通じない会話
シルビアの言葉に一瞬躊躇ったものの、クララが怯むことはない。
「公爵令嬢なんて知らなかったのだもの。
私は悪くないわ!」
本当に自分は悪いと思っていないようで、シルビアは笑いが込み上げてきた。
ふふふ。
「シルビア様?」
ヒューマがシルビアに思わず声かける。
「こんなのに、マーベリックは付き合っていたのか?」
小声でヒューマに問いかけるシルビアは、疲れるぞ、と付け足す。
「そんなに苛められなくとも、王太子という仕事は気苦労が多いものです」
「そうよ、私は王太子殿下の恋人よ、お前など偉そうに!」
シルビアが公爵令嬢とわかっても、お前呼ばわりは不敬罪ということがわかっていない。
「第一、公爵令嬢というのは本当なのかしら? 私はお前のような公爵令嬢をしらない!
殿下に申し上げるから、後悔することになるわよ」
シルビアは、もう会話は無理と諦めて処分を考え始める。
お茶会で調子の悪くなったクララを診察した医師は、月のものが原因で心配するほどではなく、しばらく休養すれば問題ない、と言っていたが、その通りだと納得する。
これほど横暴な態度がとれるのは、元気だからだろう。
ゾフィは王太子暗殺未遂という明らかな罪があったが、クララの場合は情報漏洩という不確かな罪である。
だが、国にとって大きな罪である。
だからこそ、王太子自身が探りをいれたのだ。
シルビアが反応しなくなった事が面白くないのだろう、クララがベッドから降りて、シルビアの元に行こうとするのを、ヒューマが阻む。
「無礼者!」
シルビアとの間に立ったヒューマに、クララが笑みを浮かべる。
ヒューマは自分に会いに、酒屋まで来たのだ。自分に興味があるのだと思い込んでいる。
「ユークリッド様、お辛い立場なのですね」
クララは、どこまでも自分が世界の中心と考えるようだ。
あのような酒場の宿で本名を名乗るはずない、とは思いもしないのだろう。
コツン。
シルビアの指が椅子の肘掛けを弾く。
「クララ・アステル、私への不敬罪で修道院送還を申し付ける。この国で最も厳しい戒律の修道院を選ぶことになるだろう」
「バカ言わないで!お前にそんなこと出来るはずない!
私には王太子殿下がついているのよ!」
クララが金切り声になって叫ぶ。
シルビアに飛び掛からんとするのを、ヒューマが取り押さえると、クララが声のトーンをあげてヒューマに強請る。
「ユークリッド様、私を連れて逃げて。貴方の国に連れて行って。王太子殿下から逃げたいの」
クララが言う事は支離滅裂である。王太子がついていると言ったり、王太子から逃げたいと言う。
やはりヒューマは、国外逃亡の為に近づきたかったということだ。
自分が言う通りに男が動くと思っているらしい。
たかが顔の皮1枚の美醜だ、それもロイスに比べればさほどのものでもない。
「気持ち悪い」
思わずこぼれ出たのであろう、ヒューマがクララを押さえつけていない方の手で口元を押さえる。
「アステル伯爵令嬢、貴女の好きな権力を私は持っている」
シルビアがクララを見る目は冷たい。
「私はネイデール国王の従妹、ワイズバーン王国王太子の婚約者でもある。
その私に向かっての暴言は、ネイデール王国に向かっての暴言と受け止める。
王太子の側妃などという虚偽の噂を流した事も、ネイデール王国への侮辱である」
罰として国外追放にしても、また男を見つけるのは分かり切っている。
「受け入れる修道院には申し訳ないが、斬首か修道院が妥当であろう
貴女の処分は、王妃殿下、王太子殿下より一任されている。」
クララを拘束するのは、ヒューマからワイズバーン王国騎士となり、引き摺られるように牢に連行される。
「違う!
王太子殿下が望んでいるとロダン様が言ったのよ!私こそが愛されているのよ!
お前なんか、国の力で妃になるだけ」
騎士達が顔を歪めて、クララの口を塞ぐ。
「哀れを通り越して、滑稽だな」
グレイロード公爵子息や、他の男達はマーベリックが処理するだろう、とシルビアがヒューマに言う。
シルビアが物思いにふけるように、椅子の背に深く身体を預け、ヒューマの用意したお茶を手に取る。




