報告
「いったい、ヒューマに何を求めたのだろう?」
シルビアは報告を受けて、疑問に思う。
国も身分も知らない、そんな人間の利用価値は何だろう?
「お前の知るアステル伯爵令嬢は、どんな人間だ?」
シルビアは、傍らで執務をしているマーベリックに問いかける。
「頭の軽そうな振りをした計算高い女性かな」
辛辣なマーベリックである。
「酒場の宿、それ自体が罠だな。王太子の側近であるダンディオンの姿が見られている。
今回は、アエルマイアとダンディオンの両方を狙ったのかもな。
王太子の使いでダンディオンが来ている、もしくは逃亡経路としてヒューマを狙ったか」
「殿下」
ダンディオンがマーベリックに声をかけて、騎士を執務室に入れる。
ああ、と頷いてマーベリックも騎士に顔を向ける。
ダンディオンとヒューマが離れた後も、騎士が残っていたらしい。
「ただいま戻りました。ロダン・グレイロード公爵子息のお姿を確認しました」
王の子供はマーベリックとソーニャだけだが、王族として継承権のあるのは他にもいる。
臣下となりグレイロード公爵である王の弟と子息二人、ロダンとジェフリー。
現王が王太子時代、兄弟で王位を巡って争った人物である。
その名前を聞いて、シルビアも納得した。王太子にもしものことがあれば次の王は王弟の子供だ。
マーベリックに不慮の事故や、大きなスキャンダルがあれば王太子が変わるかもしれない。
隣国の王族と結婚で地盤を固められては困るのだろう。
だから、この時期にマーベリックに側妃の噂を流したのか。
「お前は、それが分かっていて伯爵令嬢と付き合っていたのか?」
「付き合った結果、それが分かったということだ」
マーベリックの言葉にシルビアは頭を押さえた。どれ程の付き合いをしたら、怪しい人間から情報を取れるのか。
ここは、嫉妬をする場面か、と考えて手が出た。
ガン!
「シルビア!」
マーベリックは、先ほど殴られたのとは反対側の頬を押さえている。
「なんかイライラする。よくもヘラッと言うよな」
ニッコリ笑みを浮かべるシルビア。笑っているけど怒っている。
「大丈夫だ、シルビア。
サンド侯爵が断罪されて、貴族の中で不安があるのも事実だ。それに乗じて台頭してきたのが、ロダンだ。
ロダンは今の地位を賭けてまでとは考えてないようだ。王位を狙って失敗したら、貴族籍まで剥奪となるからな。
あわよくば王太子が失脚してくれないか、と策略している程度だ。」
何が大丈夫だ、もれなく王位を狙う従兄弟が付いてくるということだろう、シルビアは呆れる。
半年程前だろうか、マーベリックはアステル伯爵令嬢を調べ始めた経緯を思い出していた。
国外に漏れている情報がある、それを探れば情報を持っていた人物はアステル伯爵令嬢と親交があった。
アステル伯爵令嬢が執心の役者の為に情報を集めている、判明するのはすぐの事だった。
どれほどの情報と人物の繋がりか探る為に近づいた。
ロダンがクララを利用しているのか、利用されているのかは分からない。
だが、ロダンの名前が出て来た時は、大きな失望があった。父の代のように王族で争いたくなかった。
「王位がそれほど魅力かねぇ。我が家では兄なんて、あのバカなユークリッドが王太子から落ちて自分がならないように躍起だぞ。国それぞれだな」
シルビアが言うのをマーベリックは口に出さないが別の意味で、国それぞれ、と同じ言葉を思っていた。
ロイスは裏で権力を持って、表は王太子を使いたいのだろう。
お互いがそれを納得している、血がつながっていればこそだ。
「明日は、その令嬢を探ってみる。側妃など許せないからな」
シルビアとヒューマは王宮に用意された部屋に戻ると言う。
「噂だ、そんなことはあり得ない」
マーベリックが何度目かの否定をするが、シルビアの機嫌はよくない。
「私に対抗できると思うなど、見くびられたものだな。
ああ、お前が見くびられているのか?それも癪だな」
捨て台詞を残して、シルビアは執務室を出て行ったが、マーベリックとダンディオンはさらに深夜まで対策準備に余念がなかった。
サンド侯爵の没落の影響が、貴族間の不安という形で出てきました。
シルビア、自分が嫁ぐ国の居心地をよくするために大掃除を始めたようです。




