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 混乱した。どうして。家に戻ろうか。でも、前に進みたい。どうして邪魔をするのか。私はなんていうのが正解なのか。

「よかった」


 なつ子がほっと、胸をなでおろした。何がよかったのだろう。


「みのり、ごめん」

「……どうしてなつ子ひとりじゃないの」


 本当にききたいのはこんなことではないはずなのに、私はそんなことを問うている。


「俺? 君の彼氏に元彼女を取られた人」

「そうだったの?」


 訊ねたのは、私ではなくなつ子だった。大きな目をさらにひん剥いている。


「そうだよ」

「順番は守ったでしょ」

 私は、静かに、名前も知らないその男に話しかけていた。

「順番?」

「あなたがまず元彼女にふられて、それで、秀とあなたの元彼女はつきあったんでしょう」


 私の言葉に、男は黙った。その通りだったようだ。


「そうなら、それは、取ったとはいわない。秀は悪くない。浮気を促したわけでもない。彼は、恋人のいる女性をたぶらかしたりしない」

「女って、恋人の過去の恋愛話なんて、したがらないのかなって思っていたけれど」

「私の話? 私はそもそも、秀の恋人じゃない」


 声が震えていた。なぜかはわからないけれど、私はしっかりと、前を見据えて、名も知らないこの男と、対峙しなければならないと思った。


 秀を守らなければ。


「一緒に住んでいるのに?」

「一緒に住んでいたら恋人になるの?」

「不健全だろ」

「あなたの想像力が不健全なだけでしょう」


 何を、と男が目を吊りあげる。もうやめてよ、となつ子が半泣きで男を止める。

 友人として、なつ子に忠告をしようかな、とのんきなことも考える。彼、あんまりいい人じゃないかもよ。

 そこではっとする。そうか、なつ子はこんなふうに考えていたのか。そして私に話してくれたのか。秀はやめた方がいい、と。

 だとしたら。


「なつ子。今やっと、なつ子の優しさがわかったよ。私と秀を遠ざけてくれようとした優しさが。今度、秀と話してみるといいよ。秀に対するイメージだけで、話したことはないでしょう。いいやつだから。人の恋人をとるような真似は絶対にしない、芯の通った男だから」

 なあー、と男が首の骨をならす。

「俺のこと、無視しないでよ」

「名前も存じませんけれど、あいにく秀は不在です。なにか彼に文句があるなら、直接お話されたらどうですか」

「不在なのか。ちょうどいいや」

 背丈の大きな男が、ずい、と歩み寄ってきた。

「え?」

 ずい、ずい。三歩で、目の前だ。

「ちょっと、何するの!」

 なつ子の叫び声と、目の前の彼が微笑むタイミングが重なった。身の毛がよだつ。

「何ですか」

「俺とも友達になろうよ、みのりちゃん」

「お断りします」

 何を考えているのかわからない。にたにたと、彼は笑っている。

「何でだよ」


 彼の大きな手が、ゆらりと動いた。反射的に、手をつかまれると思い、後ろに下がった。

 長い手が、私の腕を狙って伸びてくる。やだ、と叫んだ。



「おい」

 私の腕を目の前の男がつかむ直前。

 男の後ろ側から、声がした。


 秀だ。


「何しているんだ」

 ゆっくりと、歩いてくる。

 冷たい、射るような視線と共に。

 優しい秀は、どこにもいない。


「お前だよ。何しているんだって、聞いているんだ。答えろよ」

「何もしてねえよ」

 男が叫ぶ。

「うるせえな……だいたい誰だお前」

「松丸……お前の元彼女の元彼氏だよ」

「あ? 複雑だな……俺に何の用事だよ」

「俺の女を取った挙句、すぐに捨てたやつが、同棲まがいのことをしてるっていうんで見に来てやった」

「そんな性格だからフラれるんだろ」


 男の真横に、秀が立った。大きな男だと思っていたけれど、秀の方が背が高い。


「まずはその手を降ろせ。みのりから離れろ。俺のこと殴ったり蹴飛ばしたかったりするなら、すればいい。それで気がすむのなら、どうとでもしろよ」

 男は静かに手を降ろして、体の向きを変えた。秀のことを、正面からにらみつけている。

「やめてよ」

「なつ子は黙ってろ」

「ねえ、着いてくるだけっていったじゃん、嘘つき!」


 つかみかかったなつ子のことを、男が振りはらった。なつ子の軽い体が、跳ねとばされる。


「なつ子!」

 私が叫ぶ前に、秀がなつ子の体を支えていた。

「大丈夫? 離れてなよ、危ないから」

 秀が、静かになつ子に話しかける。なつ子はこくこくと小さくうなずいて、いわれたとおりに何歩も後ろに下がった。


「そうやって優しくして、何人もの女をたぶらかしてきたってわけか」

 男がせせら笑う。

「人聞きが悪いな。俺は真剣に付きあったよ。その期間が短いことと、軽薄さをイコールで結ぶなよ」

「ミカもそうやって捨てたのかよ」

「ああ、ミカちゃんの。確かに彼女とはすぐに別れちゃったよ……つきあうと同時に一緒に住んでね……やっぱりしばらくは一人がいいって、俺がふられた。短い期間だったけれど、君の話も聞いたよ。怒るとすぐに叫ぶんだろ? 穏やかに生きなよ」


 挑発だ。やめてよ、と叫びたかったけれど、怖くて声が出ない。さっき飛びだしていったなつ子のすごさを痛感する。

 うるせえな、と男がぐっと拳を握った。

 あ、と私の口から声が漏れた。

 握った拳を、男が後ろに引く。

 殴る気だ。


「やめて」


 私の声はか細い。男の叫び声にかき消される。

 殴られる。

 ぎゅっと目をつむってしまう。暗闇の向こうで、バキ、と痛々しい音がする。なつ子の叫び声が聞こえる。目をつむってしまったことを後悔する。



「秀!」


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