表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

 次の日の日曜日は、二人とも朝から晩までバイトの日だった。私は九時から五時、彼は十二時から八時の勤務時間だ。


 昨日は、二人で買い物をした後コンビニで昼ご飯を買って食べ、それから夕ご飯までは各自部屋にいた。彼はさすがに疲れたようで、昼寝をしていたようだった。私は、部屋の掃除をした。彼の部屋は必要最低限のものしか置いていないため、とてもきれいだ。一方の私の部屋は、汚くはないが、綺麗でもない。彼を自ら部屋に招くつもりはないが、入らなければならないタイミングが出てくるかもしれない。準備は必要だ。


 夕方の五時になって、彼は夕ご飯を自分が作ると宣言し、家を出た。家から五分圏内にスーパーがあるのに一時間近く帰ってこなかった。迷ったかと心配したけれど、買い物ついでに外をぶらついていただけだったようで、けろっとした顔で戻ってきた。私があまりに心配そうな顔つきをしていたから、どうしたのと彼も心配そうな顔つきになって、二人で笑ってしまった。もうこんなことはごめんだと、そのときになってやっと、連絡先を交換した。


 夕ご飯はペペロンチーノだった。簡単だと彼はいうが、私にはとてもそうだとは思えなかった。朝のホットケーキといい、彼は料理が好きなのかもしれなかった。


 彼よりはやく、私が寝たように思う。隣の部屋から小さく何かが聞こえていた。多分、映画を見ていたのだろう。心地よい雑音と共に眠りにつき、次の朝七時半に起床して、八時半に、静かに家を出た。



 九時から働いて、三時間。一時間の休憩時間だ。

 店の奥にあるバイト部屋に行くと、バイトの先輩がお昼ご飯をとっていた。この店の名物であるオムライスを食べている。私も、それを選んだ。


「お疲れ様です」

「お疲れ様。やっぱりお昼はオムライスだよね。しかしみのりちゃん、今日、ご機嫌だね」

「そうですか?」


 先輩が、スプーンをこちらに向けながら、かなりね、と笑う。先輩の向かいに座り、そうですかねえ、と頬に触れる。この頬が、知らずのうちににやついていたのだろうか。


「なんかあったの?」

「同居人が見つかって」

「出ていっちゃった妹さんの代わり? それはよかったねえ。友達?」

「そうです」

「いい人なんだね」


 先輩が満足そうに微笑む。秀の笑顔を思い出して、思わず私の頬も緩む。


「かなり、いい人です」

「何よりだよ。大学の人?」

「そうです。か——」



 彼は。



 いいかけて、飲みこむ。

 背中に氷を落とされたような気分になる。

 危なかった。

 男女が同じ屋根の下に住んでしまうと、事情を知らない他人がどう思うかという、そのパターンについて考える。

 幾千数多の想像や妄想が、そこにはあるだろう。でも大概、その形は、私が望むものとは異なる形をしているはずだ。


 秀が、自分を信用しすぎだといったあのとき、私は彼に訊くことができなかった。私はあなたを信じているけれど、周りの人はそうじゃない気がする。いや、きっとそうじゃない。彼は、この事実を、どう受けとめているのだろう。気にしないのだろうか、それとも私みたいに、隠そうと必死になるのだろうか。


 私は、昨日の時点で、他の人には彼と一緒に住んでいることを黙秘すると決めていた。


 面倒だ。想像するだけで。私が恋愛関係ではないと否定の言葉を口にしても、それが肯定に代わってしまうかもしれない。就職活動のことを思い出す。善意のナイフ。無意識の無責任。


 特に恋愛ごととはそういうものだ。誰もが立ちいっていいと思っている。プライベートなことなのに、憶測も邪推も、エンターテイメントとして成立する。テレビの中でも生活の中でもそうなのだ。そういった類のことに、私は今、距離を置きたくて仕方がないのに。テレビだって捨てたのに……。


「……みのりちゃん?」


 でも、隠すのなら、じゃあ、どうやってやりすごせばいいのだろう?

 そこまでは考えていなかったのだと、こんなところに来てやっと私は自覚する。浅はかだったと悲しくなる。

 硬直してしまう。正しい言葉が出てこない。正しいってなんだ。私が間違っていることをしているみたいだ。


「……あ、えっと、素敵な人です。本当に」

 そういって初めて、私は、膝の上で拳を強く握りしめていたことに気がつく。

 私は何もいうことができないじゃないか。こんなにも苦しいのに。間違っていないのに黙っていなければならないということが、こんなにもこたえるなんて。それでも、誰かにいえる日なんて、来るのだろうか。考えるだけで、つぶれてしまいそうになる。


「……すみません、うまくいえなくて」


 誰かに、私たちの生活を話す日が来るのだろうか。

 誰かに、私たちの生活を話す日が来ないとしたら。

 私にとっては日常であるそれに、私は鍵をかけて生活しなければならないのか。


「説明下手で、はは……」


 秀はどう思っているのだろう。

 そんなことないよ、と先輩が笑っている。私も無理やり笑顔を浮かべて、オムライスをたっぷりと、口の中に運ぶ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ