番外 レーベンズベルク公爵領 後編
ロイスは自分でも分かっている。
もうすでに、この娘を取り逃がさない算段に入っている。
一目ぼれというのだろう。
マーベリックがシルビアにこだわった時に、我が妹は可愛いが、振り回されるマーベリックをどこか滑稽にさえ見ていた。
形振りかまっていられない。
そういう事だと、我が身をもって知った。
彼女の心を得るには、先着順でも、権力でもない。
彼女に好かれたい、どうしたらいいのか不安と願いと全ての想いがゾフィに集約する。
ドレスを着たロイスを女性と信じているゾフィは、密着を不審に思っても、自分を心配してくれているのだと思い込んでしまった。
「今までもこんなことが?」
ロイスの問いかけにゾフィが哀しそうに笑う。
「誰も私自身を必要としてくれません。奇麗なお人形、それを欲する人達が多いのです」
違う、こんな哀しい顔を見たいんじゃない。
あの男と同じ事をしてはいけないとわかっているのに、止められない。
壊れてしまいそうで、放したくなくて。
そっと抱き締めて、そっと言葉にする。自分らしくないと分かっている。
「大事にさせて」
ゾフィが身体を固くして、腕からすり抜けようとする。
「これ以上はしない、ゾフィ、私を否定しないで。私のお姫様」
「私、もうお姫様なんて歳じゃない」
泣くまいとするゾフィが綺麗すぎて。
「泣きそうな子供にしか見えないよ」
そっとゾフィの瞼に口づけする。
「これ以上はしない、って言ったのに。あなたは?」
ゾフィはロイスの喉元を見た。チョーカーで飾られたそれは女性の喉元ではない。
部屋に抱いて運ばれた時も、胸に弾力がないと思った。
こんな綺麗な人が男性?
「さすがに賢いな。楽しすぎる。
どこまで私を夢中にさせるんだ」
「私を騙そうとしたのね!」
「とんでもない、貴女を手に入れる為に何でもしようとした哀れな男だよ。
貴女を泣かせたくなかったのは本当なんだ」
ロイスの言葉を信じないとばかりに、ゾフィはロイスを睨んで気が付いた。
シルビアは男装していた、それでは女装しているこの男性は?
「ロイス様?」
「正解。ロイス・レーベンズベルクだ。
ネイデール王国の宰相で外務大臣も兼ねている。次期公爵だよ」
ニヤリとロイスが口元を緩《ゆる》める。
「じゃ、私が貴女に夢中なのもわかるよね?
マーベリックはどうして、貴女に落ちなかったんだろう、バカだな」
ロイスはゾフィが聞きたくない未来を語る。
「安心して、正夫人にして他はいらないから。一生一緒だよ」
ドレス姿の美しい令嬢が、人払いした客間で美しい令嬢を抱きしめている。
ゾフィは、こんなに男性と密着するのは初めてであり、男性と信じたくない気持ちもあり、早く逃げ出したい。
「ロイス様でしたか、それは存ぜず無礼をしました。
シルビア様に助けられ、公爵夫人にはよくしていただいております」
ゾフィがロイスの腕の中で礼をとろうとする。ゾフィは助けられた命で、亡くなった侍女の冥福を祈り静かに過ごしたい。
「なーんだ普通の令嬢みたいでつまらないな、なんて言うと思った?
王妃教育だけでなく社交も自分で吸収しているようだな、嫌われる判断を一瞬でするとは面白い」
ゾフィの考えはロイスに読まれている。
「あ、公爵邸に隠れて過ごしてもいいよ、私に監禁させてくれるんだね。嬉しいよ」
ゾフィは身の危険しか感じない。
「ごめんなさい女性にしか見えなくって、そういう対象に思えないの」
「大丈夫だよ」
ロイスの何が大丈夫なんだろう、とゾフィが疑問をいだくのは当然だ。
「ここで男の証明をしようか?」
ひっ、とゾフィが息を飲む。
「そんなことすれば、あの男と同じだ、安心して。
その証明は結婚式の夜に」
ロイスが腕の拘束を緩め、ゾフィを自由にさせると、その手を取った。
「ゾフィ嬢、どうか結婚してください。
姿だけでなく、貴女全部が好きなんだ」
女の子なら憧れる言葉を、ゾフィはドレスを着た美貌の男性から受けている。
「お断りします」
ゾフィの返事は即答であった。
ゾフィの断りの言葉は、ロイスには無効である。
「受けてくれるまで、毎日朝晩言うよ」
宰相であるロイスが王都には帰らない、と言っているのだとゾフィには脅しにも聞こえるし、毎日プロポーズされたいと思ってしまう。
こんなに想われている、と思ってもいいだろうか。人を殺した私が、幸せになってもいいだろうか。
「困った方なんですね」
ゾフィから零れた笑みが、ロイスには嬉しい。言葉を交わしているだけなのに、どんどん惹き込まれていく。
ドンドン!
扉がノックされたが、返事をする前に開かれる。
部屋に飛び込んで来たのは公爵夫妻。警備からゾフィが襲われた事を聞いたのだろう。
「大丈夫? ケガは?」
公爵夫人がゾフィとロイスの間に割り込んで、ゾフィに確認する。
夫人の心配が嬉しくって、ゾフィは自然に笑みが浮かぶ。
「大丈夫です、すこし擦りむいただけですから」
「擦りむいているって!?」
大声を出したのはロイスだ。
ゾフィの傷を確認する事も出来ないほど、余裕のないロイスだったのだ。
「あの男、生きていることを後悔させてやる」
ロイスは公爵に確認すると、公爵は自分も行くと言う。
牢などない公爵邸なので、別室に厳重な警備でライアーズを拘束してある。
夫人が侍女に手当てを指示し、ゾフィからショールを外し上着を着せている。
その様子を確認しながら、ロイスは部屋を出る前に両親に言う。
「ゾフィに結婚を申し込みました。3か月後には式ですので、母上にはウェディングドレスをお願いしたい」
さっき、ゾフィが断っていたはずだが、結婚式が確定している。
夫人はロイスとゾフィを見比べる。
「ゾフィ、あの息子のどこがよかったの?」
「私、お断りしました」
ゾフィの言葉を聞いて、夫人は納得したようだ。
「ごめんなさい。どうやらロイスは本気みたい」
夫人がゾフィに逃げ道はない、とばかりに言うが、公爵の方は嬉しそうである。
「私は、ゾフィが本当の娘になるのは賛成だよ」
ロイスと公爵は、礼拝堂でゾフィを襲った侍従の処理に部屋を出て行く。
「ロイス様」
扉が閉まる前に、ゾフィがロイスに呼びかけた。
「あの、助けてくださってありがとうござました」
小さいが、ロイスに届く声だった。
ロイスは、目尻を紅く染めたゾフィに手を振ると扉を閉めた。
部屋の外では、扉にもたれかかりロイスが赤い顔を押さえていた。
「まったく、どこまで・・」
公爵はロイスの様子に何も言わず、嬉しそうに背を向けて歩き出した。
ロイスが隠している婚約者を見ようと、ユークリッドがお忍びで王都のレーベンズベルク公爵邸を訪れ、ゾフィに本気の一目ぼれして大騒動を起こすのは、結婚式の1か月前の事である。
これで完結となります。
ユークリッド、哀れです。
絶世の美女でドレスを着ていて本物の女性で、王妃教育も受けている。これ以上ない理想の令嬢ですよね、ユークリッド立ち直れるかなぁ・・・
お読みくたさり、ありがとうございました。
violet




