王太子マーベリック
「シルビア様、少しは守られてください」
メイヤーが頼むように言う。
クスッと笑いを浮かべシルビアは馬を駆る。
「お前たちの腕は、私を守るだけではもったいない。
しっかり働け」
「シルビア様がお強いのは知ってますが、王族に準ずるお立場なのです。
守られるのもシルビア様の仕事です」
小言を言うのはヒューマである。
「わかった、守りやすいように気を付けよう」
絶対に飛び出していく、と分かっていながらシルビアも答える。
盗賊のアジトではすでに、ワイズバーンの襲撃が始まっていた。
後に続け、とばかりにそのまま突っ込む。
「だから、さっき言ったばかりなのに」
ヒューマはシルビアを追いながら、剣を抜く。
主力部隊がすでに捕縛されているせいか、盗賊のアジトの制圧は難なく終えた。
生きて捕まえた者も多く、これから訊問になるというときに問題が起こった。
ワイズバーンもネイデールも盗賊の被害は1回や2回ではない。
どちらもが、訊問する必要が出てきた。
生かして捕まえた盗賊をどうするかと、指揮官同士で話すことになり、マーベリックとシルビアがそれぞれの補佐官を連れ、盗賊のアジトの一つの建物に集まった。
シルビアは、マーベリックの戦いを見て自分はかなわないと悟っていた。
ワイズバーンの王太子は内政改革を推し進め、国力を増やしていると聞いていたが、剣の才能も卓越していた。
マーベリックはシルビアに見とれていた。
あの細い指が剣を振るうのか。
まるで剣の舞いであった。
優美で音もなく忍び寄る暗殺者のようであった。
かなりの力量があると見てとれる。
欲しい。
喉が渇いて仕方ない。
シルビアが自分を見ないのが気になる。
マーベリックは、シルビアに惹き付けられる自分に気が付いていた。
それが、止められないことも。
シルビアは調整作業が得意ではないらしい。そんなものは有能な副官がいれば問題ない。
シルビアに付いている彼のような。
メイヤー・シュテフ。
そしてシルビアの後ろに立っているのが、ヒューマ・アエルマイア。
取り込むべき人物として、マーベリックに記憶される。
結果、それぞれが捕まえた盗賊を自軍に連れ帰り、後日情報交換することになった。
「姫」
マーベリックがシルビアに呼びかけるのを、シルビアが冷淡に否定する。
「それは、私が指揮官として失格ということかな?」
「統制力ある指揮官と認識しているが、どう呼べばいいかわからず申し訳ない。
名前を呼んでもいいだろうか?」
マーベリックが何を言いたいかわからないシルビアではない。
シルビアが拒否する前にマーベリックが動く。
「シルビア」
「私は許可していない」
ワイズバーンの王太子に対して臆することなく、シルビアが否定する。
凛とした姿で、ニッコリ笑みを浮かべる姿は、他者を寄せ付けない。
「貴女は許可しそうにないからね、呼びたかったんだ」
シルビアの反応を楽しむかのように、マーベリックはシルビアを見つめる。
「ああ、忘れていた。王太子と言うのはワガママな人種だった」
どうでもいい、とばかりにシルビアが言うと、マーベリックが笑いだす。
「殿下、お時間を少しいただけませんでしょうか?」
シルビアは妥協するかわりに、マーベリックに依頼があると示す。
「町にネイデール王国王太子が到着しております。
手配いたしますので、お顔合わせを願います」
ワイズバーンの王太子が出てくるとは、思いもしなかった事態だが、この機を利用しない手はない。
「私も彼には急に興味がわいたところだったのだよ。
是非とも手配して欲しい」
マーベリックは、この渇きを癒すための、最大の邪魔者を理解していた。