終演
レフリー・タナーという名前の役者は、姿を消していた。
贔屓筋のご婦人方にも告げず、急に姿が見えなくなったらしい。その夜の公演はレフリーが出ない演目に変えられていた。
シルビアがクララを不敬罪で捕らえ、情報漏洩の件を尋問しようとした矢先の事だった。
だが、ロダン・グレイロードとクララを擁護していた男性達は、王太子の結婚という2国間行事を妨害しようとした、という事で国家反逆罪を被せることが出来た。
「仕方ないな」
シルビアも情報漏洩や諜報の立件が難しいことは分かっている。クララが集めた情報も、役者に流れた情報も確認がとれている。クララが得た情報は機密に属する程でもなかった。
そうなると、自国の情報が流れています、と公にする必要はない。
他の罪で処理する時に情報漏洩の罪状も含むことになる。
「役者は見張らせていたのだが、後手に回ってしまった」
マーベリックは周到な準備をしていたはずだが、優秀な諜報員だったというべきか。
シルビアとマーベリックは、王宮の裏手にある庭園に来ていた。
この場所をシルビアが気に入っているからだ。
少し離れたところから、ヒューマとダンディオンが警護に付いている。
太い幹に凭れて、シルビアが枝の葉に手を添える。葉の揺れる音が耳に気持ちいい。
「あれほどの諜報員を使える人物は、そう多くない。例えばロイス殿とか」
そこを王のユークリッドではなく、ロイスと言うところがよく分かっているマーベリックだ。
「結果的に、不穏分子を洗い出し処罰できた。結婚式までには処理しておく」
「明日には帰る」
シルビアが弾いた枝がマーベリックの頬をかすめる。
次に来るのは結婚式だ。
「ソーニャも母上も寂しがる、式より早めに来てくれるとありがたい」
「お前は?」
「私が一番寂しいさ」
よくできました、とばかりにシルビアがキスをする。
「今度はギリギリまで兄上が家を出してくれないと思う。準備もせねばならないし」
クスクスとシルビアが笑うのは、ロイスを思い出しているのだろう。
翌朝、シルビアとヒューマの馬が王宮を駆けだした。向かうは母国。
国ではロイスが待ちわびていた。
早く帰れ、と文をだしても帰ってこない。
来月には結婚式だというのに、シルビアの準備は進んでいないのだ。本人が不在でウェディングドレスも最終調整が出来ない。
他国に嫁ぐというのに、王族の儀式も出来ない。
軍ではシルビアとヒューマの不在は大きな支障であった。何より、シルビアの正式な退官式が出来ない。
ロイスの機嫌が悪く、ユークリッドが八つ当たりされていた。
「お前は、また女を連れ込んだな! この忙しい時に」
机の上に山ほど書類を置かれたユークリッドは、何故バレた、とばかりにロイスを窺う。
まるで浮気が妻にバレた夫のようである。
「本気でもないなら、女の子が可哀そうだ。やめておけ」
ロイスが溜息ついて、ユークリッドを見る。
「シルビアがいなくて寂しいから、なんて言うなよ。自業自得だ」
ユークリッドがロイスから目をそらす。
「もうお前を怒ってくれるシルビアはいない」




