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 彼が出ていってしまってから、状況がうまく把握できず、しばらく私は彼の部屋のソファに座って、ぼんやりと壁を見つめていた。

 この部屋に住む人は、私を置いてどこかに行ってしまう運命なのだろうか。


「運命……」


 鼻で笑ってしまう。こんなさみしい運命なんてない。やっと見つけた友情。この人にならと思えた人に、置いてきぼりを食らってしまった。

 なつ子と仲直りしたといったら、彼は戻ってきてくれるのだろうか。

 でも、彼が出ていったから仲直りしましょう、となつ子にいうのも、変な感じだ。


「話さなきゃ……」


 なつ子と話さなければ。わかっている。謝らなければ。わかっている。どんな理由であれ、彼女を傷つけてしまった。嫌な思いをさせてしまったのだ。謝らなければならない。秀はいっていた。心配したのだと。そうだ。なつ子のことを、私は誤解していた。彼女はなんでもまっすぐに伝えてくる人だと思っていたけれど、私のことを心配しているということは、まっすぐ言葉にしてこなかった。鈍感な私は、言葉の端々から、彼女の優しさをくみとることができなかった。私のことを心配して、勇気を出してくれたのなら、そのことについても、お礼と謝罪をしなければならない。


 でも、それ以上どうすればいいのだろう。

 私は理解してほしい。

 秀と私との間にあるような友情もあるのだと。それだけでいい。ほかには何も、なつ子には求めていない。私たちを認めてほしい。ただ、それだけでいい。


 遠くで雷が鳴っている。その音で、私の世界から音が消えていたことに気がついてはっとする。そんなに集中していたのか。それとも、そんなにもぼんやりしていたのか。

 雨が降っていることにも、今気がついた。さっきまでは曇っていたのに。

 秀は雨に濡れていないだろうか。

 なつ子は泣いているかもしれないな。


「……明日は何もかもお休みしよう」

 私は自室に戻って、着替えないまま横になった。大学もバイトも休む。そう心に決め、布団を頭からかぶった。スマートフォンは、時計が嫌でも目に入るので、触れなかった。

 今何時なのか、だんだんわからなくなっていく。

 目をつむり、目を覚まし、また眠りを繰り返す。いつの間にか次の日になって、いつの間にか朝になっている。

 いつもこうだ。何かあると、行動を停止させなければ頭が回らない。私ってこんな人だったんだ。知らなかった。

 秀に出会ってからたくさん、自分のことを知った。


「秀……」


 本当は、なつ子のことだって、一緒に悲しんでほしかった。ひどい、そんなのってないよ、と。

 でも、そんなことをいわない彼だから、一緒に住めていたのだろう。

 優しい人だ。

 心配したんでしょ、と彼はいった。

 そうだ。なつ子だって、優しいのだ。

 私だけが。

「……苦しい」

 がばりと起きたそのときは、もう昼過ぎだった。




 何か美味しいものを食べようと思い、近くのコンビニで大量の食糧を買いこんだ。

 バイト先に欠勤の連絡をした後、部屋でお菓子を頬張りながら、本を読んだ。お気に入りの本だ。コメディで、最後にほろっと泣けるような、友情物語。読みはじめると止まらないその本は、時間がたっぷりあるときに読むと決めていた。一文字も読み飛ばさず、しっかりと読んだ。読み終えて、窓の外を見ると、薄暗くなっていた。雨はまだ降っている。

 さてこれから何をしよう。考え始めたそのとき、ふと、秀がいっていたことを思い出した。


「雨の日には映画……」


 スマートフォンを取りだして、数百円で入れる動画サイトに入会した。秀が好きだといっていた俳優の名前を入力する。私も、名前だけは知っていた。もう亡くなっているけれど、今でもポスターになったりしている、綺麗で可愛らしい女性。


 秀はどれが好きなんだっけ。映画の羅列を見て考えたけれど、忘れてしまっていた。彼女の出ている映画の中で、一番古い映画を見ることにした。


 淡い恋物語だった。モノクロの世界の中で動く彼女はとてもかわいかった。純粋無垢な少女が、叶わぬ恋を経て、一人の女性の成長する物語。

 エンドロールを眺めながら、何とかして彼女の恋は叶わなかったものかと想像をめぐらせたが、無理だった。どうあがいても、彼女の恋は最初から悲しさをはらんでいて、どうやっても叶うことのない恋だった。


 私と秀の関係も、この映画の中の恋のように、叶わないものだったらどうしよう。

 どうやっても、誰が見ても、それは悲しい友情であったと。

 そう思った瞬間に、涙がとめどなくあふれてきた。

 ただ、そんなのは嫌だと叫びだしたい衝動にかられた。


 エンドロールが終わった。

 雨の音は、もうしない。


 秀に会わなければと思った。話さなければ。何より私は、あなたと一緒に過ごしたいのだと。あなたのことを知りたいのだと。友人として、とっても好きなのだということを、伝えなければならない。

 電話はどうか。そうも思ったが、やはり顔を突きあわせなければだめだと思った。彼の目を見て、いわなければならないことが、たくさんある。

 私はすぐに着替えて、髪を適当に結んだ。支度をしながら、秀の向かいそうな場所を考えた。すぐに答えは出る。律太さんのところだ。絶対にそうだ。実家に帰るとは思えない。律太さんを頼るはずだ。

 律太さんの自宅は知らない。でも、店は知っている。今日は、秀のバイトは無い日だけれど、それでも店にいるはずだ。

 謎めいた確信と共に、私は家を出た。

 暗くなっている通りを、街灯が照らしている。



「あ、いたじゃん」

 走り出そうとする私の前に現れたのは、大柄な男と、なつ子だった。なつ子と目が合う。彼女は、安堵の笑みを浮かべていた。私は、思わず後ずさってしまう。

「ほら、大丈夫だったじゃん」

 背の高い男が、私を顎でさしてくる。この人、どこかで。記憶をたどると、学食のパン屋で会った男だということを思い出す。なつ子の恋人だ。


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