王太子の結婚
シルビアがヒューマを伴って国境に向かっているとは知らず、ウーシュデルタ王国では、王太子妃マデリーンがシルビアを探し回っていた。
王の失態で、重鎮達も王太子への王位譲渡を最優先と決定したようだ。王は後宮に隔離され、厳重な警備がされた。
元々、後宮には高位貴族の女性が集められていたのだが、王が爵位が低くとも次々と若い女性を寵愛するた為に、高位貴族の間では不満が募っていた。低位貴族には権力で娘を無理強いされて後宮に入れられた家も少なくない。王太子もそれが分かっているから、シルビアに協力したのだ。
王家への不信を拭うには、現王の隠居が前提であるのだ。
シルビアが王宮を出てしまったと分かったマデリーンの落胆は大きく、王太子は戴冠式に招待することを約束したのだった。
王太子にとっても、シルビアは恩人となった。
ワイズバーン王国に入ったシルビアは、王都で宿に落ち着くと、街を見て歩いていた。街の繁栄、人々の活気。どれもがシルビアの興味をひいた。
街を歩くシルビアが注目を浴びるのは、いつものことだ。近くに寄れば女性とわかるのだが、街を歩く程度だと中性的な男性と見られることが多い。ヒューマと歩いているので、男同士という印象で取られるようだ。
街を歩いていると、王太子殿下の結婚の話が耳に入る。隣国の姫君だという噂は尾ひれがついて、儚げで美しい姫君となっている。
迫っている結婚式に合わせて、お土産屋では王太子と婚約者の姿絵が売られていた。手に取って見たが、マーベリックはともかく、シルビアは似ていない。本人の顔を知らないで作られているから仕方ないか、とシルビアは笑う。
「王太子殿下のお妃様は、ザンド侯爵令嬢に決まっていたんだろう? ネイデール王国からのゴリ押しでネイデールのお姫様になったんだって」
居酒屋のテラステーブルで飲んでいる人々の噂話が、耳に入ってくる。
「侯爵令嬢もお気の毒に。侯爵家はお取り潰しで、ご令嬢は処刑されたからなあ」
ザンド侯爵令嬢ゾフィ、事情を知らない平民達は噂話に花を咲かしている。
「いや、俺は王太子殿下は恋人のアステル伯爵令嬢を側妃にすると聞いたぞ」
結婚前から、側妃とは聞き捨てならない、シルビアは噂をしている男達に近寄って行く。
「王太子殿下とアステル伯爵令嬢が恋人だったのか?」
シルビアに話しかけられて男達は驚いたようだが、結婚式に興味のある旅人と思ったようだった。
「正妃はザンド侯爵令嬢で、寵愛はアステル伯爵令嬢と誰でも知っている。ザンド侯爵令嬢は美しすぎるって話だぞ。アステル伯爵令嬢は、可愛いらしい方でお若い」
話している男の横から、別の男が口を挟む。
「それが、ネイデールの姫君なんて急に出て来て、令嬢達は可哀想なもんだ。」
「ザンド侯爵なんて、お取り潰しだからなあ。ネイデールの姫君が輿入れするのにジャマだったのかと噂だよ」
男達に酒を奢りながら、シルビアは聞く。
「王太子の寵愛とは、また大きくでたな。それは噂話だろう?」
ネイデール王国の姫君との縁談は、喜んでくれている人ばかりではない、ということだ。
「アステル伯爵のご令嬢は、王太子殿下の恋人というのは本当らしいぞ。何でもご令嬢のデビュタントで見初められたとか」
「へえ、そんなのがいるのに、隣国の姫君と結婚なんて、王太子はずいぶんだな?」
シルビアは浮気男が大嫌いである。
「噂だからな。王家の考えていることなんて、誰にも分からないさ」
噂話など、真実が何もない事が多いのはシルビアだって分かっているが、いい気持ちの話ではない。




