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花鬼~椿咲く日に~  作者: 光沢武
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八話

さえが水屋で夕餉の支度をしていると、窓からふわりと雪が舞い込んで来た。

冬晴れから一転、また暫く続きそうな雪の気配にさえはそっと溜息を吐いた。



「…何やら外が騒がしいな。」


土間で寝ていた黒鬼がタロの耳をピクリと動かし引き戸を睨んだ。

その言葉と共に勢い良く戸が開けられ、顔面を蒼白にした庄吉が転げる様に入って来た。


「どうしたんだ!?庄吉さん!」


慌てて駆け寄ったさえの肩を掴むと、庄吉は唇を震わせて告げた。


「嘉助が、さっき、死んだ…っ」


「え…?」


「里の前に血塗れで倒れているのを次郎が見つけて急いで運んだんだが、背中の噛み傷が致命傷でな…助からなかった。嘉助と一緒に山に入った連中も皆食い殺されたらしい…」


「『黒鉄』かっ!?」


「いや、嘉助が死に際に言っていたが、そいつは『黒鉄』に似た別の熊だったようだ」


「そんな馬鹿な!そんな化け物熊が二頭もいてたまるか!」


「だが、嘉助は言ったんだ、()()()()()()()()()と!さえ、おまえも見てただろう?!又吉さんの矢で左目を貫かれた『黒鉄』を!あの山には化け物が二頭いるっ!二頭いるんだよっ!」


庄吉はとうとう耐えきれないとでも言う様に叫んだ。

さえの肩を掴んだ指が食い込み音を鳴らしたが、さえはその痛みを感じる事も出来ず、庄吉の叫びをただ茫然と聞いていた。


暫くの静寂の後、庄吉はそれでも己の恐怖を必死に堪えながら言った。


「…いいか、さえ、よく聞け。明日にでも里の女子供、年寄り連中は他の村へ逃がす事になった。それにさえ、おまえも付いて行け。」


「何を!?」


「いいから聞くんだ!…嘉助達を襲った化け物熊はきっと近い内にこの里まで降りて来る。そいつが穴持たずなのか、それとも嘉助達が下手を打って冬篭りから起こしちまったのか分からんが、冬の山では満足に餌も取れん。しかも、そいつは正真正銘の人食い熊だ。必ずここにやって来るぞ!」


「なら、私も残って戦う!」


「馬鹿を言うな!俺達だって、女達が逃げたのを確認したら直ぐに後を追う手筈になってるんだ。…この里はもう駄目だ、これ以上の犠牲が出る前に、里を捨てて逃げる他に道はねえんだよ!」


「そんな…っ」


「あれから姿を見せない『黒鉄』だけでも手に余るのに、別の化け物まで相手には出来ん。…こうなれば、狩人の矜持もあったもんじゃねえ、国を頼みにする他あるまい。」


庄吉はさえの肩から手を放すと、ぎゅっと拳を握り締めた。


「俺は他の家にもこの事を知らせに行かなくちゃなんねえ。さえ、短気だけは起こすんじゃねえぞ!」


そう言って、庄吉はさえにしっかりと釘を刺すと出て行った。

庄吉が出て行ったのを見届け、黒鬼が言った。


「あの山にいるのは確かに化け物だろうが、二頭では無いな。」


「…庄吉さんは、嘉助を噛み殺したのは両目の開いた熊だと言っていたぞ。」


以前(まえ)に言っただろう?我から奪った妖力で回復していると。あれから二月(ふたつき)以上が過ぎている。おまえの祖父が潰した左目も()()()()()のだろう。」


「…っ!!」


さえの瞳に怒りの火が灯った。

又吉の()()一矢が無かった事になる…さえに取ってそれは、決して許せる事では無かった。

さえは手早く狩の支度を済ますと、陽の沈みかけた空の下、雪の中へと飛び出した。


「何処へ行く気だ?」


走るさえに猟犬の足で並走し、黒鬼が声を掛けた。

答えを知りながらそう問い掛ける黒鬼を一瞥し、


「無論、『黒鉄』を狩りに行くのだ」


さえはそう言った。


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