行方不明のシルビア
第2部隊長に案内されて、シルビアは街のはずれに来ていた。
少し小高い丘陵地にある町の麓には、山から川が流れている。大きな川ではないが、数日前に降った雨水が濁流となって流れていた。
「怪しい人影があったというのは、この辺りか?」
馬に乗ったシルビアは、麓の川を見ている。
「はい、司令官。
町の子供が何度か見たようなのです。襲撃の準備に来ていたのかもしれせん。何か残しているのではと思いまして」
油断があった、そういわざるをえない。
ヒューマもメイヤーも、シルビアの後ろにいて周りに注意していたが、同じ近衛隊には注視するはずもなかった。
馬に乗って先導する部隊長が振り返った瞬間、シルビアの馬が雄叫びをあげ暴れた。
部隊長が隠し持っていた小石を、シルビアの馬の目を狙い投げたのだ。
至近距離で外れることはなかった。
ザザザッ!!
シルビアを乗せたまま馬が崖下の川に落ちていく。
高い崖ではないが、川は濁流で勢いを増している。
ヒューマが崖を降りて行くのと、メイヤーが部隊長に飛びかかるのは同時だった。
「何をした!?」
ヒューマからはシルビアの影となり死角であったが、メイヤーからは部隊長の腕が動くのが見えたのだ。
部隊長には、シルビアが赴任する前から、ベルトルート・シュテフだけでなく全ての申請書をチェックなしで受理した監督責任、それとは別に横領の容疑で調査中であったのだ。
川辺に降りたヒューマは上着を脱ぎ捨て、川に飛び込む。
一瞬川の中に消えたが、直ぐに水面に顔を出した。
「濁っていて何も見えない!」
ヒューマ自身も飛び込んだ所から、かなり流されていて、岸に残る近衛兵に叫ぶ。
「下流を探せ!」
川辺を近衛の馬が駆ける。
部屋にいる護衛兵の緊張が高まったのは、廊下の慌ただしさが聞こえる前だった。
それぞれの王太子を守るように護衛兵が取り囲む。
「自分はメイヤー・シュテフ。
ロイス・レーベンズベルク閣下に火急の件あり!
直ぐにお取り次ぎを!!」
部屋の前に立つ護衛兵にメイヤーが中にも聞こえるように大声をあげる。
その名前に聞き覚えのあるのは、ロイスだけではない。
マーベリックとダンディオンも護衛を下げる。
「殿下申し訳ありません、私は一旦下がらせていたただきます」
そう言って、ロイスは部屋を出て行こうとする後ろをマーベリックとダンディオンが付いてくる。
「王太子殿下?」
ロイスが、マーベリックに問いかける。
「あれは、シルビアの副官だ」
当然のように答えるマーベリックに、知ってましたか、とロイスは呟く。
それが聞こえたのはユークリッドだ。
「シルビアの副官だと?
直ぐに部屋に入れろ!」
部屋に飛び込んで来たメイヤーは肩で息をしている。
どれ程急いだのか。
それでも、メイヤーは中にいる人物の確認をして、他国の王太子がいることで、言葉を止める。
「かまわない、申せ。
私が、ロイス・レーベンズベルクだ」
ドレス姿のロイスが前に出る。
「第2部隊長の謀反により、レーベンズベルク司令官が川の濁流に巻き込まれ、捜索中であります!」
「どういうことだ!?」
叫んだのは、ユークリッドだ。
「だから女のくせに剣など振るうから!」
パッチーン!!
「妹ほど、清く正しい司令官はいない」
ユークリッドの頬を叩いた手を反対の手で押さえながら、ロイスが地を這うほど低い声で言う。
「妹が、お前や私よりも強くなったのは、妹の努力だ。
ひがむな、見苦しい」
ああ、そうだ、とロイスが付け足す。
「先日の夜会での婚約破棄、今ここでレーベンズベルク家として受けよう」
それだけ言い残すと、メイヤーに案内させて現場に向かう。
ロイスに遅れを取らないように、ワイズバーン王国の一群も部屋を飛び出した。
ロイスに殴られた頬を押さえて、部屋の中に残されたのはユークリッド。
「シルビア」
漏れでた言葉に答える者はいない。