解読
事務所が盗聴されていると知ってから、迂闊なことはできなくなった。Hのことだから他にも何か仕掛けているに違いない。
十二時になり、いつも通りSが号令をかけて部屋を出た。同時に僕は同僚たちに呼びかけた。
「今日違うとこで飯食おうよ」
「は?」
「は?」
「いってら~」
よし、ここまでは想定内。とりあえず外に連れ出せればいい。
「ラーメン行こうぜ」
「いいね!」
「いいね!」
「いいね!」
僕はポケットに暗号文が入っているのを確認して外に出た。
僕らはいつものラーメン屋に入った。少し高めの餃子セットを注文し、出来上がるまでに暗号の説明をしようと思った。
「昨日Ⅲさんから電話があって、暗号が解けた」
三人は一斉に僕の方を向いた。
「マジで? なんて書いてあったん」
「実はまだ解読してない。これを解くには鍵となる表を作んないといけないんだけど、めっちゃ時間かかる」
僕はヴィジュネル方陣と暗号文を取り出した。Ⅲさんによると記号の交わったところを六個ずらすそうなので、それ専用に作りかえたものだ。アルファベットを縦二十六個×横二十六個、計六百七十六個書かなければならなかった。クソめんどくさかった。
「暗号は6、A、U、B、B、C、K、B、A、A、C、F、I、S、G、D、I、N、B。これを二つずつに区切って、それぞれ縦、横に当てはめる。交わったところが平文になるらしい」
「へー」
「はよしろや」
僕は内心ドキドキしていた。この仕事を終わらせるということから暗号の中身を知るということに、僕の目的はすり替わっていた。国の文書なのだからきっと極秘事項に違いない。一体どんなことが……?
座標を一つ一つ指で確認しながら、平文を新たに書き出していく。
「縦A、横Uだから……、A、次がI……、S、H、I、T、E、R、U……」
全て書き終わるとともに、僕の目は見開かれていった。
「あ、い、し、て、る」
あいしてる。愛してる。
愛してる?
ちょっと待って? 嘘でしょ?
え? ラブレター?
「愛してるって、M~、マジかよ~」
「解き方違うんじゃね」
待て。待て待て。僕には心当たりがあるぞ。
僕はラーメンを待たずに店を走り出た。
真っ暗な事務所の電気を点け、急いでパソコンを立ち上げた。僕の午前の分の作業が保存されているファイルを開き、先頭の数字が六になっている箇所を見つけ出す。それを座標に当てはめていった。
「S、U、K、I、S、U、K、I、C、H、U、C、C、H、U……」
好き好きチュッチュ……?
マジかよ……、これ確か……、全世界で打たれてるんだよな……?
え? 全世界でラブレター打たされてたの? 僕も含めて?
この暗号が始まったのは確か半年ぐらい前だ。
半年間? 書き続けてたのか……?
思考が追いつかない。追いつかないけど、いや、僕にはわかる。こんなことをする奴は。必死に素性を隠し続けている理由も。
「バレたか」
背後で声がした。振り向くまでもなかった。