クララ・アステル
シルビアはボックス席から見る彼女に思う。
彼女にとっての、隣国の姫君とは何だろう? 恋人を浚う悪役?
ダンディオンによれば、シルビアと出会った時に付き合いのあった女性だという。
つまりは、マーベリックは、伯爵令嬢から、公爵令嬢のシルビアに乗り換えたということだ。
サンド侯爵家が、過去の婚約者死亡の関わりの疑惑がなければ、ゾフィが婚約者になっていただろう。
ゾフィを追い詰めたのは、サンド侯爵だけではない、王家もだ。ましてや、マーベリックが他の女性と付き合っているとなると、ゾフィの悲しみは大きかったろう。
あー、マーベリック許すまじ!
まずは一発、顔か、腹か? 顔だな。目立つから。
幕間の休憩に、シルビアはヒューマとダンディオンを連れてアステル伯爵令嬢のボックスに向かい、ロビーに令嬢がいることを確認すると、ダンディオンに指示をだす。
「目立つように歩いて欲しいな。
私は先に戻っているから、飲み物を持ってきてくれ」
王太子の側近のダンディオンが、飲み物をボックスに運んでいるのを見かけたら、誰でも王太子がいると思うだろう。
「マーベリックさま~」
シルビアの思惑通りに、アステル伯爵令嬢クララがボックスに飛び込んで来た。
薄暗いボックス席では見分けがつかなかったのだろう。入り口から王太子の後ろ姿を見つけると、後ろから抱きついた。
それには、側で見ていたシルビアでさえ呆れるしかなく、抱きつかれたヒューマに至っては、遊女かと思う程であった。
ヒューマは横目でシルビアを確認すると、静かに声を出す。
「ご令嬢、どなたかとお間違いでは?」
王太子と違う声に、間違いと気づいたクララが飛びのく。
ゆっくりと立ち上がったヒューマも、近衛の基準を満たす容姿だ。薄暗がりに慣れたクララの瞳にヒューマが映る。王太子の側近のダンディオンが世話をする程の人物だ、高位貴族に違いない、とクララは判断する。
「申し訳ありません。知り合いと間違ってしまって」
上目づかいでヒューマを見るクララは、部屋にいるもう一人が観察していることに気が付かない。
「私はクララ・アステルと申します。父は伯爵です」
恥ずかしそうに、はにかみながらクララが名乗る。
「先ほど、俺を間違えてマーベリックと呼んでいたようだが」
クララは視線をさげ、うつむきながら口をひらく。
「以前、お付きあいしてました。男性です。
後ろ姿がよく似ているのです」
手にしている扇を、バチンと閉じてクララは話し始める。
ヒューマも貴族子息、慣れた手つきでクララを空いた席に座らせる。
「とても身分のある方でしたから、最初はお付きあいするのが夢かと思ってましたの。
でも、どんどん好きになってしまって、ずっと一緒にいたいと願うほどでした。
数ヶ月前から、夜会で会っても素知らぬ態度で、まるで何もなかったようにされるのです。
結婚されると噂を聞いたのは、直ぐのことでした。
諦めようとしたのですが、どうしても探してしまうのです。
だから、先ほどのように間違ってしまって」
自分の顔立ちが可愛いとわかっていて、クララは表情をつくる。
「似ていると言われてご不快でしょうが、少しだけ一緒にいてもいいでしょうか?」
心に傷を負った令嬢を突き放すのは、紳士であれば許されないのだろうが、ヒューマは騎士である。
クララは不審な女に過ぎないのだ。
シルビアに至っては、マーベリック、こんな女に引っ掛かったのか、あきれるぞ、と顔に書いてある。




