クララの誘い
最初から酒場の部屋で男と会うなんて、ヒューマもダンディオンも内心驚きと蔑んでいた。
「殿下の時は、ここまであからさまではありませんでしたよ。」
こっそりとダンディオンがヒューマに囁く。
舞踏会で会うだけで、外で会うことはありませんでしたし、必ず警護の者が同伴してました。
どこぞのバカなユークリッドという王太子と違い、女の罠には注意するか、とヒューマは思う。それでなくては、シルビア様を預けられない。
ヒューマがクララに興味を持ったのは、街の噂ではない、王太子の片腕であるダンディオンに調査をさせる程の何かがある、という事だ。
そして、付き合っていたというのも、目的があっての事だったようだと察する。
幼稚なトラップと分かっていても、部屋に行くしかない。
階下の酒場の騒めきが響く部屋、扉を開けると奥にあるベッドが目に入る。
クララはすでに部屋で待っていたが、他にも人の気配があるのに気が付く。隠れているという事だろう。男の下心に付け入り、脅して情報収集することもあるのだろう。
「はしたないと思わないでくださいまし。
人に聞かれたくない話をするには、ここしか」
伯爵令嬢がこんなところを知っているということが、おかしいのだ。
それを、バカな男達は期待をしてクララの思い通りになるのだろう。どれほどの情報がどこに流れたのか、それを探る必要がある。
側妃を狙うような女だ、それはシルビアに危害を加える可能性がある。
「こんなところですが、ワインを用意いたしました。」
クララは、ダンディオンを伺い見る。
ヒューマ一人で来るものと思っていたらしい。その反面、ダンディオンが付き添う事で、ヒューマを高位の貴族と確信するのだった。
カタン、とテーブルに置かれるワイングラス。
ヒューマもダンディオンも手をつけるはずがない。
クララは美しいが、ロイスを見慣れているヒューマが靡くはずもなく、クララは不思議そうにヒューマを見る。
「お名前をお伺いしてないわ」
可愛く笑うクララに、ヒューマが本名を言うはずもない。
「ユークリッド・ゾルデックと申します。ご令嬢」
家名こそ違うが、女好きな王太子の名前だ。
自国の王太子の名前を使うとは、無礼であるがヒューマにとっては、他の女にうつつを抜かしてシルビアと婚約破棄した王太子である。
「では、ユークリッド様とお呼びしても?」
清純な雰囲気の可愛い顔、どれほどの男を手玉にしてきたのであろう。その男達はクララに情報を与えたのであろう。
「ユークリッド様、この国は気に入っていただけましたか?」
「ご令嬢、こんな所にいるのは良くない。例え事情があるとしても、男と一緒というのは貴族の令嬢のすることではない」
例え国が違っても、若い女性がすべきではない、とヒューマは口にする。
「ユークリッド様はお優しいのですね」
クララが嬉しそうにヒューマを見つめる。
「王太子殿下の側妃などと噂があって、怖いのです。ユークリッド様のお国に行けたら、どんなに心安らぐことでしょう」
「俺の国がどこかも知らないでしょう?」
「心配をしていただけるのですね。ユークリッド様のお国ですもの、憧れます」
クララは自分の魅力でヒューマを陥落出来ると思っているのだろうが、ヒューマは内心呆れていた。
「ゾルデック殿、そろそろ時間です」
ダンディオンが、計ったように声をかけてくる。
「もう少し、お話しをしたいわ。お酒も用意しましたの。ね、お願い」
クララが当然とばかりに、引き留めにはいるが、ヒューマは席を立つ。自分の誘いに来たのだから、ヒューマが自分に興味を持っていると思っていただけに、クララは苛立つ。
「ご令嬢、残念だが、この国に来た用事が最優先なのでね。魅力的な誘いを断るのを許して欲しい」
シルビアの側で、女性の扱いを見てきたヒューマである。その気になれば、扱いは上手いのだ。
酒場を出たヒューマとダンディオンは、物陰に隠れてクララが出て来るのを待つ。
クララは、部屋に隠れていたであろう男性と一緒であった。それはお気に入りの役者ではないようだったが、馬車に乗り込むのを確認する。
「向かう先は見当が付きます、先回りしましょう」
すでに調査が進んでいるらしいダンディオンが、ヒューマに告げる。
予想していた屋敷にクララが入るのを確認して、ヒューマとダンディオンは報告の為に王宮にもどるのであった。




