ばれることはないだろう。だからこそ、今のこの瞬間を楽しんでいてほしい。高校生活というかけがえのない時間を。将来的に世界を滅ぼさないためにも。


 僕は買ってきた食品サンプルを、Hの鞄の近くにそっと置いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ