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 すっと、何か重たいものが体から消えていった気がした。秀は、私に気づかせてくれたのだ。

 お礼をいおうか。そう思い声を出そうとした直前、秀がああ、と小さな声をもらしたので、私は言葉を飲みこんだ。黙って彼の次の言葉を待つが、なかなか出てこない。やっぱり話そうかしら、と思いかけたところで、やっと彼は、言葉を発した。絞りだしたような声だった。


「……よかった」

 何がだろう。「ん?」と訊きかえすと、今度はすぐに言葉を返してくれる。

「いや、みのりが、俺のこと恋愛的に好きになっていたらどうしようかって、すごく不安で」


 至極真面目にそんなことをいう。

 私を信じきってくれたからこその言葉が、どうしようもなく可笑しい。

 思わずふきだしてしまい、笑いが止まらなくなってしまった。

 そんなに笑って大丈夫? と心配をしてくれた彼も、私がずっと笑っているものだから、だんだんおかしくなってきたようで、最後には二人で涙を流して笑いあった。


 笑いつかれたところでやっと、私は彼に、お礼をいうことができた。



 今までの恋愛がうまくいかなかったこと。

 自分はそのことを気にしないでいようと思っていたけれど、できていなかったことに気がついたこと。

 恋愛がうまくいかなかった理由を探していたこと。

 今回の会話を通じて、その答えが見つかったこと。

 秀のおかげだと、強く思っているということ。

 やっとみつけたこの友情を、大切にしたいと思っていること。

 大切だからこそ、誰かにとやかくいわれることが怖くて、ピリピリしていたこと。



 私の長い話に、彼は耳を傾けてくれた。

「でも、今まで付きあった人と友達でずっといられたかっていうと、難しかったかもしれない。ずっと友人でいてくれるだろうって確信がもてる、秀みたいな人には、なかなか巡りあえないかもね」


 最後に、私はそういった。本心だった。

 彼からの言葉は、意外なものだった。てっきり、肯定が返ってくるかと思っていたのに。


「俺はそうは思わないよ。探していたら、見つかると思う。さっきさ、周りの目は気にしたくないっていったでしょ。それって、実は、そう思わせてくれるような友達がいるからなんだ。そいつは、多分みのりともいい友達になってくれると思うよ」

「……どうしてそう思うの?」

「女の友達も、男の友達も、すっごくたくさんいるやつなんだ。それと、みのりと似たようなこともいっていた。恋愛が下手なんだよね、って。人生でまだ一度も、恋をしたことがないんだって」


 ほんの少し前にそのことをきいたら、私は驚いていただろう。そんな、もう二十何年も生きているのに? でも、今ならわかる。私だって、今までに、たぶん一度も恋なんてしたことがないからだ。


「私と一緒ってことだ。ねえ、その人といつ会えるかな」

 訊くとなぜか秀はきょとんとしているので、私もきょとんとしてしまう。

「その人と会おうって話になるのかなと思っていたけど」

「なるほど、それは面白い」

 どうやら秀は、私に友人を紹介したかったのではなく、単純に友人の話をしたかっただけのようだった。

「ちょっと、リッタに話してみる」

「リッタ?」

「そう、律するに太いで律太。野々宮律太。俺のバイト先の店長」





 秀曰く、律太さんは、秀にとって唯一無二の友人だということだった。三歳年上の律太さんは近所に住んでいるお兄さんで、小学生の頃は登下校を共にすることが何度もあったのだそうだ。秀は律太さんのことが大好きで、放課後は律太さんの後ろをついてまわっており、一人っ子の律太さんもまた、秀のことを弟のようにかわいがっていた。


 友人関係はそれから十五年以上続き、秀が大学生のときに律太さんが自分の店を持ち、秀はそこでアルバイトをするようになった。アクセサリーを売る店だという。アルバイトといっても、将来的には社員として働いてもらうこと前提のアルバイトであり、秀以外にアルバイトは雇っていないそうだ。秀は、放課後に律太さんの店に通っては、店を経営するノウハウを学んでいるのだという。


 秀が律太さんに電話をかけ、数分後には来週の水曜日に三人で会うことが決まった。私が休みで、彼がバイトの日がその日しかなかったこともあるが、秀は私の体調も考慮して、五日後に設定してくれたのだと思うと、嬉しかった。





 私が倒れた次の日は、私も秀も休みの土曜日だった。私は妹と映画を見る約束をしていたが、体調を理由に予定をキャンセルさせてもらった。秀はその日、部屋で一日映画を見る予定だったそうで、最初は私のそばにいようかと心配してくれていたが、きつかったら呼ぶからというと、子犬のような表情を浮かべたまま、部屋に戻っていった。


 一日中横になっても、痛みが和らぐことはなく、かといって何ができるわけでもなかったので、スマートフォンをいじることで気をそらせながら、私は何とかその日を耐えぬいた。

 次の日から二日連続でバイトが入っていたが、日曜日の午前中だけバイトを休ませてもらった。日曜日の午後には動ける程度にはなっていたため、痛み止めを駆使しながら、バイトに向かった。月曜日には、問題なく動けるようになっていた。今月も、山場をなんとか超えたのだ。

 火曜日、私は少し浮かれていた。明日は秀の友人に会える。そう思うだけでわくわくした。


「なんかにやついてるなあ」

 友人にばれるほどだ。

「そうかな」

「そうだよ。恋愛ごとかあ? なつ子探偵が推理してみようかな?」


 そういう彼女の表情を見て、しまったなあと思わず眉を寄せてしまった。彼女は、先週の金曜日、秀と私がひそひそと話しているその現場に居合わせている。女を(おそらく噂上では)とっかえひっかえの秀が、今度はみのりを、と噂になっていることを教えてくれた張本人だ。

「松丸君じゃないよ」

「その話が聞きたかったんだ、私」


 にやりと笑う彼女、御堂なつ子は、快活な女性だった。明るく、まっすぐで、誰に対しても繕わない。気になることは、訊く。わからないことは、わからないという。その素直さが私にはないので、素敵だと思い一緒にいるのだが、今回ばかりは深入りしないでほしかった。

 私と秀の関係を、彼女が理解できるとは思えない。


 彼女は恋にも真っすぐだ。いつだか、彼女と恋愛観の話になったことがある。そのとき、彼女は、恋愛対象である男性を彼女の中で常に振りわけているのだといっていた。恋人候補になるか、否か。友人になるという選択肢はそもそも存在しないのだそうだ。そのため、私が今まで付きあった人は元友人ばかりだったことを話すと、理解できないような表情を浮かべていた。その話をしたときは、なつ子の反応が楽しかったけれど、今はそうもいかない。


「みのりと松丸君、つきあってんじゃないの?」

「彼は、いい、友達です」

「一緒に歩いているのを見たって、風の噂で聞きました」

「一緒にいるだけで恋人になっちゃうのは、どうかと思いますが」


 そうかなあ、と彼女は笑う。


「それよりなつ子、彼と仲直りできた?」

 私の質問に、む、と彼女は眉をしかめる。表情がころころと変わる人だ。

「なんか、無理かも。前の恋人のこと、すごく引きずっているっていうかさあ。忘れられなくてつらいのかもしれないけれど、私に話すのは、ひどくない? って……」

 なつ子が、声のトーンを落として、静かにいう。

「噂をすれば、なんだけど」

「えっ」


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