王太子の視察
「この地域には、視察に行かねばならない」
王太子の執務室では、地方視察の日程の調整が詰められていた。
「新しい品種の小麦の視察と、国境の橋の視察ははずせないな」
ロイスが日程表を修正していくのを、ユークリッドは見ている。
「おい、強行すぎるぞ。夜ぐらい自由にさせろよ」
「バカか。
女の子と遊ぼうなんて考えるな。
護衛は、近衛、つまりはシルビアの第2部隊だ。
可愛い妹の目の前でそんな事になれば、私が報復する」
美女に睨まれて、ユークリッドが怯む。
「昔はドレスを着ていて、可愛かったのに。
どうして、こんな風に育ったんだ」
文句を言いながら、ユークリッドが日程表の確認をする。
ロイスから見れば、ユークリッドはシルビアを気にしている。
シルビアの方も、王妃になるという責任感だけでなく、結婚を考えているように思える。
どうしてもダメなようなら自分が破談にするが、お互い気にしているのはわかる。
妹が不幸になるような結婚は無理強いしたくはない。
ユークリッドは、男装のシルビアを認めたくないのだろう。
その原因がユークリッド自身にあるのだから。
従兄弟同士ということで、幼い頃より一緒に遊んでいた。
街に冒険に出ようと、ユークリッドが誘ったのだ。
止めるロイスを置き去りにして、シルビアの手を引くユークリッド。
そうなると、二人で行かせるのは危険とロイスも追いかけた。
護衛の目を掠めて、出入りの商人の荷馬車に潜り込んで王宮を出た。
身なりのいい子供など、ならず者の格好の餌食だ。
シルビアを守ろうと、ユークリッドとロイスは男達に歯向かったが、相手にならなかった。
直ぐに近衛が駆けつけ助けられたが、ユークリッドとロイスのケガを見て、シルビアは足手纏いになるまいと剣の練習を始めた。
それが男装になった原因だ。
2週間の準備期間後、ユークリッドは地方視察に向かった。
王太子の馬車には、ユークリッドとロイスが乗り、警備は近衛隊。
馬車の横を馬に乗って伴うのはシルビア。
近衛の正装で腰には、王家から下賜された細身の剣。
金モールで飾り付け、司令官の勲章も着け、騎乗姿も美しい。
時折、正装のヒューマが近寄り騎乗越しに打ち合わせをする。
どこから情報を得たのか、シルビアの騎乗姿が見れると、出立には大勢の令嬢、夫人達がつめかけた。
シルビアが手を振ると歓声があがる。
中には、画家を連れてきた夫人もいるようだった。
「あのシルビア様のお側にいるのは?」
「新しく側近となられた、シュテフ伯爵家嫡男メイヤー様よ」
令嬢達は、シルビアに見目麗しい側近が増えた事が気になって仕方ない。
あっという間に情報が集められたのだ。
「しかも聞かれましたか?」
「ええ!もちろんですわ」
「メイヤー様は、着任すると直ぐに、シルビア様に忠誠を捧げると膝をつかれたのですわ!」
「まぁあ!」
司令官執務室内のことなのに、恐るべし令嬢達の情報収集力。
シュテフ伯爵家はベルトルートの事件で、ベルトルートに与える予定だった男爵の爵位と領地を1/4、自ら返上していた。
それとは別に、シルビアに請われてメイヤーがシルビアの補佐官となった。
シルビアにしてみれば、第1と第2の書類は膨大な量であり、領地管理をしているならば、書類を裁けるだろうし、剣技もあると判断だ。
ましてや、ベルトルートの一件で冷静に対処出来ると見てとれた。
顔は、近衛隊員の兄である、見劣りはしない。
王太子が視察に向かう国境の地方では、盗賊が出没しているとの情報が入っていた。
こちらから追えば、国境を越え隣国ワイズバーンに逃げる。
ワイズバーンでも、同じように国境を越えるらしく、協力要請が来ていた。
シルビア達は、この機にワイズバーン側と協力して、盗賊団を討ち取る算段になっていた。
その為、近衛隊だけでなく、第1部隊からも数名が任務に就いてシルビアの指揮下に入っていた。
王太子の視察団は、王都を抜けるとスピードを上げた。
シルビアの運命を変える出会いが待ち受けているとは、誰も知らない。