番外 レーベンズベルク公爵領 前編
ゾフィのお話しのリクエストに、作者舞い上がり番外編として用意しました。全3話になります。
楽しんでいただけたら、嬉しいです。
violet
レーベンズベルク公爵領には、いくつか教会があり、領民の信仰の対象であった。
公爵邸にも礼拝堂があるが、屋敷の外れにあり、訪れる者は少ない。
夕陽が沈むまでには、まだ時間があろうという時間。
ゾフィは、殺してしまった侍女の冥福を祈るのが日課であった。
レーベンズベルク公爵夫人には、我が子のように良くしてもらっている。父に支配されていた実家を思い比べると、レーベンズベルク公爵家の方が大事にしてもらっていると実感している。
そんなゾフィを見ている者がいたが、ゾフィは気がつかない。
膝を折り、熱心に祈っているゾフィのドレスの裾が教会の床に広がる。黒髪には飾りなど施していないが、それが清楚な雰囲気を醸し出しているのを本人だけが知らない。
レーベンズベルク公爵家の客人として扱われている。朝は夫人のお世話が仕事である。
だが、どちらかというと夫人にお世話されている。仕立屋を呼んで、夫人がゾフィのドレスを作るのは夫人の楽しみであり、ゾフィの淹れたお茶とともに、二人で刺繍を刺すのは穏やかな日課である。
夫人にとっては、実の娘で出来なかった事をゾフィでしているのだ。
娘と一緒にお買い物、娘のドレスを選び着飾せる、娘と詩の朗読、娘と刺繍。
王妃教育を受けていたゾフィは、知識も深く、他国語にも堪能である。何より、娘より女の子らしく美しい。
最近は、午後のお茶に公爵までもが参加するようになり、幸せな家族の時間のようである。
カタン、ゾフィ以外訪れることのない礼拝堂に不自然な音が響いた。
ゾフィが振り返ると、礼拝堂の扉を開けて一人の男が立っている。
「ライアーズ様?」
公爵と一緒に王都からやってきた侍従の一人である。
ただならぬ雰囲気に、ゾフィも緊張を高める。自分の容姿に自惚れるわけではないが、ワイズバーンにいた頃から危ない目に合いかけたのは、一度や二度ではない。
そういう男達が纏う雰囲気と同じものを感じる。
「先程、ご子息のロイス様がお着きになって、屋敷はバタバタしているから、部屋に送ろうと思って」
優しそうに笑みを浮かべ、ライアーズが手を差し出し近づいて来る。
ゾフィにとって、1度送ってもらうと、次は部屋に入りたがるのは想像が容易い。
「ありがとうございます。
けれど大丈夫です。邸内ですから、気をつけて目立たぬよう戻れば、ご子息の不快を招きませんでしょう」
ゾフィが丁寧に断るも、それで退く男ではないようだ。
「貴女は、ロイス様をご存知ない。
横暴で、貴女など目をつけられたらひどい目に合う。直ぐに王都に戻られるだろうから、僕が見つからない場所に案内しますよ」
絶対に危ないやつである。
この男に付いていくより、礼拝堂にいる方が100倍安全に思える。
「いえ、結構です。
それ以上近かないでください、大きな声をたてますよ」
公爵邸は静かで、例え外れにある礼拝堂でも、窓を開けて叫べば警備の者が気づくだろう。
ゾフィが窓際に駆け寄るが、ライアーズは歩みを止めようとしない。
「だから言ったでしょう。
ロイス様が来られて屋敷は騒々しい。例え叫んでも聞こえやしない」
だから、強硬な手段に出ようとしているのだと聞こえる。
ゾフィが窓を開けて、そこから外に出ようとしたが、追いかけられて捕まりそうだと判断し、反対側に逃げて祭壇にあった燭台を手に取る。
ゾフィには重いが、振り回せば武器になりそうだ。
こんな男に自由にされるよりも、殺してしまおう、ゾフィの決断は早い。
蛇で侍女が死んだことに懺悔が尽きないが、こんな男は死んだ方が世の為だ。
「誰か!」
ゾフィが大声をあげるが、男は笑みを深くするだけだ。
「たから、今は誰も気がつかないと言ったろう」
ブン!
燭台を振り回すゾフィに躊躇はないが、男は難なく避ける。
「可愛いね、そんな物で撃退できると思っているのか?」
家名を名乗らず、公爵夫人の着せ替え人形となっているゾフィを、田舎娘と見下しているのは明白である。
「本当に綺麗だね。
公爵に付いて田舎に来るのはハズレくじだと思ったが、こんな楽しみがあったとは。
どんな貴婦人よりも綺麗だ」
ブン!
近寄るライアーズ目掛けて燭台を振ると、ライアーズは後ろに下がる。
「怯えもしないとは、案外気が強いようだ」
ゾフィも自分の体力は分かっている。重い燭台をいつまでも振り回せないだろう。
横目で投げれる物はないかと探る。
近づいてきた男の顔目掛け、燭台を突き刺そうとしたが、男に振り払われ、勢いのままゾフィがバランスを崩す。
ガッターン!!
大きな音を立ててゾフィが床に倒れこんだ。
男は自分が有利になったと、余裕が出てきたようだ。ゆっくりとゾフィに近寄り、胸元に手をかける。
「お前などに触れる許可を出してません!」
ゾフィの矜持は、怯える事を許さない。
「行き遅れの田舎娘のくせに!
夫人に可愛がられているからと図に乗るな!」
本性を出したライアーズが、力任せにゾフィのドレスの胸元を飾るレースを引きちぎる。
「きゃああ!」
ゾフィは渾身の力でライアーズの手を払いのけた。
破れたドレスの胸元からコルセットが見えると、ライアーズは更に興奮して、抵抗するゾフィを殴ろうと右手をあげる。




