番外 レーベンズベルク公爵領 中編
ダーン!!
派手な音と共にライアーズが吹き飛んだ。
公爵邸の警備兵が飛び込んできて、ライアーズを殴りつけたのだ。
何が起こったのか、一瞬躊躇して、自分は助かったのだとゾフィは安堵した。
助けてくれたのは公爵邸の警備兵で、ゾフィもよく見る顔だった。他にも数人の兵士がライアーズを押さえつけている。
「大丈夫?恐かったね、よく頑張った」
そっと声をかけられて、ゾフィは顔を上げた。
ロイスを知らないゾフィは、初めて見るロイスが美しい女性にしか見えない。
「ありがとうございます」
そう言うゾフィの声は震えている。安心したら怖さを感じ始めたらしい。
ましてや、ドレス姿のロイスを女性と思っているので、警戒も解いてしまった。
ロイスに抱き寄せられても、慰めてくれていると抵抗もしない。
「後は任せる」
ロイスは兵士達に声をかけると、ゾフィを抱き上げた。
「きゃ!」
ゾフィは、女性が自分を抱き上げるのを信じられないと戸惑うばかりである。
「降ろしてください。歩けます」
この人は、シルビアのように女性騎士なのだろうか、と的外れな事を思ってしまうゾフィだ。
「大変な目に合ったんだ、これぐらいはさせて。
ドレスの胸元を隠す為に、私にすがり付いて欲しい」
ゾフィだって警護兵とはいえ、男性に破かれたドレスからコルセットが見える姿を見られたくない。
ゾフィが身体をロイスの胸に寄せると、お互いの体温が伝わる。
ロイスは早い足取りで、客間の一室にゾフィを運んだ。
ゆっくりとゾフィをソファーに座らせ肩にショールをかけると、ゾフィはそれで破れている胸元を被う。ロイスはその横に引っ付いて座った。
「話を聞いていい?
燭台が落ちていたけど、あれで抵抗したのだね?」
そうだと言葉の代わりに頷くゾフィ。
そんなゾフィを見つめるロイスは、報告書では表現しようのなかったゾフィの美貌に見とれていた。
シルビアが、ゾフィを公爵夫人に預けてすぐ、手の者から連絡を受けていたロイスは、ゾフィに監視を付けていたのだ。
シルビアを殺そうとしたゾフィを、野放しにするロイスではない。
届く報告書の結論としては、問題は父親とワイズバーン王家にあるが、ゾフィがした事は許される事ではない。
ゾフィを見て分かった。
これほどの美貌。さぞ生きにくかったであろう。男からは執着され、女からは妬まれる事も多かっただろうが、侯爵令嬢という身分が守ったと考えられる。
ましてや、王太子妃に固執する父親が、どんな男も近けづぬよう警護を付けていたろう。
だが、ここではそれがないから、ライアーズのような男が現れてしまう。
ゾフィは自分や妹がしなかった親孝行を代わりにしてくれているようなものだ。
母親の体調は格段によくなり、父親の胃薬も減ったようである。
今回はゾフィに会いに来た。
ゾフィに母親の侍女という身分を与え、生活基盤を整えようと思っていた。
母親からゾフィは礼拝堂にいる聞き、そっと覗くつもりで警護兵とともに向かった。礼拝堂の近くに来ると、大きな物音に慌てて駆けつけたら、先程の状態であった。
今にも襲われようとするゾフィは、最後まで抵抗するかの如く、殴ろうとしているライアーズを睨んでいた。
美しい
目に焼き付くようだった。
そして、容姿が極上であることに気づく。
公爵夫人の侍女の身分では、守れない。
問題であったゾフィの父親はもういない。
ゾフィ・サンド侯爵令嬢はいない、ここにいるのは身元不明の女性である。
ロイスが新しく身分を作るのに支障はない、次期公爵に嫁ぐにふさわしい身分を与える。
そう思う自分に気づくと、やることは決まっている。
震えている、恐かったのだろうに諦めないで抵抗したのだ。
横に座るゾフィをそっと引き寄せる。
「泣いていいんだよ」
ロイスは、自分でも驚くほどの甘い声が出た。
「安心して気が緩んだだけです。大丈夫です」
ロイスに微笑むゾフィ。
可愛い、守りたい。
沸き上がる気持ちが押さえられない。
それと同時に、この娘の涙も綺麗だろう。泣かしたい、という思いも否定できない。




