仕掛ける
王の執務室に入って来た侍女に、執務官達も動きが止まる。
王太子だけが、戸惑うことなく侍女を室内へと案内する。
「ありがとう、この資料が必要だったのだよ。全部揃っているかな?」
「殿下、確認をお願いします」
女性の声がして、王が書類にあった視線をあげて息を飲む。
豊かなブロンド、白い肌、小さな赤い唇、大きな緑の瞳は輝き、侍女のお仕着せのドレスであっても美貌を損なわない。
侍女に扮したシルビアは、王太子の協力を得て行動している。
執務室にいる誰もが、王が侍女に目を付けたと悟った。もちろん、シルビアもだ、ネバ濃い視線を感じる。
気持ち悪い、殴りつけたい、衝動を我慢して抑えているシルビアである。
「ああ、全部揃っている。西塔の書庫は誰もいないのだろう? 早く戻り給え」
王太子は、この侍女が一人で書庫担当と暗に言っているのだ。
本当の書庫番は数人いるが、全員に別の場所で仕事をさせていて、シルビアが一人になるようにしたのは王太子自身である。もちろん、書庫の奥にはヒューマが隠れて待機しており、シルビアに危険が及ぶことはない。
シルビアが礼をして部屋から出ると、王が確認をする。
「初めて見る顔だな?」
答えるのは王太子だ。
「先ほど、西塔の書庫に資料を探しに行った時に、すぐには見つからなかったので、探して持ってくるように指示したのです。
昼間の書庫番だそうです。西塔の書庫は古い文献なので滅多に行かないから、今まで気が付きませんでした。書庫番は書庫から出る事が少ないし、西塔しか出入りしていないのでは、王宮の中央に居る者にはわからないですよ」
そう言いながら、机にシルビアが持ってきた資料を広げる。
王はその資料を見るふりをしながら、別の事を考えているのが歴然である。
「先ほど、書庫に行って気が付いたのですが、書棚にガタが来ている所があります。2~3日中には、書庫を閉めて工事をいれたいですが、問題ありませんか?」
王太子が王に確認しながら、執務官に工事の職人を呼ぶように指示する。
美しい女であった。王宮随一かもしれない。
今まで気が付かなかったとは、迂闊だった。
西塔の書庫は人目がないから、誰も気が付かなかったのだろう。
あの侍女は昼間しか王宮にいない。
書庫では一人で番をしている。
2~3日中に書庫を閉めるということは、侍女は工事中は登城しないだろう。
王の頭の中に、王太子とシルビアで作り上げた情報がインプットされる。
「あの侍女の名前は何と言うのだ?」
「聞いておりません、必要ありませんでしたから」
名前もわからない人間に、王の執務室に資料を持って来させるなどありえないのだが、王は侍女に気がいっていて、王太子の不審な言葉を流してしまう。
やがて手配から戻って来た執務官が王太子に告げる。
「西塔の書庫の工事は、4日後に出来そうです。2日後から書籍を中央の書庫に移します。人手も手配しました。西塔の書庫の侍女殿にも伝えて来ました」
王太子は、そうか、と頷いたが、この執務官も侍女に会いに行ったのだな、とほくそ笑む。
さらに王にプレッシャーをかけるだろう。
西塔の書庫は、2日後には大勢の人間で書籍の移動が行われる。
侍女が一人でいるのは、明日の昼間だけだ。
この執務官以外にも、あの侍女に目を付けた男がいるだろう。
あれほどの美女だ、王にこそ相応しい。
側妃にするほどの身分がないのであれば、愛妾とすればいいのだ。
王太子妃の侍女のセレーヌに用意した部屋がある。セレーヌではなく、あの侍女を入れよう。
カタン。
西塔の書庫の奥で、書棚から取り出した本を読んでいるヒューマにシルビアが語り掛ける。
「さっき執務官が来たぞ。明日、王が来る、楽しみだな」
窓から入る西陽が、シルビアの髪に映える。
ブロンドなのに、光加減で赤味を帯びて輝く。
「ここは他国です、深入りされませんように」
今更と分かりながら、ヒューマが注意する。
「それこそ、手遅れだな。取り敢えず忠告したということか。やり過ぎないように気を付ける」
ドレス姿のシルビアは、ロイスに似ている。




