隣国ウーシュデルタ
シルビアは、いくつか街に寄った後、隣国ウーシュデルタに来ていた。
王太子夫妻が、ユークリッドの戴冠式に出席していたが、自分は覚えられていないだろう、と甘く考えていたのが失敗であった。
シルビアの目の前には、王太子妃マデリーン。
「絶対にシルビア様です。私は間違えたりしませんわ」
王都とはいえ、何故にこんな所にいると思っていたが、聞けば孤児院への慰問の途中で見かけたという。
目の前で止まった馬車から降りて来たのは、王太子妃と名乗る女性。
たしかに、その顔はユークリッドの戴冠式で見覚えがあった。
そのまま、孤児院の一室に連れて来られたのだった。
王太子妃は、ネイデールの男装の麗人の噂を聞いていたので、ネイデールではユークリッドの戴冠式ではなく、シルビアに見惚れていた一人であったらしい。
「とても嬉しいです。
私のことはどうぞ、マデリーンとお呼びになって」
マデリーンの口からは、いかにシルビアが素晴らしいかと称賛の言葉が続く。
「授与式で、深紅の絨毯を歩くお姿に、余多の乙女の魂が吸い寄せられましたわ」
聞いているシルビア自身が、恥ずかしくなるほどの賛美の羅列である。
「王太子妃殿下」
お付きの侍女が、時間だというように声をかけてくる。
「ああ、セレーヌ」
侍女を振り返ったマデリーンは、もう一度シルビアに声をかける。
「シルビア様は、お忍びだと存じてます。
だからこそ、お願いしたい。
どうか、このセレーヌを王都の外れまで送っていただけませんか?
あつかましいと、分かっております。けれどシルビア様は女性に優しいとお聞きしています」
王太子妃であるというのに、シルビアに頭を下げるマデリーンにシルビアもセレーヌと呼ばれた侍女もあわてる。
「王太子妃殿下、諦めております。殿下にも、シルビア様にも迷惑がかかります」
セレーヌは暗い笑顔を浮かべると、首を横に振った。
断るのは簡単だが、シルビアは気になって王太子妃に問いかけた。
「事情をお聞きしても?」
王太子妃は、涙を浮かべながら話し始めた。
「お恥ずかしい話になります。ありふれた事と言うには、セレーヌが哀れで。
セレーヌは男爵家の令嬢で、家督を継ぐ兄がいることから王宮にあがり、私付きの侍女をしております。
婚約者がおり、嫁ぐのをを楽しみにしていたのですが」
そこで、王太子妃マデリーンは言葉を区切る。
「王の目にとまり、後宮に入るようにとの言葉があったのです」
なるほど、この侍女は可愛い顔をしている。王の寵愛を受ければ、男爵家ならば喜ぶのではないか?
たしかに、婚約者がいる身では難しいだろうが、王の側妃や愛人を望む女性もいることをシルビアは知っている。
「陛下は若い娘を好むらしく、次々と後宮に入れては、興味を無くした女性に多少の金品を持たせて追い出すのです。男爵家では、王の申し出を断ることが出来るはずがありません。」
王は、一時の戯れの遊びの為に、婚約者から娘を奪うという。
だからこの娘を逃がすのか、シルビアの拳が握りしめられる。
「お願いです、シルビア様。どうか、セレーヌを王都から出してやってください。王都を出れば、婚約者が迎えに行くよう手はずを整え、私と王太子殿下が周囲には病になったとごまかします」
「彼女を逃がしても、次に別の令嬢が狙われるだけだ。それを毎回逃がせるのか?」
シルビアが無理だろう?と確認する。
マデリーンも分かっているが、自身の侍女ということもあり、セレーヌを何としても逃がしてあげたい。お忍びのシルビアの連れという事なら、不審に思われることなくセレーヌを逃がせるだろう。
「王という権力で、嫌がる令嬢を力づくで従わせ、飽きたら次とは腹立たしい」
それが王ならば、許されるのか?
シルビアにとって、その答えは否である。
「マデリーン様、王太子殿下も同じような方なのか?」
シルビアが確認するのを、マデリーンは否定する。
「とても、お優しい方です。母君の王妃様のご苦労を見てこられたので、私に誠意と愛情をくださります」
その答えを聞いてシルビアが頷き、ヒューマを呼び寄せる。
「そちらの令嬢を王都から逃がしてやれ、迎えと落ち合う場所をこれから確認する」
「マデリーン様、私が王宮にご一緒してもいいでしょうか?
卑劣な男は許すべきではありません。思い知らせてやります」
クスリ、と笑うシルビアにマデリーンは見惚れた。
シルビア稼働開始です。




