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 目を開けて、倒れているであろう秀に駆けよろうとしたのだが、実際に倒れていたのは名も知らぬ男の方だった。


「あ」

 秀が、拳を振りぬいたポーズのまま、苦笑した。

「やっちった」




 数秒気絶していた男は、目を覚ますと、何やら捨て台詞を吐いて、のこのこと退散してしまった。残されたなつ子に「あの人はやめておいた方がいいかもね」というと、「その通りだね」とため息交じりの返事が返ってきた。

 なつ子を横目で見ると、どこか清々とした表情のなつ子が、私を見ていた。

「ごめん、なつ子」

 何をといわなくても、なつ子は「いいよ」と笑ってくれた。

「私こそごめん。心配で、先走った。勝手に様子見に来ちゃった。あいつが松丸君のこと、逆恨みしていたのなんて知らなかった……」


 あ、と私は思わずつぶやく。


「ん?」

「いや、やっとわかったなって。なつ子がいってた、秀と別れて傷ついたかもしれない女の子って、なつ子の彼氏さんの」

「そう、元彼女。ミカさん。いっつもその子の話ばっかり」

「未練たらたらなんだね……そっか、それで、秀のこと恨んでいて、偶然私と歩いているところを見つけて、思わず追いかけた」

「松丸君が他の子と付きあっている証拠を見つけて、よりを戻したかったのかも……ああ、やだやだ! なんで連れてきちゃったかなあ……期待していたのかなあ……」


 もう、と足を踏みならすなつ子を見て、当たり前のことに気がつく。彼女だって、私と同じように、ぐしゃぐしゃになって、考えていたのだ。そんな中でも、私のことを、心配してくれていたのだ。


「ごめんね、なつ子。なつ子が心配してくれたの、わからなかった私が悪かった」

「なつ子ちゃんっていうの?」

 秀が、なつ子をのぞきこむ。眉をひそめるなつ子に、あ、怖がられてる、と秀が苦笑する。

「怖くないよーって、今いっても説得力ないか」

「秀、すごい勢いで殴りとばしたね」

「殴られそうになったからとっさに……拳で解決する予定ではなかったのだが……」


 怖すぎるよね、と突然背後から男の人の声がした。

 振りかえると、そこには両腕で自分の体を抱きしめている律太さんがいた。


「律太さん!」

「みのりちゃん、やっほー……こいつがね、俺のところ来てぐずぐずぐずぐずしてるから、会いにいきまちょうねーって連れてきたんだけど、みのりちゃん絡まれてるし、お前は役に立たないからここで見てろとかいって俺は置き去りにされるし」

「律太君、俺の株を下げるキャンペーンはやめてください」

 ふふ、となつ子が笑った。

「おもしろい人達!」


 私はそれが嬉しくて、もっと笑った。秀と律太さんは、私の様子が面白かったのか楽しかったのか、大声で笑った。

 私たち四人は、夜の道端で、腹を抱えて笑い転げた。

 散々笑い転げて、息も絶え絶えになりながら、私は秀に、まっすぐいった。


「秀、ごめん。私、秀がいない生活なんて、嫌だよ。想像できない。一緒に住みたい」

 秀は涙をぬぐいながら、静かに微笑んだ。

「俺も。だから戻ってきたよ」




 秋のある日。窓を開けると、秋の空によく似あう香りが飛びこんできた。

「秀、すごい!」

 部屋にいる秀を叫んで呼ぶと、部屋から出てきた秀が、うわあと目を輝かせた。

「金木犀! いいかおり」

「ねえ、覚えている? 秀がこの家で初めて、私にいった言葉」

「んー? あ、みのり、俺があげたペンダント、またつけてくれている。嬉しい」


 話をそらされた。忘れているのか、と私が窓を閉めながら口をへの字にすると、待って、待ってと秀が眉間に指をやる。


「初めて……ホットケーキ食べたよね」

「そうそう。その前!」

 んん、と秀がうなる。この顔は、考えているふりの顔だ。

「正解は、金木犀の香りが凄いね、でした」

 ああ、と秀が微笑む。

「あっという間だね」


 せっかく閉めた窓を、秀はもう一度開ける。

 そうして深呼吸をする。私も真似て、金木犀の香りを吸いこむ。


「この一年は素晴らしいの連続だった」

 窓の外に身を乗りだしながら、秀がつぶやいた。私も、と小さく返事をする。

「これからもまた一年、一緒に暮らせたらいいね」

「そうだね」


 あ! と秀が小さく窓の外に手を振っている。「来た?」と訊ねると「二人とも一緒」と頷く。家に遊びに来る予定の律太さんとなつ子が、どこかで偶然出会って、一緒に歩いてきたのだろうか。


 私も、窓から身を乗りだして、歩いてくる二人に手を振りたいと思った。


 それでも、その場から動くことができない。


 二人を見つめる秀の瞳が、本当に冷たく美しい、私の好きなあの瞳だったから。


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