十三話
里に着いたさえ達が目にしたのは、まさにこの世の地獄であった。
真白い雪道を染め上げる程の血糊、その上に転がるのは里人の腕や足の欠片、腹から引きずり出され食い残された臓物が散らばっている。
燃え上がる家々の中からは何かも分からぬ焦げた臭いが漂っていた。
『黒鉄』はその凄惨な地獄絵図の上を更に塗り固める様にして、至る所に大きな足跡を残していた。
「奴は何処にいる?」
黒鬼の腕から降りたさえは、その光景を睨みつけ、黒鬼に聞いた。
「分からぬ。そこらじゅうに陰の気が満ちていて、奴の気が掴めぬ。」
黒鬼の返事に舌打ちし、思考を巡らせたその時、さえの家へと向かう道から悲鳴が聞こえた。
さえは瞬時に弓を握り、駆け出した。
煙の向こうから現れたのは、右腕を食い千切られた次郎だった。
血と煤で汚れた顔を苦痛に歪めながら、無くした腕を抑え走って来る。
次郎はさえに気が付き駆け寄ろうとして、直ぐにその後ろにいる黒鬼の姿に悲鳴を上げた。
「ひぃっ!鬼っ!?」
腰が抜けた次郎は、頭を抱えると恐怖と混乱で涙を流し、我が身に次々と襲って来る災厄に嘆き始めた。
「畜生っ!畜生っ!何で俺がこんな目に…っ!化け物めっ!うう…っ」
「次郎さん!しっかりしろ!」
さえは膝を着き、取り乱す次郎の肩に手を置いて背中を擦ってやった。
「次郎さん、奴は何処にいる?女や子供は?年寄り連中は逃げたのか?」
昨日、庄吉は里を捨てると言っていた。
朝には自分で身を護る事の出来ない連中を、先に他の里へ逃がすのだと。
「に、逃げた連中もいる…あの、あの化け物熊は、雪が、落ち着いた頃に…襲って来たんだ…庄吉が、火矢を、放って、…でも、化け物の毛皮は燃えるどころか、火矢を弾いた!猟犬も狩人もどんどん食われて!俺の腕もあいつに食われた!化け物め!化け物めっ!!」
震え、取り乱す次郎を宥めてさえが聞く。
「庄吉さんは無事なのか?」
「…庄吉はおまえを探しにおまえの家に行った。…さえ、おまえ、一体、何処にいたんだ?それに、その鬼は…」
「庄吉さんがっ!?」
次郎の言葉にさえは立ち上がり、自身の家へと続く道を睨んだ。
「私は庄吉さんを探しに行く、次郎さん、あんたは早く逃げろ!」
蹲る次郎の背中に声を掛け、さえは駆け出した。
「今更、何処に逃げろって言うんだよ」と呟かれた次郎の言葉は聞こえない振りをして。
そうだ、今更逃げる場所なんて何処にも無い。
逃がすつもりも無い。
燃え盛る家々を走り抜け、血に濡れた雪道の向こうにさえの家はあった。
火の手も少し離れたこの家には及ばず、ただ不気味な程の静寂があった。
ふと、納屋の前に人影があるのが見えた。
慌てて駆け寄れば、それはまさに庄吉の姿であった。
「庄吉さん!庄吉さん!」
倒れた体を起こして軽く揺すってやれば僅かな呻き声が聞こえた。
足を鉤爪で抉られ、大量の血を流してはいるが庄吉は生きていた。
さえが、ほっと息を吐いたその瞬間、納屋の扉が吹っ飛び、中から飛び出た黒塊がさえの腹に牙を食い込ませた。
「『黒鉄』…っ!!」
さえを捕らえた『黒鉄』は、やはり何処か笑っている様だった。




