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次の日の日曜日は、二人とも朝から晩までバイトの日だった。私は九時から五時、彼は十二時から八時の勤務時間だ。
昨日は、二人で買い物をした後コンビニで昼ご飯を買って食べ、それから夕ご飯までは各自部屋にいた。彼はさすがに疲れたようで、昼寝をしていたようだった。私は、部屋の掃除をした。彼の部屋は必要最低限のものしか置いていないため、とてもきれいだ。一方の私の部屋は、汚くはないが、綺麗でもない。彼を自ら部屋に招くつもりはないが、入らなければならないタイミングが出てくるかもしれない。準備は必要だ。
夕方の五時になって、彼は夕ご飯を自分が作ると宣言し、家を出た。家から五分圏内にスーパーがあるのに一時間近く帰ってこなかった。迷ったかと心配したけれど、買い物ついでに外をぶらついていただけだったようで、けろっとした顔で戻ってきた。私があまりに心配そうな顔つきをしていたから、どうしたのと彼も心配そうな顔つきになって、二人で笑ってしまった。もうこんなことはごめんだと、そのときになってやっと、連絡先を交換した。
夕ご飯はペペロンチーノだった。簡単だと彼はいうが、私にはとてもそうだとは思えなかった。朝のホットケーキといい、彼は料理が好きなのかもしれなかった。
彼よりはやく、私が寝たように思う。隣の部屋から小さく何かが聞こえていた。多分、映画を見ていたのだろう。心地よい雑音と共に眠りにつき、次の朝七時半に起床して、八時半に、静かに家を出た。
九時から働いて、三時間。一時間の休憩時間だ。
店の奥にあるバイト部屋に行くと、バイトの先輩がお昼ご飯をとっていた。この店の名物であるオムライスを食べている。私も、それを選んだ。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。やっぱりお昼はオムライスだよね。しかしみのりちゃん、今日、ご機嫌だね」
「そうですか?」
先輩が、スプーンをこちらに向けながら、かなりね、と笑う。先輩の向かいに座り、そうですかねえ、と頬に触れる。この頬が、知らずのうちににやついていたのだろうか。
「なんかあったの?」
「同居人が見つかって」
「出ていっちゃった妹さんの代わり? それはよかったねえ。友達?」
「そうです」
「いい人なんだね」
先輩が満足そうに微笑む。秀の笑顔を思い出して、思わず私の頬も緩む。
「かなり、いい人です」
「何よりだよ。大学の人?」
「そうです。か——」
彼は。
いいかけて、飲みこむ。
背中に氷を落とされたような気分になる。
危なかった。
男女が同じ屋根の下に住んでしまうと、事情を知らない他人がどう思うかという、そのパターンについて考える。
幾千数多の想像や妄想が、そこにはあるだろう。でも大概、その形は、私が望むものとは異なる形をしているはずだ。
秀が、自分を信用しすぎだといったあのとき、私は彼に訊くことができなかった。私はあなたを信じているけれど、周りの人はそうじゃない気がする。いや、きっとそうじゃない。彼は、この事実を、どう受けとめているのだろう。気にしないのだろうか、それとも私みたいに、隠そうと必死になるのだろうか。
私は、昨日の時点で、他の人には彼と一緒に住んでいることを黙秘すると決めていた。
面倒だ。想像するだけで。私が恋愛関係ではないと否定の言葉を口にしても、それが肯定に代わってしまうかもしれない。就職活動のことを思い出す。善意のナイフ。無意識の無責任。
特に恋愛ごととはそういうものだ。誰もが立ちいっていいと思っている。プライベートなことなのに、憶測も邪推も、エンターテイメントとして成立する。テレビの中でも生活の中でもそうなのだ。そういった類のことに、私は今、距離を置きたくて仕方がないのに。テレビだって捨てたのに……。
「……みのりちゃん?」
でも、隠すのなら、じゃあ、どうやってやりすごせばいいのだろう?
そこまでは考えていなかったのだと、こんなところに来てやっと私は自覚する。浅はかだったと悲しくなる。
硬直してしまう。正しい言葉が出てこない。正しいってなんだ。私が間違っていることをしているみたいだ。
「……あ、えっと、素敵な人です。本当に」
そういって初めて、私は、膝の上で拳を強く握りしめていたことに気がつく。
私は何もいうことができないじゃないか。こんなにも苦しいのに。間違っていないのに黙っていなければならないということが、こんなにもこたえるなんて。それでも、誰かにいえる日なんて、来るのだろうか。考えるだけで、つぶれてしまいそうになる。
「……すみません、うまくいえなくて」
誰かに、私たちの生活を話す日が来るのだろうか。
誰かに、私たちの生活を話す日が来ないとしたら。
私にとっては日常であるそれに、私は鍵をかけて生活しなければならないのか。
「説明下手で、はは……」
秀はどう思っているのだろう。
そんなことないよ、と先輩が笑っている。私も無理やり笑顔を浮かべて、オムライスをたっぷりと、口の中に運ぶ。