番外 華麗なる王太子妃2
ガン、ガン!
二人の剣が交わり、火花を散らす。
ザザザ!
シルビアが後ろに飛びのく、その顔のすぐ横を剣が突き抜ける。
明らかにシルビアが押され始めた。
「お前達何してるんだ!」
練習場に飛び込んで来たのは、壮年の男性だ。
二人の間に入る腕はないようで、近くで怒鳴り始めた。
上官であると思われるが、軍服の階級章でみると中隊長のようだ。
「デルタ・ブエノスまたお前か!」
邪魔が入ったとシルビアとデルタは剣を鞘に閉まって溜息をついた。
それを見て、上官は自分が止めたと意気揚々である。
「ブエノス、今度こそ独房に入れてやる。
それにお前は何だ?見慣れない顔だな、しかも女か!」
唾を飛ばすほど、激高している男はシルビアを見てあざ笑う。
「女のくせに男の恰好で男装ごっこか!
そんなに男の相手がして欲しいのか」
シルビアの腕を掴もうとして、空を切る。シルビアが避けたからだ。
しかも、シルビアは男を無視して、デルタに話しかける。
「たいした腕だ」
デルタは両肩を少しあげて、苦笑いした。
「あんたこそ、俺の前に男5人相手したのに」
「だまれ!
お前の態度は何だ!偉そうに!
お前も独房に入れてやる」
男はシルビアの軍服で自分が上だと思っているようだ。
シルビアは第1軍の軍服で階級章は付けていない。
王都警備隊の者達も、第1軍の新人と思っている。どこかの貴族の箔付けで入隊したのだろうと。
「偉そうに、じゃない。
偉いんだよ、私は」
もう一度腕を掴みに来た男を、今度は避けることなく肘鉄を入れた。
ぐふ、と息を吐き出してよろける男に、シルビアが笑う。
「なんだ、これぐらいも避けられないのか。
お前の方が圧倒的に強いぞ」
「俺の方が圧倒的に身分が低いんだ」
今更だ、とばかりにデルタが答える。
「お前ら!
そこの男女!
どこの貴族娘だ!? 親を呼んで来い! いき遅れの成れの果てのくせに!」
顔を真っ赤にして男が高圧的にシルビアに怒鳴るが、シルビアの方はどこ吹く風である。
むしろ怒っているのは、観客に紛れて見ているマーベリックの方だ。
「うーん、親はここにはいないんだよね。
家族はいるから、それでいいかな?」
シルビアは親の権力だろうが、夫の権力だろうが使う事に躊躇はしない。
そこに実力が備わっていれば問題ない、という考えである。
デルタの方が、シルビアの美貌に高位貴族の娘に違いない、と気づいて男の方に同情さえ感じている。
これだけの腕前は有能な師範につかないと無理だろう、それを与えられる家柄だという事だ。自分とは違う。
「そいつを呼んで来い!
この責任を取らせる!」
男はシルビアが普通に答えるので、興奮がどんどん増しているようだ。
「だって。
マーベリック出て来ていいよ」
シルビアが観客の方を見るので、周りの人間もそちらに視線が集まる。
出て来たのは、当然王太子マーベリックだ。
「ひっ、殿下!?」
男だけでなく、気づいてなかった者達が声をあげ、マーベリックが歩きやすいように道が開く。
「家族と呼んでくれて嬉しいよ、シルビア。
彼女はネイデールの王族で、今は俺の妻だ。
ずいぶん乱暴な剣裁きをしてたな。
で、なんだ、シルビアを独房にいれるだと?」
ざ、ざ、足音を立ててマーベリックが近づくたびに男の顔色が悪くなる。
マーベリックはシルビアの横に来ると、髪をひとるくいして唇を寄せる。
「乱暴な剣裁きなのに、美しいとは罪だな」
そしてシルビアのケガした腕を舐め始める。衆人の目があるが、マーベリックが途中で飛び出してこなかった褒美に好きにさせる。
「うそだろ、お姫様ってこうじゃないだろ」
デルタがポツリと呟くのが聞こえて、シルビアは剣を抜く。
「殺されたいか?」
ピタリと剣の先がデルタの額につけられると、デルタは片膝をつきシルビアに向き合い何も言わない。
「どうした?」
シルビアがデルタに問いただす。
「知らぬとはいえ、俺の態度は王太子妃殿下に対するものでも、令嬢に対するものでもありませんでした。
ましてや剣がかすり、ケガまで負わせております。どうぞご存分に」
デルタは微動もせず、覚悟は本物のようである。
「かすり傷だ、大したことない。
マーベリックいい加減にやめろよ、鬱陶しい。後で手当てさせてやるから」
シルビアがマーベリックを離すときに、バリバリと無理やり剥がす音が聞こえたのは幻聴だったのだろう。
「だから、私は偉いんだって言ったろ」
シルビアが意地悪そうに男に微笑むと、男は地面に尻もちをついた。
「妃殿下、どうかその男をこちらにお渡し願えませんでしょうか?
まさか、指揮官ともあろう者が妃殿下のお姿もわからず罵倒するなど、あってはならないことです」
遅れて申し訳ありません、と姿を現し膝をつくのはミッシェル・ドリトル。
マーベリックの腹心の武官の一人だ。
ミッシェルが男を見下ろす視線は、氷のように冷たい。
「どう思う?」
シルビアが尋ねたのは、マーベリックではなく、未だに膝をついているデルタである。
デルタは、シルビアと視線を合わせて口を開いた。
「ドリトル隊長ならば」
部隊が違っても、信頼されている武官ということだろう。
「ドリトル隊長、任せよう。
私は、これから王都警備隊の大隊長となる。
怠けているようなので、鍛えなおさねばならないからな、忙しいんだ」
そう言ってシルビアは、デルタに立てと命じる。
「腕は気に入った、気骨もあるようだな」
マーベリックとミッシェルを残して、シルビアは練習場を後にしようとする。
デルタは、マーベリックに一礼するとシルビアの後を追おうとした。
「必ず守れ」
口の動きだけで声は出さずに、マーベリックはデルタに指令する。
デルタは敬礼をすると、シルビアを追いかけた。




