昼休憩
いつものように人差し指だけを使い、ポチポチとキーを打つ。僕はタイピングが苦手だ。なんでこんなキー配列にしたんだまったく……。
向かい合わせに設置された四人のデスクから独立した場所、そこでS社長は仕事をしている。奴はおもむろに立ち上がり声を上げた。
「一時まで自主れ……、休憩にしまーす」
同時に周りの同僚たちが一斉に動き出す。
「っしゃー、飯だー」
「Sも食べようよ」
「俺はちょっと……」
そう言ってSは事務所を出た。大方Nさんとの約束でもあるのだろう。
皆は弁当を手に、部屋の隅にある円形のテーブルに着いたが、僕だけはまだ作業を続けた。Oが不思議そうな顔でこちらを向く。
「M、食わんの?」
「あと少し」
「無駄に頑張ってんな」
Aのその言葉に少しイラっとした。「無駄じゃない」
「こんな仕事でもしっかり給料が貰えるじゃん。無駄じゃない」
「でもなあ……」
「自分が何やってんのかわからん」
「それな」
三人は口々に文句を垂れた。もちろん僕も思っていることだ。この作業に意味は見出だせない。そう考えだすと急に自分が馬鹿馬鹿しく感じ始めた。僕はさっさと鞄から弁当を取り出して席に着いた。
そういえば、とAが話し始めた。
「この仕事、他の会社もやってるらしい」
「マジで?」
「うん。中学の友達が言ってた。しかも、やってるのは俺らみたいな学校に行けなくなった奴らだけだって」
「へー」
僕も初耳だった。未成年で構成された新企業に課される業務……。国の意図がわからない。
「絶対なんかあるよな」
僕の向かいに座っているOが言った。屈辱だが同感だ。あの文字列に意味がないはずがない。
「俺、今日のやつ書き出してみた。最初の方だけ」とAがポケットから紙を取り出した。
6、A、U、B、B、C、K、B、A、A、C、F、I、S、G、D、I、N、B……。
さっぱりわからん。でも絶対に何か隠されてる。よく見ると、僕が打ってたのとは違うな……。文章は個別に送信されてるのか。
「6、あ、う、……」
「あれじゃね、数字に置き換えるとか」
「6、1、U……って何文字目だっけ」
「……」
Yのやつ、さっきからまったく喋んないな。こいつが黒幕か?
僕らはしばらく黙ってご飯を食べた。すると突然、Oが口を開いた。
「Hもこんなのやってたな」
H。ステータスメッセージ。ああ、思い出してしまった。あいつの暗号はめちゃくちゃ簡単だったなあ。今となっては、あの頃が一番楽しかった。
「……シーザー暗号」
携帯をいじっていたYがぼそっと呟いた。
「何それ」
「文字を何個かずらして暗号にするやつ」
「てことは、最初の六がそれか」
Aはペンを持って新たに文字を書き始めた。
G、A、H、H、I、Q、H、G、G、I、L、O、Y、M、J、O、T、H。
だめじゃねーか!
「あー、わからん。飯食お」
Aはペンを投げ出して箸を持った。この紙、持って帰って調べたい。妙に興味をそそられる。
「その紙貰っていい」
「え? いいけど、俺らの業務は社外秘だから誰にも見せんなよ。同業者以外は」
「わかってる」
僕は紙を畳んでポケットにしまった。