社畜の僕
「あー、疲れたー」
僕は大きく伸びをして椅子にもたれかかった。肩と腰が焼けるように痛い。マウスを動かして上書き保存を押し、今日の分の仕事を終えた。時計に目を向けるとすでに十時を回っていた。オフィスもすっかり薄暗くなっている。喉が渇いたと感じると同時に、背後から伸びてきた手が僕のデスクにコーヒーを置いた。
「Y~」
「お疲れ」
彼は僕の同僚のYだ。一番絡みやすい男で、頼りにはならない。
「もう終わったのか」
「いや、ノルマは越えたけど、まだ終電まで時間あるから」
「そんなに稼いでどうすんだ」
「……別に」
僕はYから目を逸らした。お金が必要な理由はもちろんある。弟が僕の大切なゲームのカセットを無くしたのだ。早く新しいのを買わなければならない。ゲームと飯のために僕は毎日働いている。
「なんで働いてるんだろ、俺ら。まだ十七なのに」
「……」
Yは当然の疑問を口にした。
Hの様子がおかしくなって以降、世界は変わってしまった。各地を災害が襲い、それに伴う大不況、戦争、食糧難……。僕らは学校に通う余裕などなくなり、家族のために会社に勤めた。
Hが関わっているのかはわからない。あいつは僕らの前から姿を消した。もしかすると、Hのおかげで世界のバランスは保たれていたのだろうか。
「こんな仕事、そろそろ嫌になってきた」
「俺も」
僕はキーボードを見つめた。この会社の業務は“画面に表示される文字をひたすら打ち続ける”ことだ。それを朝から晩までおこなう。文字にひらがなカタカナはなく、すべてアルファベットか数字で表示される。飽きるとかの問題ではない地獄の単調作業だ。今日は五万字以上打った。
以前、社長であるSにこの仕事の意味を尋ねた。だがSもよくわかっていないようだった。すべて国から指示されてのことらしい。そんなんだから社員が四人しかいないんだよ。
「僕たち、一体何を打たされてるんだろ」
「知らん。文字に規則性もないし、暗号にしか見えん」
「本当に暗号かも」
「それはないだろ。子供にもできるような作業にしたんじゃね」
僕はコーヒーをすすった。クソ苦かった。Yめ。コーヒーと砂糖を一対九にしろとあれほど……。
「僕ら高校生なのに。こんなの続けられるのは、きっとOみたいなガイ――」
そのとき、僕の言葉を遮るように二十六ばんどうろのBGMが鳴り響いた。ポケットの携帯を見てみると、Oと一緒にコンビニへ行っているAからメールが来ていた。内容は大体想像できるが……。
ラーメンラーメンラーメンラーメンラーメンラーメンラーメンラーメンラーメンラーメンラーメンラーメンラーメン。
やはりか。僕は昨日もラーメンだったのだが……。まあいい。これ言ったらどうせ文句言われるし。
今夜も残業するつもりだったが、たまには息抜きも必要だろう。
「Y、行こう」
僕はパソコンの電源を落とし、椅子から立ち上がった。