再エンカウント
Ⅲさんとの再会から一週間が経った。いまだに連絡は来ていない。早くこの機械作業から解放されたい。
静かな部屋に僕のお腹の音が響いた。それを聞いてOが吹き出した。Aも吹き出した。Yも吹き出した。なんだこいつら。
もう休憩の時間だけど、Sが寝ているせいで号令がない。僕らは一応あいつの部下だから、指示があるまで動けない。午前の分の仕事も終えたし、めちゃくちゃ暇だ。ゲームしようかな……。
僕が鞄からゲーム機を取り出そうとした瞬間にSが起き上がって休憩を告げた。クソが。
Sはいつものごとく事務所を出ていった。僕らもいつものように丸テーブルで食事をしようとした。そうだ、いつも通りだったんだ。
あいつが来なければ。
僕の背後、事務所で唯一の扉が音を立てて開いた。どうせSが忘れ物でもしたんだろうと、僕は目もくれなかった。でも僕以外の三人が呆然と扉を見つめているのに気づいて、初めて異変を感じた。
箸を止め、ゆっくり振り向くと、堂々たる巨体がそこには立っていた。
「……H」
「よう」
奴はまるで昨日ぶりの再会のように馴れ馴れしく近づいてきた。下卑た笑みを浮かべるHにえも言われぬ不気味さを感じ、僕は戦慄した。奴はHであって、Hでなかった。
「お前、今まで何してたん」
「え? うーん、まあ……、野球観戦かなあ」
Hはこれっぽっちも面白くないジョークを飛ばし、部屋を見回した。
「ここ、お前らの仕事場?」
「そうだけど」
「ふーん、いいじゃん」
「Hは仕事してないの?」とOが尋ねた。やめろ! こんな平日の昼間からうろついてる奴が仕事なんかしてるわけないだろ! Hの自尊心が傷つけられて不機嫌になるじゃねーか! こうかはばつぐんだ!
「うん、してないよ」
「へー」
な……!? こいつ平然と……? かつてのHなら見栄を張って嘘をついただろうに。やっぱりこいつ、今までとは違う……。
「Mの席どれ? これ?」
「おい、勝手に触るな」
Hがデスク上のパソコンやら電話やらをべたべたと触りだした。不快感を覚えた僕はすぐに止めに入った。奴はにやにやと笑っている。この笑みは昔何度も見てきた。Nさんと喋っているとき特有の笑い方だ。ついにデフォルトになってしまったか。
同時に、僕は一週間前のⅢさんの言葉を思い出した。Hをこんな風にしたのは私だ、私のせいでこんな世界になった……、つまりこの不況はこいつが関係してる。僕は思いきって聞いてみることにした。
「今のこの情勢って、お前が関係してんのか?」
「……は? なんで?」
「さ……昔の知り合いに聞いたから。どうなんだ? お前が全部やったってのはないだろうけど、何か関わってんじゃねーの」
Hは顔をさらに皺くちゃにして僕を見た。「いーや。そんなわけないだろ」
やはりか。こいつが何か握ってるんだ。でも、たかが高校生に世界を変えるなんてできるわけないよな……。一体Ⅲさんとこいつとの間で何があったんだ?
「僕もう帰るわ。じゃあな」
「え……、もう帰るの?」
「何しに来たん、お前」
「アディオ~」
Hは逃げるように踵を返した。僕の言葉が効いたか。
扉を閉めきるまで、奴は僕を見つめていた。